第5話 管理者クエスト

 最初にダンジョンに潜ってから六日が経った土曜日の昼。

 学生バイトが熱を出し代理でシフトに入っていて久しぶりに休みを手に入れた。

 ようやく丸一日空きができたので、再びダンジョンに来たというわけだ。


 二度目からは受付は必要ない。

 これからは受付はアイテムの換金くらいでしか使わないだろう。

 ゲートにIDカードをかざしダンジョンに入る。

 再び目の前に広がる大草原。

 先週と全く同じ光景だ。

 しかし先週はしなかった、饐えたような匂いが漂っている。


「うっ……。なんかくさい……」


 思わず鼻をつまみたくなる匂いだ。

 顔を顰めながら第一層の探索を開始する。


 スライムを探して歩き回ると、ところどころで掃除機を持った探索者や臭豆腐を持った探索者に出会う。


「なんだ。やっぱりあの裏技は本当だったじゃないか。スレ民たちが冗談だのなんだの言っていたがあれはなんだったのか」


 さっきから漂ってくる激臭もこの臭豆腐たちのせいだろう。

 しかしひどい匂いだ。

 前はこんな匂い、しなかったのにな。

 平日昼間だったからか。

 今日は休日の昼だしな。

 人も多いしその分裏技を知っている人も多いのかもな。


 俺はそんな人たちから距離をとり少し離れたところでスライムを掃除機で吸い込んでいく。

 二時間で九匹のスライムを倒した。

 それでもレベルが上がった気配がない。

 う〜む。

 帰ってから受付でもらった冊子を読んだ感じでは大体スライム三十匹でレベルが上がるらしいが。

 前回と合わせて三十匹は大幅に超えてるはず。

 ゴブリンも三匹倒してるし。

 もちろん個人差はあるみたいだけど、レベル2に上がるのに四十匹を超えた前例はいまだ確認されていないのだとか。


「なぜ上がらないのか。そういう特殊体質とか?」


 ステータスを確認するにはレベルを2に上げる必要がある。

 レベル2で手に入る【ステータス閲覧】というスキルがないと確認もできないらしい。

 だから現状レベルが上がっていないので俺は自分のステータスも見られない。

 なぜレベルが上がらないのか、その原因を調べることもできないのだ。


 レベルを上げるにはとにかく魔物を狩り続けるしかない。

 再び気合いを入れ直し俺は掃除機でスライムを吸い取り続ける。


 そして前回から、合わせて四十七匹のスライムを狩ったとき。

 俺の目の前に裏技を最初に使ったときと同じ、半透明の板が現れた。



――――――――――

■管理者クエスト発生! ぱーと1


達成条件

1.【種族名:スライム】の【体当たり】を五回耐える。

2.目隠しをした状態。

3.上半身に衣服や装備を身につけていない状態。

4.一時間以内に達成する。


達成報酬

上記の条件を同時にクリアした場合、管理者権限のレベルが2へと引き上げられる。

――――――――――



 なんだこれ?

 管理者クエスト?

 こんなの冊子には書いてなかったが。

 そもそも管理者権限レベルってのも書いてなかったけど。

 裏技だから冊子には書かなかったのか?


 まあいいや。

 一時間以内にクリアしなければならないらしいし早速やってみよう。

 運がいいことに周囲には人がいないからな。


 俺はいそいそと上着とTシャツを脱ぐ。

 そして手頃な単体のスライムを見つける。

 脱いだTシャツを顔に巻き付け目隠しにした。


「さあ。かかってこい!」


 下半身に力を入れ腹筋にも力を入れる。

 準備は万端だ。

 瞬間、強い衝撃を腹に受けた。


「ぐはっ!」


 なかなか痛い。

 思わずよろけそうになるがなんとか踏ん張る。

 そしてもう一度腹に衝撃を受ける。


「ぐっ……!」


 これで二回目だ。

 あと三回か。

 くそ、耐えられるか……?


 少し不安になったとき背後から少女の声が聞こえた。


「あーっ! そこのおっさん! アンタ、アンタよアンタ! 前はよくもわたしに恥をかかせてくれたわね!」


 気の強そうな声だ。

 声のした方を振り向こうとして——。


「ぐはっ!」


 いきなり強い衝撃を腹に受けた。

 今回は踏ん張れず思い切り地面に倒れてしまう。


「……って! アンタ、なにしてるの!? 上裸で目隠ししてスライムと戦おうとするなんて、頭おかしいんじゃないの!?」


 少女の驚いた声が響く。

 しかしそれに構っている暇はない。

 俺が倒れたことをいいことに嬉々としてスライムが襲ってきた。


 ドス、ドス。


 五回目の攻撃を受けたとき頭の中にキラキラリーンみたいな派手なSEが流れた。

 これでクエストは達成できたのだろうか?

 しかしそんなことはスライムには関係ない。

 やまない攻撃。

 まずいと思って慌てて目隠しをとろうとすると。


「ちょ、アンタ、まずいんじゃないの、それ! ——ちっ! ああ、もう! なんてはた迷惑なやつ!」


 ふっと風が吹いてすぐにスライムたちの攻撃がやんだ。

 俺は落ち着いて目隠しを取った。


 仰向けの俺の頭の近くに、前回出会った嘔吐少女が立っていた。

 赤髪ポニーテールだった少女だ。

 今日は髪型を変えてツインテールにしてる。

 ポニーテールよりツインテールの方が似合ってる気がする。

 煌びやかで高価そうな剣を手に持っていた。

 どうやら彼女がスライムを倒して助けてくれたらしい。


「おおっ、すまない。助かったよ」

「はぁあああ……! すまない、助かったよ、じゃないわよ! アンタ、本気で馬鹿なんじゃないの? というより頭おかしいわよ、やってること」

「いや、これは仕方がなかったんだ」

「仕方がないってどういうこと状況なのよ、それ……。まあいいわ。次からは気をつけなさいね。死んでリスポーンし直すって言っても、痛覚とか記憶が消えたりはしないんだからね」


 彼女はそれだけ言うとくるりと反転して去っていった。

 その後ろ姿を呆然と眺める。

 はっとした頃にはもういなくなっていた。


 ……また短刀返すの忘れてた。

 うん、次あったときは必ず返そう。


 そして気を取り直してクエストのことを確認しようとすると——。


「あぁぁあああああぁあ! わたしの馬鹿! 馬鹿馬鹿! なに普通に助けてそのまま立ち去っちゃってるのよぉおおお!」


 という叫び声が背後からかすかに聞こえてくるのだった。



   ***



 二十分後。

 管理者権限レベルがどうなったのか。

 結局どうあがいても確認できなかった。

 ステータスが見られるようになったかとも思ったが、そんなこともなく。

 そこでふと前回キック・ラビットに弱点付与できなかったことを思い出し、それで確認してみることにした。


 俺は一度ダンジョンを出て受付に並ぶ。

 魔石を換金してから家に帰り明日またラジカセを持ってこようと思ったのだ。


「107番のかた〜!」


 番号を受け取りしばらく待つ。

 そしてようやく呼び出された。

 受付に行くと前回と同じ受付嬢だった。


「あっ、また来られてたんですね」

「はい。今日も換金お願いします」


 そして俺はスライムの魔石二十三個を受付に提出する。

 すると受付嬢は興味深そうに俺を見てきて魔石をトレイに移しながら尋ねてきた。


「その掃除機でスライムを倒したんですか?」

「ええそうです。これで吸い込むと魔石に変わってるんですよね」

「ふぅん、不思議ですねぇ……。前回も掃除機持ってましたよね?」

「なんか裏技だって聞いたもので」


 受付嬢はなんとも言いがたい表情をしていた。

 歯の奥になにか詰まったような微妙な表情だ。

 どうしたのだろう?

 ……はっ、もしかして裏技はあまり公の場で使わない方がいいのだろうか?

 まあ裏技っていうくらいだしな。


 そして受付嬢はそのまま魔石を持ってカウンターの奥に引っ込んでいった。

 前回より少し時間がかかって戻ってくる。


「お待たせいたしました。こちら金額をお確かめください」


 今回は合計九千円。

 三時間の労働時間なのでやっぱり時給換算だと三千円になる。

 すごい、流石は探索者だ。

 裏技のおかげでもあるのだろうけど。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「いえいえ。それではまたお越しくださいね」


 マニュアルっぽい台詞とともに受付嬢はにっこり微笑む。

 俺はお金を受け取ってすぐさま帰路につくのだった。

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