第4話 ささくれ

 女の指がなまめかしく突起物の上を舐めるように這う様を、男はじっと見つめていた。まるで十本の指が単体で意志をもった生き物であるかのように蠢き、目を離すことが出来ない。


「……って、聞いてる?」


 女の指が動きを止めた。男は、はっと我に返ると、聞いていないのに聞いていたフリをした。


「あ、はい。聞いてます」


「じゃあ、ここのスライド作って」


 もちろん、聞いていないのでスライドなど作れる筈がない。


「すみません、聞いてませんでした」


「あのねぇ……松本くん。あなた、やる気あるの?

 こっちは、わざわざ君の研論発表のために出社して来たって言うのに」


 すみません、と松本は頭を下げた。

 女は、再びキーボードに指を這わせた。松本は、今度こそパソコンの画面から目を離さないように意識しながら、なんとかスライドを作り上げた。


「お子さん、お幾つになったんでしたっけ?」

「えーっと……確か7歳かな?」

「旦那さんとは、どうして離婚されたんですか?」

「うーん……実は離婚したわけじゃないのよね。異世界ダンジョンで魔王に食べられちゃったの」

「そう、なんですか」

「え、信じるの?」

「嘘なんですか?」

「いや、嘘……じゃないけど。普通、信じないでしょ」

「世の中には、不思議なことがたくさんあるので」


 その時、「三高さん」と若い女性職員が声を掛けてきた。持っていた資料の束を渡される。その指先には、綺麗なネイルが装飾されていた。

 三高 美里は、自分のささくれた指先を見つめた。最後にネイルを塗ったのなんて、何年前だろうか。



「あの……これ、この前のお礼です」


 数日後、松本は、美里にハンドクリームを贈った。美里は、笑って誤魔化した。


「あはは、やだなー見られてたの?

 恥ずかしいなぁ」


「いえ。俺は、綺麗だと思います。

 先輩の指」


 俺が塗っても良いですか?と言って、松本は、美里の指にハンドクリームを塗った。

 その指使いが妙に艶めかしくて、美里は、顔を真っ赤にして俯いていた。

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