第8話 ダンジョン裏技チャンネル
「始まりました、ダンジョン裏技チャンネル!」
ドローンを前に泉さんが張り切って声を上げる。
彼女が解説実況をして、俺が裏技を紹介していくって感じで動画が進んでいくらしい。
よく分からないが、こんなしがないおっさんが裏技を紹介するだけで人気になれるとは到底思えない。
まあ俺としては人気者になりたいわけでもないし、構わないのだが。
ちなみに今日だけはリアルタイムの配信ではなく、後で編集をして投稿する動画方式で公開するらしい。
最初だからってのと、裏技がちゃんと発動するかも不確かだからだそうだ。
第一層での体験談的に、俺的には裏技の発動自体は問題ないと思うけどね。
「今日はこの小田さんがスリープ・シープとレッド・ホースの裏技を紹介してくれるらしいです!」
泉さんが頑張ってドローンに向かって話しているのをボンヤリ見ていたら、カメラの死角から思い切り小突かれた。
どうやら俺も挨拶をしろと言いたいらしい。
「あ、どうも。小田哲です。よろしくお願いします」
「なんとも素っ気ない挨拶でしたが、まあ別にいいでしょう! 彼は無口な男性なので!」
やっぱりどこか空回り感が否めない。
頑張って盛り上げようとしてくれているのは分かるが、無理してる感がすごく伝わってくる。
どれだけの人が見てくれるか知らないけど、あんまり再生回数とかは回らないだろうなぁ。
普段ネットの動画とか一切見ない俺でも、それくらいはなんとなく分かった。
そんな若干の気まずさを感じながら、俺たちはスリープ・シープを見つけ出した。
草原の上で鼻提灯を膨らませて眠っている羊型の魔物だ。
しかしこれでも油断ならない。
泉さん曰く、眠ったままいきなり攻撃してくるヤバいやつらしいのだ。
ある程度の間合いを取りながら、俺はハリセンを地面に置き目覚ましの時間をセットする。
「おおっ、小田さん! もしかして目覚まし時計を使うことが裏技なのですか!?」
「ええ、そうらしいですね。とりあえず一分後にセットしました」
そしてセットした直後。
いつもの半透明の板が現れた。
――――――――――
『管理者権限Lv.2』を使用して『種族名:スリープ・シープ』に『弱点:目覚め』を付与しますか?
YES / NO
――――――――――
もちろんYESだ。
押してから、なんともなしに一歩近づいてみると——。
スリープ・シープが眠った状態のまま急加速して突進してきた。
「うおっ!!」
驚き一瞬身体が固まるが、なんとか身体をひねって突進攻撃を回避する。
しかしその反動で、思い切りゴキィと腰を痛める音が聞こえた。
「うぎゃっ!」
や、やばい。
痛すぎて立ち上がれない。
ぎっくり腰だ。
そんな動けない俺にスリープ・シープが再び照準を合わせようとする。
「ちょ、小田さん! 大丈夫ですか!」
さっきまでの無理した感じの泉さんではなく、素の感じで彼女は声を張り上げた。
慌てて俺を助けに来ようとするが、全体を撮影するために少し離れていたので少し時間がかかる。
まずいかもしれない。
そう思った瞬間、ピピピピピッと目覚ましの音が大きく鳴り響いた。
パチンッとスリープ・シープの鼻提灯が割れる。
目が覚めたスリープ・シープはキョロキョロと周囲を見渡して、いきなりパタンと倒れてしまった。
気絶したらしい。
目が覚めて気絶するとは、なかなか変なやつだ。
ともかく、なんとか助かったか。
「ふぅ、危なかった」
「びぇええええぇえええ! よがっだでず、小田ざんんんッ! もう私駄目かと思っでぇええええぇえ!」
俺が冷や汗を拭って呟く傍で、泉さんが大泣きしながら抱きついてきた。
ええ……そこまで泣くほどか……?
「別に死んでもリスポーン地点に戻るだけなんですし、泣くほどじゃないと思いますけど」
「で、でもぉ……そうなんですけどぉ……それでも心配でぇ……」
心配してくれるのは嬉しいが、心配しすぎて逆にこちらも心配になってくる。
感情表現が豊かな人だと思っていたけど、彼女の感受性はそんな程度ではなかったみたいだ。
ぐすぐすと泣いている泉さんの背中をぎこちなく擦る。
こんなこと、慣れてないんだがなぁ……。
気恥ずかしさを感じながらも、かといって放っておけるわけでもなく。
ひたすらにぎこちなくあやすしかないのだった。
***
「ご迷惑をおかけしました」
落ち着いた泉さんが頭を下げる。
俺はそれに苦笑いで答えた。
「いや、迷惑だとは思ってませんよ。でも最初から配信じゃなくてよかったですね」
俺の言葉に一瞬泉さんは目を見開く。
そしてすぐに怒ったように頬を膨らませた。
しばらく俺の方を涙目で睨んできていたが、はぁっとため息をついて苦笑いになった。
「そうですね。配信でいきなりあの場面を見られると思ったら、流石に私でも恥ずかしいです」
「まあそうですよね。不特定多数に見られるわけですしね」
そう言うと、泉さんは再び深いため息をついた。
しかしすぐに気を取り直して声を張り上げる。
「さて! 今度はレッド・ホースの裏技を試しに行ってみましょうか!」
先ほどまでの空回り感はかなり減り、自然体の泉さんに戻ってきている。
思い切り泣いたのが効いたのか。
そのことに思わず俺は再び苦笑いが浮かんだ。
「はい、そうですね。早速探しに——」
俺の言葉が終わる前に、草原の向こうの方で雄叫びと悲鳴が同時に上がる。
「ギャォオオオオオオオオオオオオォオ!」
「ぎゃあぁあああぁあああああああぁあ!」
どうやらほかの探索者が魔物に襲われているらしいが……。
その雄叫びは、第二層に湧く程度の魔物では出せない迫力な気がした。
声のした方を向いて、目を凝らす。
するとかなり遠目にドラゴンのようなシルエットが暴れているのが見えた。
「なんであんな魔物がこの階層に……」
同じく目を凝らしていた泉さんが呆然と呟く。
俺は異常事態を感じて、思わずドラゴンの方に駆け出していた。
「ちょ、小田さん! 流石にあれはまずいですって! 私でも勝てる相手じゃないんですよ!」
「すみません! 泉さんは戻っててもいいですから!」
「ああ、もう! 小田さんが行くなら私も行きますよ! 撮れ高になりそうですしねぇ!」
やけっぱち気味に叫ぶと、泉さんもついてきた。
俺の勝手な行動に付き合わせて申し訳ないけど、先ほどのあやした件でチャラにして欲しいところだ。
***
——???視点——
「くくくっ。いい感じに初心者どもを狩り続けてるな」
わたしの目の前でクランリーダーの
わたしが所属しているのは『紅の月』というクラン。
女だけのクランで、最近初心者狩りを積極的に行い力をメキメキとつけていっているクランだ。
無知だったわたしは、女だけのクランという謳い文句に惹かれ『紅の月』に入った。
その悪質さも知らずに。
しかし元来臆病で引っ込み思案のわたしに、すぐに脱退するなんて言えるわけもなく。
ダラダラとこのクランに居座り続けることとなった。
わたしがダンジョンに来たのは、引っ込み思案の性格を直したかっただけなのに……。
そんなわたしが初心者狩りなんかできるわけもなかった。
だが、茨城さんから今週中に一人でも狩ってこないと一生ダンジョンに戻ってこられないようにする、と言われてしまっている。
どんなことをされるか分からないが、噂だと何人もの女性がトラウマを抱え他人を拒絶し引きこもってしまったと聞いていた。
「ギャォオオオオオオオオオオオオォオ!」
そんなことを考えていると、目の前のドラゴンがまた一人初心者の命を刈り取った。
このドラゴンは茨城さんが使役する魔物だ。
こいつが倒した初心者たちの経験値は、全部茨城さんに入っていくらしい。
ドラゴンを使役するための『従属のオーブ』は、裏オークションで高値で買い取ったと自慢していた。
「はぁああぁああ! 気持ちいいッ! ウジ虫どもを一掃するのって気持ちいいよな、なぁ夏目ぇ!!」
そう言うと彼女はわたしに思い切り前蹴りをしてくる。
脇腹に思い切り食らって無様に地べたを転がった。
それを見て茨城さんはケタケタと甲高い笑いを響かせた。
泣きたくなってくる。
逃げ出したくなってくる。
でもそれでは何も解決しないことも、わたしが一番よく分かっている。
耐えるも地獄、進むも地獄のこの状況。
誰かわたしを助けてくれる人はいないのだろうか。
結局、他力本願な性格はいまだ治せていないみたいだった。
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