婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました

kouei

第1話 婚約者の隠し妻と子供

「とーたま、だっこぉ」

 小さな体を一生懸命伸ばして、父親に両手をあげる男の子。


「よいしょっとっ」

 その男の子とそっくりな面差しをした父親が力強く抱き上げる。

 男の子はキャッキャッと笑顔を見せた。


「かーたまっ きてぇ きてぇ」

 小さな男の子は父親に抱かれながら、数歩後ろを歩いている母親に手を振る。

 

 「ふふふ、今行くわ」

 母親はやさしい笑顔を浮かべながら、二人に寄り添う。


 私は物陰からオペラグラスでその光景を見ていた。

 小さな男の子を抱きながら母親に笑いかけている……婚約者の笑顔を……



 ◇◇◇◇


 

「すぐに屋敷へ戻って!」


「か、かしこまりました」

 馬車に戻るなり馭者のジェノに強い口調で指示を出し、中に入るとすぐに走り出した。


 私エルナーラ・コルディアは、婚約者であるシュレオ・アルカネラの様子がおかしい事に気づいていた。


 4か月ほど前にシュレオのご両親であるアルカネラ伯爵夫妻が馬車の事故で亡くなり、急遽当主として家名を担っていかなければならなくなったシュレオ。

 

 シュレオはご両親が亡くなったことを悲しむ間もなく、今まで父親がおこなってきた領地運営やその他諸々の引継ぎに忙殺する日々を送っていた。


忌明いみあけを迎えた後、私はシュレオの異変に気がついた。


全く会えなくなってしまったのだ。


もちろん、今はご両親が亡くなったばかりという事は分かっている。


けれど気が付けば忌明いみあけを過ぎてから二か月近く会っていない。


送られてくる手紙には「仕事が忙しくて…」と同じ言い訳が判を押したように書かれているだけ。


今はその手紙も来なくなり、時々花束が贈られてくるだけになった…

私から手紙を送ってもなしのつぶて。


そんなシュレオの事が気になり、アルカネラ家に向かうとちょうどシュレオが馬車に乗り込むところだった。

私はシュレオを乗せた馬車を尾行した。そしたら……


「隠し妻と子供がいたなんて――――!!!」

 私は馬車の中で泣き叫んだ。


「お、お嬢様…な、何かの間違いですよ…た、他人の…他人の空似って言うじゃ…あり、ありませんかっ」

 付き添いの侍女パトリアが遠慮がちに話し始めた。

 子供の頃から一緒だから分かる。

 パトリアも動揺していると…


「…確かにシュレオだったわ…ひぐっ…」

 しゃくり上げながら私は確信していた。

 自分の婚約者の顔を間違えるはずもない。

 10年も一緒にいたのよ!


「も、もしかしてご友人の奥様とお子様かも…」

 

「…確かにシュレオを“とーたま”って呼んでいたわ…ひぐっ…」


「き、きっと何かしらの事情で早くに父親を亡くされたあのお子様の父親代わりをされていらっしゃるのかも…」


「父親代わりがあんなに子供とそっくりなはずない!! うわああああああん!!」


「…お嬢様…」


 私はパトリアの膝につっぷし、泣きわめいた。


『貴族の令嬢たる者、常に冷静であらねばなりません』

 家庭教師の教えの一つだ。


 今の私の状況を見たら厳しく注意されるだろう…けどっ けど今はそんな事、どうでもいい!!


 冷静になんて……冷静になんて……


 できる訳がない――――――――っっっ!!!


 先生だって私と同じ状況になったら、そんなすました事言えないんだから!!!


 シュレオをとーたまと呼んだあの男の子…シュレオにそっっっっくりだった!!!


 青みがかって全体的にウェーブしている髪

 キラキラと輝く翡翠色の瞳


 その風貌はシュレオの幼い頃の肖像画に瓜二つ!


 あれで血縁がないなんて誰が信じるの!?

 誰がどう見たって…ど―――っ見たって! 親子でしょ!?


 男の子がかーたまと呼んでいた女性…きれいな人だった…

 私とあまり年は変わらないように見えた。 

 長くまっすぐな金髪に海を映したような深いブルーの瞳…


 私の癖のあるミルクティー色の髪は綿菓子のように柔らかくて好きだって…

 私の薄い金色の瞳は星空を映したようで好きだって…

 そう言っていたのに…っ!


「……っ あ…こ…っ い…いく…っ らい…っ」

 (訳:あのこ、いくつくらいかしらっ)

 私は泣きながら、会話にならない言葉でパトリアに聞いた。


「よ、よく分かりませんが…い、1歳位ではないかと…」

 パトリアじゃなきゃ、今の私の言葉は理解できないわ。

 じゃあ…最低でも2年以上前からあの女性と関係を持っていたのね…


「全然気が付かなかったああああああ!! わあああああああん!!!」


 私の雄叫びは、屋敷に着くまで続いた…



◇◇◇◇



「お嬢様! どうなされたのですか!?」

 出迎えてくれた執事、モリーの驚く声が聞こえた。


 馬車の中で泣き明かした私の目は、きっと真っ赤に腫れていたのだろう。

 モリーの顔がよく見えない…


 泣きすぎて頭が痛い。

 パトリアに支えられながら、私はゆっくり馬車を降りた。


「…パトリア…迷惑かけてごめんね…」


「私はお嬢様に迷惑をかけられた事は一度もありません」


「ありがと…」

 いつも優しいパトリア。その優しさにまた涙が出る。


「あ…ちょっと待って…」

 屋敷に向かってを進めようとするパトリアを制し、私はジェノの方を振り返った。


「……ジェノ…さっきは乱暴な言い方をしてごめんなさい…」

 私は乗る時、怒鳴りながら指示した事を恥じ、謝罪した。


「め、滅相もないことですっ お嬢様っ」

 ジェノは逆に恐縮しきりの顔で、私にお辞儀をした。


 他人に八つ当たりなんて、最低だわ…っ

 最低なのは………シュレオよ!!!




 

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