第15話 人間の世界

 人間用のバッグにお土産の荷物を積んでルフガル洞窟をあとにする。


「んじゃ、ガルド、よろしく」

「はいよ。リーリアとは何回か来たが、ゴブリンを連れていくのははじめてだな」

「俺は常識があるから大丈夫だが、他のゴブリンの時は気を付けてやってくれ」

「分かった。その知識はいったいどこからくるんだか」

「あはは」


 転生知識ではある。秘密だった。

 前世から五十年ほど進んでいるようなのと、俺が住んでいるのはもう少し南部だった。

 地域的な差もあるだろう。


 半日と少し歩いてリーリアの出身地、シャーリア村に到着した。


「シャーリア村の俺んちに泊まれ」

「わかった」


 ベッドがあった。久しぶりだ。

 流石に悪いと思って、近くの小川で体を洗った。

 出るわ出るわ、汚い水。

 汚れが茶色い水になって流れていく。

 まあゴブリンだしな。

 メルセ川でたまに全身洗っていたのにこれなのだ。


 リーリアは洞窟の中でタオルのようなもので拭いていたけれど、他のゴブリンはそういうことはしていなかった。

 もちろんリーリアはグレアも同じように洗っている。


 ガルドの家でご飯を食べる。

 最近はリーリアのご飯も人間食に近かったので、それほどの感激はないものの、フォークとナイフだった。


「ドル。領主の館ではナイフとフォークだ」

「知っている。使えるぞ」

「え、そうなのか?」

「ああ」

「ならいい。練習していけ」

「助かる。ゴブリンになってから使ったことがない」

「だよなぁ」


 翌日、そうして街道を二人して歩いていく。

 歩くこと一日、デデム町へと夕方到着した。


 基本的に一日毎に村か町があるようになっている。

 そのほうが旅が便利だからだ。

 だから野宿することはほとんどない。

 ただ、ルートによっては近道とかいいつつ野営が必要になるようなケースもある。


「よう」

「こんばんは」

「本当にゴブリンを連れてきたな」

「首輪をしていないわ」


 受付嬢が俺を見て驚いている。

 普通は所有者を表す首輪をするのだ。

 脱走しても取れない丈夫な奴だ。


「どうも。ルフガル洞窟の長をしています。ベダの息子、ドルです」

「ふむ。デデム町冒険者ギルド長、ゲレンデです」

「ご丁寧にどうも」


 貴族よろしく、手をまげて挨拶してみる。

 ゴブリンの癖に生意気な、みたいになってしまった。


「礼儀作法も覚えているんですね。これはガルドが?」

「いや、俺は何も」

「へぇ、変わっていますね」


 さて冒険者ギルドで岩塩二キロを売ってしまう。

 残りはほとんど献上品だ。


「明日、馬車を用意しています。マーベルス町までご案内しますね」

「了解しました」

「本日はギルドの三階にお泊りください」


 冒険者ギルドには偉い人を泊めるための宿泊施設があるのだ。

 特に町が小さいと宿屋も小さなところしかないので、有難がられる。

 ギルドの一階の酒場で夕食の飲み食いをして、三階へ引っ込む。


 翌日の朝。


 ヒヒーン。

 馬車が回ってくる。

 俺とガルド、そしてゲレンデさんもついてくるらしい。

 三人で馬車に乗り込む。


「では出してください」

「出発します。マーベルス町までですね」

「そうです」


 最終確認をして、御者が馬に合図を送ると進みだす。

 懐かしい。馬車の感覚がよみがえってくる。

 馬車は快適とはいえないものの、荷物を背負って歩くよりはいい。


 景色が流れていくのを眺めながら、さてどうしたものかと考える。


「マーベルス侯爵でしたっけ、どんな人なんでしょう」


 以前貴族をしていたのは隣の国だったので、この国の貴族は詳しくない。

 主要な町の名前など地理は変わっていないようなので懐かしいものの、こちらも詳細までは知らなかった。


「そうですね。好奇心旺盛、利にさといお方でしょうか」

「ふむ」

「合理的に考えて、物事を判断するタイプでしょうか。まあ貴族らしいといえば貴族っぽい方ですね」

「なるほど」

「ゴブリンだからと言って悪いようにはしないでしょう」


 馬車で街道を進む。この街道は主要街道になっており整備が進んでいるためあまり揺れないのだそうだ。


 そうして夕方ぎりぎり、閉門間際にマーベルス町へと到着した。


「ぎりぎりでしたね」

「はい。これ以上速く走ると揺れるので……」


 つまり御者は閉門時間を考慮してなんとか揺れないようにしてくれていたのだ。

 なんというか貴族っぽい扱いになんともいえない。


 城壁の中は市場になっていて、人々が行きかっている。

 表通りの真ん中は馬車道専用で空いているが、人が横切っていくのが見える。


「けっこうな賑わいだ。いい街なのだろう」

「そうですね。ゴブリンでも分かります?」

「はい、一応」

「こりゃ失礼しました」

「なんなら百まで数えましょうか? 一、二、三、四」

「いえいえ、結構ですよ」


 ゲレンデさんにもゴブリンがどういったものか理解がまだ出来ていないのだろう。


「普通のゴブリンはこんな町を見たら目ん玉飛び出るほどびっくりしますね」

「あぁ、やっぱりそうなのですね。なんだか安心しました」

「あはは」


 冒険者ギルドへと話が通っていて、やはりこちらのギルドで宿泊することになった。

 さすがに地方都市だけあって、かなり豪華な部屋だった。


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