下弦の月が沈む日に

絵山 佳子

第1話 バルコニーからの転落

 私、ルーナはモントン伯爵家の長女で、婚約者は名門伯爵家のカイト・ハーマン様。

 私たちは半年後に結婚式を挙げることになっていた。

 伯爵家の嫡男であるカイト様は仕事が忙しく、月に一度朝食を一緒に取るのが、唯一のデートだった。


 もうすぐ冬になる今日は肌寒かったが、私がわざと三階のバルコニーに出たのは、カイト様の気持ちが聞きたかったからだった。

 カイト様は最初は無関心だったが、私が戻らないのを気にしてバルコニーに来てくれた。


 カイト様の気持ちを聞こうとした時、何かに躓きバランスを崩して、バルコニーの低めの柵に強く腰を打ち付けた。

 まさかこのまま転落してしまうとは···


 カイト様は冷たい目で私を見ていた。

 彼は微動だにせず、ただじっと落ちて行く私を見ている。

 彼の姿の後に下弦の月が見えていた。

 水色の空に白い月が綺麗だった。

 ああ、もうここまで落ちたのか。


 手も差し伸べてもらえずに落ちていく私は滑稽だった。

 ここまで彼に嫌われていたのか。

 いや違う。彼は噂通り血の繋がらない彼の義妹を選んだのだ。

 彼の父親がハーマン伯爵家の利益の為に、モントン伯爵令嬢の私を政略結婚の相手に選んだのだ。

 彼の意思など関係なかった。


 最初から私のことなど視界にも入ってなかった。

 彼は義妹を愛していた。義妹も彼を愛していた。たったそれだけのこと。

 それなら最初から私に言ってくれれば、こんなにも貴方を愛することはなかったのに。


 月に一度決まった時間にしか会えなかったとしても、私は心から彼を愛していた。

 私はただ、彼に愛されたかっただけなのに。


 最後の時が近づいていても、彼の幸せを祈らずにはいられなかった。

『どうか義妹さんと、幸せになりますように』


 私は意識を手放した。


「ニャー」(うーん)よく寝た。

 いつもなら両腕を上に伸ばし伸びをするが、今日は体の前に両腕を立て、お尻を突き出した形で伸びをする。

 違和感があったが、朝一番の伸びは気持ちがよかった。

 目を開けてよく見ると、両腕が猫の手になっている。

「ニャー、ニャー」(えっ、えーーーっ)

 どうして?なんで?

 あっそうか、私バルコニーから落ちて死んだんだった。

 でも何故?猫に?


 普通転生とかだと、過去に戻って幼少期に返るとか、別人になったりしないのかしら?

 猫ってどうなの?

 辺りを見回しても身に覚えのない場所だった。

「ニャー」(ここどこ?)

 ベッドから降りて椅子に登り机に置いてある、卓上のカレンダーを覗く。

 えっ、まだ三日しか経ってないじゃん。

 カレンダーの持ち主が過ぎた日付を消していてよかった。

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