ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 7 タイムマシン
ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後
岩倉家の庭園に姿を現した不思議な物体。そしてなんとそこから、二十年間
行方知れずとなっていた……昔となんら変わらぬ霧島智子が現れた。
7 タイムマシン
あと少しで正午という頃、再び岩倉家の庭園に立っていた。
二人して岩を前にしたはいいが、すべきことが分からない。
確かに、目の前には昨日と同様何かがあった。顔を左右に動かしつつ見れば、そこだけ景色が歪んで見える。さらに陽の光のせいなのか、五、六メートルも離れると、球体という形状までがしっかり判別できるのだ。
ところがそこから何をすべきか見当つかない。
「さて、参ったな……どうやったら出てくるんだろう?」
知らぬ間に消え去った入り口に、あの階段はどうやったら現れるのか?
「あれって、勝手に消えちゃうにしても、最初、あの大男さんが何かしたから現れたのよね、それが、なんだったのかは分からないけど……」
稔の疑問にそう返し、智子はそこからゆっくり岩の周りを歩き始めた。そうして真反対くらいのところで立ち止まり、少しだけ大きい声を出したのだった
「こっちからでも、稔さんがいるのがちゃんとわかるわ。でも、実際より少し遠くにいるって感じかしら? きっとね、ここに水槽でも浮かんでたら、こんな感じに見えるんじゃないかな……?」
智子はそう言ってから、目の前にある何かに向けて何気ない感じで手を差し向けた。
そんな姿は稔からも見えていて、彼女の指が揺らめきながらしっかりこちらを向いたのだ。その瞬間……、
――出た! 出たぞ!
思わず声が出そうになって、慌てて心の中だけでそう叫ぶ。
智子が指を近付けた途端、ほぼ同時くらいに現れたのだ。
銀色の板がフッと浮かんで、あっという間に溶け出すように形を変える。それがみるみる地上に向かって伸びてきて、やがて昨日とおんなじ階段になった。
「どうして? 稔さん、何をしたの?」
慌てて戻ってきた智子が囁くように、彼の耳元でそう聞いてくる。
「いや、僕じゃない。きっと、智ちゃんだって」
「え、わたし、何もしてないよ」
「さっき、こっちの方に手を向けただろ? きっとあれだよ……」
「でも触ってないよ。確かに手は近付けたけど、ホントに触るなんて、怖いもの……」
しかしそれでも、あれは彼女の存在をしっかり知った。
搭乗者が一定の距離に近付くと、自動で入り口が出現する。そうであるなら両手が塞がっていても乗り込めるだろうし、智子は実際、あの大男に続く搭乗者なのだ。
とにかくこれで、中の様子を見ることはできそうだったが……、
――記憶された人間以外が乗ると、爆発するなんてこと、ないだろうな……?
そんな恐怖を感じながら、稔は恐る恐る階段一つ目に足をかけた。
幸い、心配を裏切る階段で、揺れもしなければ滑りもしない。
あっという間に天辺まで上がり切り、難なく不思議な空間に入ることができる。
すると智子が言っていたように、フワッと視界が明るくなった。なのにどこにも照明らしいものはなく、どうやら壁そのものが優しい光を放っているようだ。
なんとも殺風景な空間で、その中央に椅子らしきものは確かにあった。
碁石を大きくしたようなのがうっすら銀色の光を放ち、なんの支えもなくポッカリ空間に浮かんでいる。
――こんなものに、本当に座れるのか?
そんなことを思っていると、不意に背後から声が掛かった。
「それ、座るとすぐに、形が変わっちゃうと思うわ……」
外から顔だけを差し入れ、智子が真顔でそう言ってくる。
正直、座るだけでも怖かった。それでもやるしかないと己の心に言い聞かせ、稔はそろりそろりと浮かんでいるものに尻を寄せた。
するとその感触を尻に覚えた途端、予想を遥かに超える変化が起きる。サラッと尻を撫でられた気がして、頭から足裏まで一気に何かが纏わりついた。
言ってみれば、飛行機のファーストクラスにあるような座席を、左右からグッと細くしたって感じだろうか?
ぴったり密着している割に、フワッとしていて圧迫感がまるでない。
これがタイムマシンなら、これこそが時間旅行のための座席だろうし、その前方には操縦桿やら計器類があるはずだ。
ところがそれらしいものは何もない。うっすら光っている壁があるだけで、もしもテレパシーとかで動くのであればここで完全にお手上げとなる。
ならば……あの大男にそんな力があったのか?
――いや、きっとそんなことじゃない! きっと何かあるはずだ……。
百年先の未来だろうが、テレパシーなんて力があるはずない。彼はさっさとそう決め込んで、上半身をゆっくり起こし、何かないかと顔を前方の壁に近付けた。
するとそんな動きに合わせるように、いきなり壁が変化する。壁の一部が一気にせり出し、ボードのような形がすぐ目の前に現れたのだ。
――これだ……これがそうなんだ。
ひと目でそう感じられたのは、まさに思い当たる数字がそこにあったからだった。
言ってみれば、小さな勉強机が現れたって感じだろう。
銀色の壁からせり出してきた平面に、「00000020」という八桁の数字が浮かび上がって見えている。このまま始動させれば、きっと二十年後の未来が待ち受けている。
すなわちそこは昭和七十八年だ。そんな未来に行くくらいなら、この時代に残った方が智子にとっても幸せだろう。
それにノストラダムスの大予言が正しいとすれば、人類にはあと十六年しか残されていないから、二十年後なんてそもそも存在自体が怪しいものだ。
それではいったいどうすれば、過去のあの日に戻れるか?
そう考えれば考えるほどに、不思議に思えてくることがある。
――同じ日、同じ時刻にしか、行けないってことなのか?
日付などを入力してしまえば、八桁ではどうやったって時刻までは入れられない。
もちろん、異なる単位を使うって可能性もあるが、表示されている「20」という数字を考えれば……だ。
――これはきっと、出発した同じ時刻、同じ場所にしかいけないんだ!
そう決め付けたとして、未来にだけってのはどう考えたって不自然過ぎる。
智子は依然中には入らず、心配そうな顔で階段上から見守っている。
そんな彼女は、昨夜確かにこう言ったのだ。
「わたしの前で、背中を向けて何かしてました。何をしてたのかは見えなかったけど……そう、ほんの十秒とか、そのくらいだったと思います」
その結果、この空間は二十年未来に運ばれた。
だから過去に戻るには、切り替えスイッチのようなものがあるはずだ。
そんなことを考えながら、黒く浮かび上がった数字を指でサラッと撫でたのだ。
すると触れた数字が0からスッと1になり、触っただけ数字が見事に変化する。
慌てて何度も触ってみると、9までいって0となり、そんな変化はその隣でも、またその隣でもまったく同じ。
いくらやっても0から9を循環し、それ以外の変化を見せてはくれない。
それからは、前方の壁を徹底的に触りまくった。さらに椅子を叩いてみたり、足踏みしたりして、「過去に戻る! 二十年バック! トエンティ! パースト! パースト!」などと、思いつく言葉を次から次へと声にした。
ところが何をやっても反応なし。稔はとうとう投げやりになり、
――どうすりゃいいんだよ!
こんな感情いっぱい数字に指を押しつけたのだ。
するとなんとも呆気なく、数字の色が瞬時に変わった。
浮かび上がった黒い数字が一気にぜんぶ白くなる。
――マシンが起動した!
そんな恐怖に身動きできず、稔はただただ目の前の数字を心に刻んだ。
00001960……。
――1960年も先に、地球はあってくれるのか!?
彼は目をギュッと閉じ、そんな恐れとともにただただ全身に力を込めた。
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