第5話 説明はしっかりしないと駄目ですね
何とか落ち着いた僕は、吉良さんに手を引かれながら教室の前まで戻ってきた。
もう大丈夫なのは伝えたのだけど、なぜか「いいの」と言われて手を引かれている。
「あ、さすがに離すよ?」
「なんで繋いでたの?」
「んー、なんとなく?」
吉良さんが唇に人差し指を当て、少し上を向きながら言う。
「嫌だった?」
「ううん。ありがとう」
「どれに対する?」
「さっき手を握らせてくれたから」
落ち着いてからすぐに手を引かれたからお礼がまだだった。
きっかけは吉良さんだけど、吉良さんが居なければ僕は一日沈んだ気持ちでいた。
「ほとんど私が悪いのに、二宮君は自分で貸しを作っていくね」
「そう? 吉良さんへの感謝の気持ちは本当だよ?」
「私が汚い心の持ち主だってバレちゃうからやめて」
吉良さんが眩しいものを見るように手で目元を押さえた。
吉良さんが汚い心を持っているなんて有り得ないことを伝えようとしたら、ちょうどチャイムが鳴った。
「私達の逃避行も終わりだね」
「何言ってるのか分からないけど、大変なのはこれからなんでしょ?」
「憂鬱です……」
これから僕達……吉良さんは質問攻めに遭う。
僕(男子)と授業中の一時間どこかに行っていたのだから当然だ。
ただでさえ有名人で真面目と言われている吉良さんが授業をサボっただけでも質問攻めに遭うだろうに、それに加えて男子と一緒なんて何もない訳がない。
その為の口裏合わせだったけど、準備はしていても、ちゃんと話を聞いてくれるか分からない相手に説明するのは気が滅入るだろう。
「逃がさないからね」
吉良さんにジト目で睨まれる。
「僕も居た方がいいの?」
「隣に居るだけでいいよ。私が居る時はフォローするし、居ない時に話しかけられたらさっきの通りに説明してくれればいいから」
「分かった」
隣に居るだけなら僕でも出来る。
それに、わざわざ僕に話しかける人なんていないだろうから説明の必要もない。
「挨拶終わったから開けるね」
「う──」
僕の返事を待たないで吉良さんが教室の扉を開けた。
別にいいのだけど、それなら聞かなくてもいいのではないのだろうか。
「一応ね。うわ」
吉良さんがいたずらっ子のような笑みを僕に向け、振り返るとそこにはクラスの人が壁になっていた。
男女比率は男子がやや多めぐらいで、吉良さんが男女両方から好かれているのが分かる。
「き、吉良さん。今までどこに?」
「ちゃんと説明しますよ」
(……誰?)
一人の男子が僕の前でクラスメイトに囲まれている吉良さんに話しかけた。
それは分かるけど、それに返事をしたのが吉良さんと同じ声の人だけど、吉良さんだとは思えなかった。
僕と話してる時よりも声が柔らかく、人が壁になって見づらいけど、さっきまでとは違う笑みを浮かべている。
「お、俺達、吉良さんを追いかけたんですけど、見失って」
「それも説明しますよ」
「吉良さんが連れ去られたって噂も」
「……説明しますよ」
(あ、怒った)
吉良さんと一緒に居た歴一時間の僕でも分かる。
説明をしようとしてるのに聞こうとしないで、説明を求めてくる相手に相当怒っているようだ。
顔は笑顔だけど。
「そ、そうだ。なんか変な男に連れてかれ──」
「私の話は聞く価値がないですか……」
一瞬笑顔が崩れて、心とリンクしそうだったけど、吉良さんはそれを抑えて悲しい顔になった。
「ちょっと男子。吉良さんの話の邪魔しないでよ」
「は? そっちだって邪魔したろ」
「私は……」
女子の中で一人、吉良さんの言葉を遮った女子が目元を押さえて俯く。
「最低」
「お、俺は事実を言っただけで……」
(吉良さん、顔……)
みんなが小学生のやり取りをしてる中、吉良さんは心底どうでもよさそうに真顔になっている。
「ごめんなさい。私が黙ってたばっかりに」
吉良さんが思い出したように顔を作り、設定の説明に入る。
「吉良さんは悪くないですよ」
「そうだよ。それより黙ってたって?」
「みんなは私が連れて行かれたって言ってましたけど、逆なんですよ」
「逆?」
「私、彼とお付き合いしているんです」
吉良さんの場のコントロール力のすごさと、周りの人の扱われ安さに驚いていると、その全ての視線が吉良さんの手で指される僕に集まった。
視線に気づいてみんなを見返すと、石像のように固まっていた。
「ずっと秘密にしていたんですけど、ちょっと看過できない自体が起こりまして。それで私が彼、二宮君を連れ出して今の今までお話を」
吉良さんが僕の隣に立ってそう説明する。
僕は言われた通り何もしない
「秘密なのに、事が事だったので教室から連れ出してしまったんです。そして秘密だから誰にもバレない場所でお話をしてた訳です」
吉良さんのすごいところは、この『付き合ってる』という部分以外はほとんど嘘ではない設定をほんの数秒で考えた事だ。
僕には真似出来ない。
「ご納得いただけましたか?」
未だに固まっている人壁に吉良さんが問いかける。
「あ、あの」
すると、石化が解けた男子が手を挙げた。
「なんですか?」
「ほ、本当にその……付き合ってるんですか?」
「はい。ここでは言いにくいことも、その……」
吉良さんがモジモジしながら僕に上目遣いをする。
何故だろうか、多分普通なら『可愛い』と思うのだろうけど、「ね? (圧)」にしか見えない。
そして何がすごいって、ほんとに人には言えない事(掃除用具入れに二人で入る)をしてるから嘘ではない。
「えっと、事が事っていうのは?」
絶望に打ちひしがれている男子に代わって、女子の一人が吉良さんに聞く。
「あぁ、これです」
吉良さんはそう言うと、吉良さんが僕に書いた手紙を取り出した。
「それって」
「二宮君の下駄箱に入っていたそうです。どういう事なんでしょうね?」
女子達が黙ってお互いを見合う。
さっき吉良さんに教えてもらったけど、普通は下駄箱に手紙が入っていたら『ラブレター』だと想像するらしい。
つまりあれは、知らないとはいえ『吉良さんの彼氏にラブレターを送った』という風に見えるようだ。
実際は吉良さんが入れたものだけど。
「二宮君は優しい方なので、相手を傷つけないように話だけは聞こうとしてしまいます。だけどその優しさに付け込まれたらと思ったら……」
吉良さんがまたも悲しい表情になる。
よくもここまでスラスラと設定を思いつくものだ。
「な、なんでそいつなんですか?」
打ちひしがれていた男子の一人が、声を震わせながら僕を指さした。
「そんな、ヒョロくて根暗そうな……」
「続きをどうぞ」
吉良さんの表情から感情が消えた。
多分怒っているのだろうけど、さっきまで話していた男子は蛇に睨まれた蛙になっている。
「私がおかしいとか、私の見る目がないとか言われるのはいいですよ。それは私が変なだけだから。でも、少なくとも二宮君はあなたのように人を見かけで判断しない」
さっきまでとは全然違う。
軽蔑、が多分一番合っている言葉だろうか。
言われた男子は完全に力が抜けたようで、うずくまった。
「最後に一つ聞いても?」
背筋がピンと伸びた、ザ、真面目のような眼鏡女子が前に出てきた。
「最後でいいんですね?」
「休み時間も有限です。話すにしても今は終わりにしましょう」
「そうですね」
なんだか初めてちゃんと話せる相手と話してる気がする。
「それでなんですか?」
「吉良さんが二宮君を好きなのは分かったんですけど、二宮君の方はどうなんですか?」
「好きに決まってるじゃないですか。疑いの余地なしです」
「それは吉良さんの意見です。もしも全部が作り話なら、吉良さんと二宮君は授業をサボる言い訳として付き合ったフリをしてる可能性がありますから」
(正解だ)
全て当たっていて顔には出ていないけど、吉良さんも多分驚いている。
まるで僕達の会話を全て聞いていたような。
「それで二宮君。あなたは吉良さんを好きなんですか?」
「……」
「言えませんか?」
「あ、もしかして、黙ってるだけでいいって言ったから黙ってる?」
僕は頷いて答える。
吉良さんが隣に居る時は全てフォローすると言われたから、変に口を出したらいけないと思ってずっと黙っていた。
「ちなみに私は二宮君のこういうところを好きになりました」
「そう、ですか」
眼鏡さんが顔をむずむずさせながら言う。
「二宮君、言っていいよ」
「えっと、吉良さんを好きかどうかだよね? 好きだよ。一緒に居ると楽しいし、優しいから。今日も沢山慰めてもらったし」
一応吉良さんから「好きかどうか聞かれたら好きって答えといて」とは言われていた。
そこに気持ちを込めたのは駄目だったのか、吉良さんがおでこに手を当てている。
「慰めてもらったって辺りを詳しく!」
眼鏡さんが真顔で僕に詰め寄ってくる。
「はい、離れてください。次の授業がありますから」
「そんなのどうでもいいですよ。二宮君、次の時間は私と密会を」
「させないけど!?」
そうして眼鏡さんと吉良さんの睨み合いは休み時間が終わるまで続いた。
その際に、授業をしていた先生に呼ばれて「とりあえず今回はお咎め無し」と言われた。
良かったけど、先生が去り際「色々と頑張れ」と言ったのは意味が分からなかった。
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