TS解除の情報集めがしたかっただけなのに、「可愛い」「火力やばい」とバズりまくって引き返せなくなってきた

ヒツキノドカ@書籍発売中

プロローグ

 最初に違和感を覚えたのは、自分の“声”だった。


「ふぁあ……ん?」


 ベッドの上で伸びをしながら発した、寝起きの声。

 ……あれ? 俺こんなに声高かったっけ?


 まあいいや、といつもの流れで用足しに向かおうとして二つ目の違和感に気付く。……なんかドアノブの位置高くね? 寝ぼけてるんだろうか、俺。


「……んん?」


 トイレに入り、寝巻にしている短パンジャージに手をかけると、驚くほどするりと下まで落ちてしまった。

 普段ならこんなことはない。下げるにしてもせいぜい太ももの半ばで止まるはずだ。

 だが、ジャージは一直線に床まで落ちた。


 ついでにあらわになった自分の太ももは、妙に細く、白く、そして柔らかそうだった。


「……………………」


 はは。

 まさかな、そんなまさか。

 俺はぶかぶかのTシャツを勢いよくまくり上げ――



 あるべきはずの“アレ”が股間についていないことを確認した。


 

「ッスゥウウ――――……」


 一度天を仰ぎ、意を決してもう一度下腹部を見る。

 ない。

 そこには何もなく、つるつるの雪原が広がっている。


「……まさか、こっちも……?」


 自分の両手を胸に当てる。


 ふよん。


 ささやかに、けれど今まで感じたことがないほど幸せな感触が返ってきた。


「――ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?」


 俺はトイレを飛び出した。


 ガンガンガンガン!


月音つきね! 頼む起きてくれ月音!」


 妹の部屋の扉を必死にノックする。一人でこの状況を受け止めるのは不可能だ。

 数十秒ノックを繰り返すと、色素の薄い髪をショートカットにした、小柄な少女が現れた。

 雪人の妹の月音だ。

 普通にしていれば美少女と呼ばれるであろう顔立ちだが、今は疲れたようにどんよりした雰囲気である。


「何ぃ……推しの耐久配信見て徹夜した妹を叩き起こすのは非道だよ、お兄ちゃん……」


「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ! 見てくれよこの姿!」


「姿……?」


 月音が俺の姿をじっくり見た。

 身長百三十センチほどの、銀髪幼女になった俺を。


「……え? 誰このファンタジーっぽい美少女?」


「だから俺だって言ってるだろ!? お前の兄の白川雪人だよ!」


 なぜか女になってるけどな!





「改めて聞くけど、本当にお兄ちゃんなんだよね?」


 リビングのテーブルを挟んで月音と向かい合う。


「ああ。正真正銘、お前の兄の白川雪人だ」


「そんな! いつの間に女の子になる手術を受けたの!?」


「……お前さては全然深刻に思ってないだろ」


 冗談を言ってる場合じゃない。目が覚めたらいきなり銀髪幼女になった俺の気持ちを考えてみろ。


「ごめんごめん。お兄ちゃんが女の子になっちゃったとして、原因は……」


「間違いなくこの石像だろうな」


 俺は自分の部屋から持ってきた石像をテーブルに置いた。


「お父さんが送ってきたものってことは……」


「ああ。間違いなくダンジョン産だ」


 ダンジョン。

 二十年前に世界中で同時に出現した、モンスターのはびこる異空間である。


 内部では現代科学では説明のつかないようなマジックアイテムが入手できるらしい。怪我をたちどころに直す魔法の薬やら、火がないのに加熱調理が可能な鍋やら、まあ何でもありだ。


 で、俺と月音の父親はダンジョン内で活動する“探索者”である。世界中のダンジョンを回るあの男は、手に入れたマジックアイテムを国際郵便で送りつけてくることがある。


「……普段ならこの手のものは、親父の部屋に放り込んどく。けど、いい加減置き場がなくなってたから俺の部屋にひとまず置いとこうと思って、一日経ったらこんなことに……」


「えーっと、この置物と同じ部屋で一晩過ごしたら、TSしちゃったってこと?」


「てぃーえす?」


「あ、ネットスラングかこれ。性別が変わっちゃうこと」


「ああ、そうだな。そういうことみたいだ」


 普通なら置物と一緒に過ごしたくらいで性別が変わるなんて意味不明だが、ダンジョンが絡むとあり得ないと言い切れない。


「で、ぶっちゃけこれからどうするの?」


「まずは元凶に話を聞きたいんだが……」


 スマホを操作する俺。


『通話 → 白川琢磨』



 Prrrrr……



『お掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか――』


「やっぱ出ねー! あいつスマホ見なさすぎだろ!?」


「まあお父さんダンジョン馬鹿だし……三か月後くらいに『すまんスマホ見てなかったわ! ガハハ!』とか言ってきそう」


 案の定親父には連絡がつかなかった。まあ昔からこんなんなので予想通りである。母親に離婚されたのもそれが原因なんじゃねえのかな。詳しく教えてもらってないけど。

 とにかく、親父は当てにできない。


「というわけで、自力で何とかする必要がある。知恵を貸してくれ月音」


「わかった。お姉ちゃんのために頑張るね」


「誰がお姉ちゃんだ」


 こいつ絶対に面白がってる。

 何だかんだ相談には乗ってはくれるからいいんだが。


「それじゃあ、こんなのはどう?」



・時間経過で治るのを待つ



「……治らなかったらヤバくないか?」


「休み明けにお兄ちゃんが銀髪幼女男子高校生として登校することになっちゃうね……」


「何だよ銀髪幼女男子高校生って……合ってるけどさ……」


 さすがに無駄に時間を浪費するのはよくない気がする。

 ちなみに今は夏休み中で、始業式まで一か月くらいの猶予はある。一か月しかない、ともいえるが。



・SNSで親父の居場所やTS解除アイテムの情報提供を呼びかける



「……それ、俺の状況を公開するってことか?」


「まあ、実物見せないとまともに情報なんてもらえないだろうし」


「いや、それはまずいだろ! マスコミやらに拡散されてえらい騒ぎになるぞ!」


 ダンジョンはまだまだブラックボックス。資源を生み出す場所として、世界各国が精力的な調査や研究を行っている。


 そんな中で“性別の変わった人間”なんて現れたら、貴重な実験サンプルとして拉致される可能性すらある。


「心配しすぎ……とも言えないよね。ダンジョンに関しては」


「ああ。レアなマジックアイテムを強奪するために、非合法な組織が数十人がかりで持ち主の家に押し入ったって事件もあったくらいだ。リスクが高すぎる」


 さすがにこれは頷けない。

 俺だけじゃなく、一緒に住んでる月音にも危害が及びかねないし。



・自力で情報収集



「『性転換 解除』っと……うーん、それっぽいのは出てこないね」


「さすがに前例もなさそうだしな。探索者協会の公表してる資料は……駄目だ、こっちにもない」


 月音と二人がかりで検索サイトや探索者協会――ダンジョンを管理する組織の資料に当たるものの、手がかりすら掴めない。

 本当に親父はこのアイテムをどこから見つけてきたんだ? 送るならせめて解除用のアイテムもセットで送れと言いたい。


「駄目だ、俺たちの手に余るぞこれ……」


「目が疲れた……」


 スマホを放り投げてテーブルに突っ伏す俺と月音。


 普通に調べられる範囲だとTS関連の話はない。

 探索者協会の秘蔵データは、一定ランク以上の探索者にしか開示されないと聞いたことがある。そういうディープな情報だったり、あるいはダンジョンに詳しい人間とのパイプを手に入れられれば望みはあるだろう。


 ただ、どう考えても簡単じゃないんだよなあ……


「普通の手段だとTS関連の情報は出てこないね」


「ああ、何か特別なやり方が必要になるな」


 なんて話していると、ぴろん、と月音のスマホが鳴った。なにやら通知らしい。


「あっ!」


 月音が声を上げ、画面を突き出してこんなことを言ってきた。


「お兄ちゃん、いい案があるよ! 匿名で情報収集できて、うまくいけば探索者協会の非公開データも見られるかもしれない方法!」


「そんな方法があるのか!?」


「お兄ちゃんがダンジョン配信者になってバズればいいんだよ!」


「……は?」


 月音が掲げたスマホには、『To-ko channelが配信を開始しました』という動画サイトの通知メッセージが表示されていた。

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