プリンセスナイトと決着
これは【PvP】という、『アストラル』における決闘のシステムだ。デスマッチモードは、どちらかが死ぬことで決着がつく勝負方法。
デスマッチ(ハード)の場合、負けても通常のデスペナルティはないが、三時間ログインできなくなるという、それ以上のペナルティを受ける。さらに所持金も半額奪われるが、デスマッチの場合、それが勝ったプレイヤーに流れるのだ。
腕試しのような場合、普通はデスマッチモードではなく、HPダメージが半分を超えたら戦闘終了のハーフモード、一撃を与えたら戦闘終了のショートモード、HPが1Pだけ残るダイイングモードなどで対戦する。
どうやらヒカルはシロウを合法的に殺す気満々らしい。
時間:無制限
モード:デスマッチ(ハード)
スキル:使用可
アイテム:使用不可
勝利条件:自分以外のプレイヤーの死亡
参加プレイヤー
受託しますか?
YESを押し、【PvP】へのシロウの参加が承認される。
審判であるティナナが、ポンッと空中に現れる。
『【PvP】が成立したティナ。カウントダウンを始めるティナ』
ティナナの頭上にカウントダウンが流れ始めた。
シロウとヒカルは武器を抜く。
ヒカルはデバフよりもバフ。自分にかかったダメージカットとダメージアップ。
範囲攻撃もでき、まさに隙がないプレイヤーと言える。
掲示板にヒカルのことについて語るスレがある。主に女性プレイヤーが多くイケメンということもあり人気があった。
ランキング一位のカズハの掲示板もあり、カズハもまたイケメンということもありヒカルと同じくらいの人間がある。
ヒカルの戦い方は動画を見てある程度分かってはいる。長期戦になれば不利になるので初めから全力で行き、反撃を与えずに終わらせるつもりでいる。
「ヒカルくん、全力で来て。僕が勝ったらユキとの仲を認めてほしい。それとこっちではシロウと名乗っているから現実世界での本名で呼ばないでほしいな」
「いいだろう。後で後悔はするなよ。俺が勝ったらユキに近づかないでもらう。そしてギルドをも解散してもらうぞ」
『決闘開始デュエルスタート!』
「【分身】」
「なっ!?」
スタートと同時にいきなり七人に増えたシロウにヒカルは驚きの声を上げた。しかしその驚きを待ってやる気はないシロウにさらさらない。
【分身】を事前に知ってれば対処のしようもあるが、ヒカルは勝てると思い込んでいるため、その慢心のせいで対処がない。
「【
「えっ……!?」
七人のシロウが一瞬にしてヒカルとの距離を詰める。
そこからの。
「【ファントムラッシュ】」
「がっ!?」
七方向から高速の斬撃がヒカルに叩き込まれる。さらに【追撃】の効果が現れた。
「【雷天帝装】【全武装展開】【攻撃開始】」
イベントの防衛戦で手に入れたスキル【雷天帝装】は雷を纏い、雷系のスキルの威力が上がったり雷属性が付与されたり、【STR】と【AGI】三十%上がる。
機神の威力は一発一発の威力は低く蓮撃頼りだが、【雷天帝装】を纏えば威力も申し分ない。
七方向からの砲撃にヒカルはなす術がないと思いきや。
「【剣の守護】!【ソードオブガーディアン】!」
ヒカルは自身に防御のバフをかけて、騎士を召喚して守った。
これで決着がつければよかったのだが、そう簡単にはいかなかった。
「この卑怯者! 正々堂々戦え!」
ヒカルは怒りに満ちた瞳でシロウを睨み罵った。
猛然と駆け出すヒカル。
「【剣ノ舞】【光剣】!」
「【幻影】」
力強く踏み込み、攻撃力を上げて光を纏った剣がシロウに届く。シロウが反応しきれていないのだと思い、勝利を確信した。しかしそれはグニャリとその形を歪めて空気へと溶けていく。
「どういうことだ……?」
確かな手応えがなく、ヒカルは嫌な予感がし頭上を見ると数千の剣が降り注ぐ。
「【サークル・ソード】」
「ぐあああっ!? くそっ! 俺は認めない! こんな決闘無効だ! チートだチートを使ってるんだろ!? 俺は絶対に認めないからな……!」
そう言ってヒカルは光の粒子となって消えた。
ヒカルは完全に自分の正義を信じ込んでおり、シロウがチートを使って勝ったと思い込んでいるようだ。
『決着! 勝利プレイヤー【シロウ】!』
ティナナがシロウの勝利を宣言し、【PvP】が終了する。ヒカルの所持金の半額がシロウの所持金に加算された。
「ごめんなさい、ヒカルくんが迷惑をかけて」
「すまないね。ヒカルが迷惑をかけた」
「すまなかったな、シロウ」
「いやいや、僕は本当に大丈夫だから気にしないで」
ユキとジュンにリュウタがシロウに謝る。
シロウは三人に謝られて、慌てて気にしてないと言う。
手で目元を覆いながら溜息をつくジュン。
「いや、なんかごめんね。苦労をかけて」
「シロウくんは別に悪くはないから謝らないでくれ、そもそも私達がヒカルを注意だけで終わらせて甘やかしていた原因がある。だからそう申し訳なそうにししなくていい」
「でも……」
「少年、私はヒカルが自分の正しさを疑えるようになってもいいと思うんだ。ヒカルはご都合解釈するだろう?」
「……まあ。はい、そうですね。そもそもなにか原因があるんですか?」
ヒカルは思い込みが激しく自分が正しいと思っている。
ご都合解釈をするのにはなにか原因があるのだろうかと考えている。
「祖父と関係していてね。詳しくまた後で話すとしよう。しばらくはユキちゃんと少年に近づかないように言っておく。私はヒカルと話をしなくちゃいけないから戻るよ。」
「わかりました。ありがとうございます」
ルカとジュンはヒカルと話をするためにログアウトしていった。
「騎士くん、大丈夫だった?」
「ん、平気平気」
「それにしてもあの人、なんであんな自分勝手人なんでしょうね」
「ユリナちゃんはどうしてここに?」
「お姉様達が騎士さんを探してたみたいなので、騎士さんが路地裏に行くところを見かけたんですよ。それで私がここまで案内したんですよ。まったくお姉様に会いに行くところだったのに……」
「なんかごめんなさい」
「まあ別にいいですけど……」
決闘に負けてディスペナルティを受けて三時間ログインできないでいた。
シロウに負けて今の内心は怒りと悔しさに包まれている。普段の輝きからは程遠い有様の少年は、天草光瑠である。
「くそっ! くそっ! 何なんだよ! 俺は絶対認めない!」
押し殺した声で悪態をついている。光瑠は負けるとは思っておらず勝てると確信していた。
「案の定、随分と荒れているね」
「光瑠は少年に負けたんだ。ちゃんと現実をみなさい」
「なんで俺はアイツ……神原なんかに負けたんだ」
光瑠が負けを認めたくないのか当たり散らす。その相手は、十年来の幼馴染、女の子の片割れ、柊潤だ。
潤は、光瑠とは違って壁に背を預けながら、少し仰け反るように天を仰ぎ空に浮かぶ月を眺めていた。視線を合わせない幼馴染の言葉に、潤もやはり視線を合わせず、月を見つめたまま静かに返した。
「光瑠の敗因は経験の差と油断さ。それと光瑠の戦い方とスキルはある程度知れ渡っているからね。少年は長期戦になれば不利になると思って相手に反撃を与えずに短期戦で決着をつけたのさ」
「……」
何も答えない、いや、答えられない光瑠。
光瑠の胸中に言い知れぬ感情が湧き上がってくる。それは暗く重い、酷くドロドロした感情だ。無条件に、何の根拠もなく、されど当たり前のように信じていたこと。由紀という幼馴染は、いつだって自分の傍にいて、それはこれからも変わらないという想い。もっと言えば、由紀は自分のものだったのにという想い。つまりは、嫉妬だ。
その嫉妬が、恋情から来ているのか、それともただの独占欲から来ているのか、光瑠自身にもよく分かっていなかったが、とにかく〝奪われた〟という思いが激しく胸中に渦巻いているのだった。
しかし、〝奪った〟張本人である真白(本人は断固否定するだろうが)と共にギルドを結成して決めたのは由紀自身である。有り得ないと思っていた現実を否定したくて挑んだ決闘では簡単にあしらわれて、自分の惨めさとか、真白への憤りとか、色々な思いが混じり合い、光瑠の頭の中はぶちまけたゴミ箱の中身のようにぐちゃぐちゃだった。
だから、いつの間にか隣にいて何も言わずに佇んでいるもう一人の幼馴染の女の子に水を向けてみたのだが……返答は、実に素っ気無いものだった。続く言葉が見つからず、黙り込む光瑠。
潤は、そんな光瑠をチラリと横目に見ると、眉を八の字に曲げて「仕方ない」といった雰囲気を醸し出しながら口を開いた。
「……今、光瑠が感じているそれは筋違いというものだよ。」
「……筋違い?」
潤から、思いがけず返ってきた言葉に、オウム返しをする光瑠。潤は、光瑠を見やりながら言葉を続けた。
「そう。由紀はね、最初からキミものじゃないんだよ?」
「…… それは……じゃあ、神原のものだったとでも言うのか?」
ズバリ、内心を言い当てられ瞳を揺らす光瑠は、苦し紛れに、ほとんど悪態ともいうべき反論をした。それに対して潤は、強烈なデコピンでもって応えた。「いづっ!?」と思わず額を抑える光瑠を尻目に、潤は冷ややかな声音で叱責する。
「お馬鹿。由紀は由紀自身のものに決まっているだろ。何を選ぼうと、何処へ行こうと、それを決めるのは由紀自身だ。当然、誰のものになりたいか……それを決めるのもね。それと気づいてないみたいだから言っておくけど由紀は神原くんのことが好きなのさ」
「……嘘だろ……? いつからだ? 潤は知っていたんだろ?」
〝何を〟とは問わない。潤は、頷く。
「中学の時から知っている。……好きな理由は最近聞いたけど」
「……何だよ、それ。どういうことだ?」
「それは、由紀自身から聞いてほしい。私が、勝手に話していいことではないし」
「じゃあ、本当に、教室で由紀が何度も神原に話しかけていたのは……その……好きだったから……なのか?」
「ああ、そうだよ」
「……」
聞きたくない事実を、至極あっさり告げる雫に、光輝は、恨めしそうな視線を向けた。もっとも、潤はどこ吹く風だったが。その態度にも腹が立ってきたのか、光輝は駄々をこねる子供のように胸中の思いを吐き出した。
「……なぜ、神原なんだ。アイツは、オタクだし、やる気はないし、なにを考えているのかわからない。勉強はできても運動は全然ダメで……いつもヘラヘラ笑って、その場凌ぎばかりで…………オタクだし……俺は由紀いつも大切にしていたし、由紀のためを思って出来るだけのことをして来たのに…… 俺は幼馴染だから。あの子を守らないといけない義務がある……由紀を助けてあげられるのは、幼馴染の俺だけしかいないんだ。……悪い虫から守るのも、俺の役目だ。それに、神原は、あんな風に女の子達を侍らせて、物扱いまでしてる最低な奴なんだぞ? どうかしてるよ! そうだよ、あんな奴を由紀が好きになるなんて、やっぱりおかしい。何かされたに違いなッ」
バチンッ!
「姉さん、なにをするんだ!?」
話しているうちにヒートアップして、真白の悪口どころか勝手な事実を捏造し始めた光瑠に、姉である流華のビンタが炸裂した。何をするんだ! と睨む光瑠を流華はスルーして、潤は驚きつつも呆れた表情を見せる。
「いい加減にするんだ。悪い癖が出てるぞ。ご都合解釈は止めなさいと注意してきたのに」
「ご都合解釈って……そんなこと」
「してるだろ? 光瑠が、少年の何を知っているんだい? 現実リアルも、アストラルでの事も、 何も知らないのに……あの女の子達だって楽しそうな、表情だったよ? その事実を無視して勝手なこと言って……今の光瑠は、少年を由紀ちゃんにふさわしくない悪者に仕立てあげたいだけでしょうが。それを、ご都合解釈と言わずして何て言うんだい? 私は光瑠の真っ直ぐなところや正義感の強いところは嫌いじゃない」
「……姉さん」
「いい加減、自分の正しさを疑えるようになった方がいい」
「……」
「強い思いは、物事を成し遂げるのに必要なものだ。でも、それを常に疑わず盲信して走り続ければ何処かで歪みが生まれる。だから、その時、その場所で関係するあらゆることを受け止めて、自分の想いは果たして貫くことが正しいのか、あるいは間違っていると分かった上で、〝それでも〟とやるべきなのか……それを、考え続けなければならないんじゃないかな? ……本当に、正しく生きるというのは至難だ。光瑠。常にお前が正しいわけではないし、例え正しくても、その正しさが凶器になることもあるってことを知ってほしい。まぁ、今回のご都合解釈は、お前の思い込みから生じる〝正しさ〟が原因ではなくて、唯の嫉妬心みたいだけど」
「い、いや、俺は嫉妬なんて……」
「そこで誤魔化しやら言い訳やらするのは、格好悪いぞ?」
「……」
「私は少年と会って間もないから全て知っているわけじゃない。でも少年が良い子だってことはわかる。光瑠、お前の思い込みと嫉妬心で少年に迷惑をかけるんじゃない。頭を冷やすまでは、由紀ちゃんと少年の接近を禁止する。破れば今後、両親とも話し合ってお前を別の街に引っ越しさせることにする。私としてはそうないないでほしい」
俯いている光瑠。ただ、先程のような暗い雰囲気は少し薄れ、何かを深く考えているようだった。取り敢えず、負のスパイラルに突入して暴走という事態は避けられそうだと、幼馴染の暴走癖を知る潤はホッと息を吐いた。
とはいえ、人はそう簡単に変わるものではない。また暴走して真白に迷惑をかけてしまうじゃないかと潤は心配になる。
とりあえず今は、一人になる時間が必要だろうと、もたれていた壁から体を起こし、そっとその場を離れようとした。そんな踵を返した潤の背に光瑠の声がポツリとかかる。
「潤は……何処にも行かないよな?」
「……いきなりなんだい?」
「……行くなよ、潤」
「……」
どこか懇願するような響きを持った光瑠の言葉。光瑠に惚れているギルドのみんなが聞けばキャーキャー言いそうなセリフだったが、生憎、潤が見せた表情は〝呆れ〟だった。
「少なくとも私は縋ってくるような男はお断りさ」
それだけ言い残し、潤は、その場を後にした。残された光瑠は、潤が消えたをしばらく見つめた。
光瑠は、深い溜息を吐きながら、厳しくとも優しい幼馴染と姉の言葉をじっくり考え始めた。
To be comtinued
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