待ち人たちの最終ゲーム
にけ
1章 どうぶつ村の依頼
episode.1 無職と神様
愛梨は仲間を殺した。しかし何も感じもない。
自分が彼らと関わってしまったからだと分かっていても、それでも殺したことに対しての罪悪感というものが心に生まれる気配すらない。
視線を落とすと血だまりの中で横たわり、ぴくりとも動かない仲間。
声にならない声で叫び、死んだ仲間の名を必死に叫ぶ愛し、愛された者。
顔を上げると怒りに体を震わせ、憎悪の目で愛梨を睨むあずき。
(私なんかに関わるからだよ……)
愛梨は虚ろな目であずきと目を合わせた。
――数日前。
「つまり君は生きる死人だ」
目の前に立つ髪の色を左右で白と黒に分け、髪とは反対の配色をした足元が見えないくらい長いコートを着た男は愛梨にそう言った。
「へー」
「へーって……さっきまでの話しを聞いていたのか?」
「いや」
感情のこもっていない冷たい返事をする愛梨。
何が面白いのか少しだけ口角を上げ、顎に手を当てて男は興味深そうに見ている。
「ふむ。説明を全く聞いていないか、聞き流しているか……。君は今までの待ち人とは毛色が違うようだな。面白い。では次に職業を選んでくれ」
職業という言葉に愛梨はぴくりと反応した。そしてその言葉から逃げるように愛梨は男から顔を背ける。
なぜ顔を背けたのか理由が分かっている男は、ははっと笑う。
その笑いが気に入らなかったのか、愛梨は眉間に皺を寄せる。
「失礼。職業といっても君がいた世界の職業とは異なるから安心してくれ」
「……働く気ないから。社会も人間もうんざりなの」
風が吹いたら消えてしまいそうなほど小さく呟く、愛梨の大きな訴え。
仕事、社会、人間……。どこにでもあって、誰でも普通に使う言葉。しかし今の愛梨にとっては体と心を蝕む毒でしかない。
そんな毒を口から出したのだ。愛梨の気分は最高に悪い。
「本当に僕の話しを聞いていなかったのか。というか、君が初めてここに来た時にも話をしたんだけどな」
「……知らない」
「人間は酒に酔うと話を忘れるというのは本当だったのか……。しかしまた説明すれば三回目だ。何度も同じことを説明するのは面倒……ああ、そうだ」
男は長いコートの中に右手を入れて中でごそごそと何かを探ると、丸まった紙を取り出して愛梨に差し出した。
差し出され紙を受け取る気はなかったのだが、反射的に愛梨は手を伸ばし、受け取ってしまう。
「この世界の説明書だ。君はどうも僕の話しを聞く気がないようだから読みたまえ。僕はまた来るよ。君のような待ち人が多くてね、そんなに暇でもない。それじゃ」
そう言い残して男はふっと消えた。
その場に残された愛梨は手に持つ紙から視線を上げて周囲を見渡す。
そこには高層ビル群で狭くなった空も、ひしめき合うようにお店が並ぶ通りも、急くように歩く人の姿もない。
愛梨の視界が捉えるのは広く澄んだ空、葉の生い茂った木々、どこまでも続く草原。遠くに見えるのは家だろうか、レンガのような色の屋根が連なっている。
なんの匂いもない澄んだ空気が鼻を通り、肺を満たす。
今までと違う景色。しかし少しだけ見慣れた景色をぼーっと眺めて愛梨は男に渡された紙に目を落とす。
英語でもハングル語でもアラビア語でも象形文字でもない、見たことのない文字。
だが愛梨の脳はそれを愛梨が分かる言語に翻訳してくれる。
「
まるで修学旅行のしおりのようなものを愛梨はゆっくりと読む。
この世界はDOAと呼ばれる夢の世界です。
この世界はあなたが望んだ世界です。
この世界には『待ち人』と呼ばれる、死を望み、死を待つ者が降り立ちます。
職業を得た待ち人は、住人から依頼を受けてください。
住人との出会いと依頼はあなたの心に変化をもたらすでしょう。
心から生きたいと
エリカを制した者は現実世界へと帰還し、新たな人生を謳歌することでしょう。
この世界に端はありません。ここは夢の世界。
あなたの世界であり、誰かの世界。
説明書というよりは、何か語りかけるような文章。
男の話しを全く聞く気がない愛梨だったが、なぜか文章は読む気になったのか、短い語りを最後まで読んだ。
「エリカ……?」
「エリカはエリカだ」
突然背後から声がして、愛梨は小さく体を震わせる。
後ろを向くと、さっき消えた男がいつの間にか後ろに立っている。
振り向いた愛梨と目が合うと男はにこっと笑った。
「君も必ずエリカが現れるさ」
そんなことを言われても愛梨には興味がなく、愛梨は「そう」とだけ言い、男から顔を背ける。
再び紙に目を落とす。今度は内容を読むのではなく、ただ視界に入れているだけのようだ。
愛梨の目には光もなく生気もない。目で何かを捉えても脳が処理をしていないようだ。
「説明を読んで少しは興味を持ったか?」
何を言っても反応がなく、人形のように表情一つ変えない愛梨に男は言う。
だが愛梨から答えが返ってくることはない。
愛梨は生気も覇気もない表情で、ただ渡された紙を眺める。
「そうか。じゃあ質問は?」
「……死にたい」
『死』という言葉を聞かされているのに、男は声を出さずに笑っている。
男から顔を背けている愛梨はそれに気付いておらず、ぼーっと紙を見る。
「では、職業を選んでくれ」
そう言って男は歩き愛梨に目の前に立つと、DOAの説明書を取り上げ、たくさんの文字が書かれた紙とすり替える。
ここで愛梨は現実に戻ってきたようで、顔を上げると男を睨みつける。
「働く気ないから」
「ここでは必要だ。説明書にも書いてあっただろ?」
「……」
何を言っても無駄なのだろうと諦めたのか、そっぽを向き、紙に目を通すことなく適当に指差した。
「これ」
愛梨が差した文字を見て男は満足そうに笑みを浮かべる。
「チートな魔法使い。実に君らしい」
「……」
愛梨が選んだ職業を見て男はふふっと声を漏らす。
何が面白いのか、笑うほどおかしな仕事を選んでしまったのか。
だが愛梨にとってはそんなことはどうでもいいのか、笑われても表情を一つ変えることはない。
「君は本当におもしろいな。僕の話しを聞かないし、何もしないし、説明書を渡しても表情を変えないし、動じない。それなのに適当に選んだ職業は君らしいものを選んでいるのだから」
馬鹿にされているのか、動じない精神を褒められているのか判断しにくい男の言葉を愛梨は適当に返事をして聞き流す。
その姿がさらに男の興味をかき立てたのか、男は愛梨と視線が合うように顔を覗き込む。
急に、視界に男が入ってきて驚いた愛梨は警戒するように後ろへ下がる。
「決めた。僕は君の旅に同行しよう」
この男は何を言っているんだと言いたそうな顔で愛梨は男を見る。
「君のような怠惰で無関心な待ち人が旅をしてどう変化するのか間近で見てみたい」
「嫌だよ。私は死にたいの……」
顔を伏せ自分を守るように両腕を体に回す愛梨に男は静かに近づく。
「君は旅をする。必ず」
何かを確信しているかのようなはっきりとした声と言葉に愛梨は顔を上げる。
目の前には頭の色はおかしいが、整った顔立ちの自分よりも若いと思われる男が真っ直ぐな瞳で愛梨をじっと見る。
「なんでそんなこと分かるの。私は役立たずで、誰にも必要とされない――。だから私は死ぬ。死にたいの」
「いや。君は絶対に旅をする」
同じことを言う男にさすがにイラついたのか、わざとらしく深いため息をついた。
「だから……なんでそんな――」
「神だから」
「は?」
自分のことを神と言った男は愛梨と目線が合うように、少しだけかがむ。
訳が分からないといった表情の愛梨を見て、男は口角をにやりと上げる。
「僕はシドウ。この世界の神だ」
「………………は?」
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