ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 5 真実

ピリオド4 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後


     

岩倉家の庭園に姿を現した不思議な物体。そしてなんとそこから、二十年間

行方知れずとなっていた……昔となんら変わらぬ霧島智子が現れた。



  5 真実  


 稔のマンションに到着して、智子がまず驚いたのはエレベーターを見た時だ。

「ここって、エレベーターがあるんですか? すごい! デパートみたい!」

 そんな智子の驚きに、稔は正直「えっ?」と思った。

 それでもすぐに過去の記憶が蘇り、彼は〝さもありなん〟と思うのだ。

 あの頃にも、マンションと名の付くものはあるにはあった。しかし今にして思えば、それこそ団地に毛が生えたくらいの感じだったと思う。

 この建物のような十階建てなんて記憶にないし、三階建てくらいでエレベーターが設置されるはずもない。そう考えれば、彼女の反応だって頷けるのだ。

 リビングに入ってからもそんな様子は変わらずで、勧めたソファーにちょこんと座り、キョロキョロと部屋の様子に目を向けている。

 とにかく二十年という歳月は、十五歳の智子にとって計り知れない年月だろう。

 それでもチンピラたちとのことがあってから、智子の態度は多少なりとも変化した。

 コテンパンにやられたことで、稔も普通の人間なんだと安心したってわけでもないだろうが……警戒するような素振りが減って、言葉数も一気に増えた。

 稔は智子を残して寝室に向かい、背広上下を脱ぎ捨て、着古したジーンズをそのまま穿いた。それからいつもの習慣で、立てかけてあった鏡に自分の姿を映し見る……そこにあるのは紛れもなく、高校生などではない己の顔だ。

 そうしてそれは明らかに、いつも見慣れた顔でもあった。

 そんな認知とほぼ同時、いきなり胸の辺りがギュッとなる。まるで唐突な感じで過去の記憶が蘇り、心の声が次から次へと響き渡った。

 ――あの時俺は、どうしてこっそり尾けたりしたんだ!? 

 ずっとしまい込んでいた感情が、まるで当時のままに舞い戻ってくるようだった。

 ――どうしたんだと声さえ掛ければ、きっとこんなことにはなってない!

 どうしようもなく心が震え、涙が溢れ出ようとするのを抑えられない。

 大好きだった智子が生きていた。

 もちろん嬉しいに決まってる。

 しかし理由はどうあれ、智子はあの頃のままで……仮に明日、智子とともに二十年前に戻ったとしても、稔自身が若返るなんてあり得ないだろう。

 逆に智子がここに残っても、二十歳という年の差は消え去ることなく横たわるのだ。

 ――あいつは、俺とは違う時代を生きている。

 智子の知る児玉稔とは、もはやここにいる自分ではなかった。と同時に、稔が思いを寄せていた智子という存在も、完全に消え失せてしまったということになる。

 となれば、過去の感情なんてなかったものと思うしかない。

 彼女を元の時代に戻してやるのが何より大事で、さらに言うなら、今あるこのひと時を楽しい時間にしてあげたい。

 そんな思いを心に刻み、稔は必死に涙の余韻を拭い去った。

 そうして再び智子の元に戻ってみると、智子はなぜか中腰で、リビング奥に置かれた新型テレビを覗き込んでいる。

 もちろん電源は入ってないから、画面は何も映らず真っ暗なまま。

 稔がどうしたのかと尋ねると、智子はゆっくり稔の方を振り返り、

「これって、テレビですよね? あの……チャンネルとかは、どこにあるんですか?」

 そう言って、再びテレビ画面に顔を向けた。

 あの時代、普通テレビには丸型のツマミが付いていた。今のような電子制御じゃないから、見たいチャンネルまでツマミをガチャガチャ回し続ける。

 ところがこれはそうじゃなかった。〝αデジタル〟という最新式で、シンプルなモニター風のデザインに、ツマミなんてどこにもない。さらに画期的だったのは、着脱式なんかじゃない無線リモコンが付いているってことだろう。

 稔はテーブルに置かれていたリモコンを手に取り、早速テレビの電源を入れた。すると画面が一気に明るくなって、智子が驚いた顔して稔の方を振り返る。

 その時ちょうど、テレビから聞き覚えのある音楽が響き渡った。

 たまたまチャンネルがNHKで、「ニュースセンター9時」のオープニングシーンが映し出される。その途端、智子が驚きの声を上げるのだ。

「え! これって天然色なんですか? すごいすごい、すごく綺麗! でも、今やってるのってニュースですよね? なのに白黒じゃないなんて、なんかもったいなくないですか? 今はもう、そんなことないのかな……?」

 そう言いながらも、顔はテレビを向いたままだ、

 あの頃、テレビはもちろん白黒だった。それでも邦画などでは少しずつ、総天然色のカラー作品も制作されるようになっていた。

 ただしカラー作品を作るには、比べ物にならない費用がかかる。そんな事情を当時の人も知っていて、だから智子もそんなことまで考えたのだろう。

 それからダイニングテーブルで夕食を取りながら、智子へ幾つかの質問を試みた。

 ところが何を聞いても、「分からない」「知らない」としか返ってこない。

 ただ唯一、殺された大男について、彼女は不思議なことを稔に告げた。

「でもあの人、とっても変なことを言ったんです。どうしてここにいるんだって、どうやって、ここまで来たんだとか言ってきて……」

 初めて顔を合わせた時に、大男はそんなことを言ってきたらしい。

「まるでね、お化けでも見るような顔して、わたしのことを睨んだんですよ……」

 智子はこんなことを続けて言って、どういうことかは「分からない」んだと笑顔を見せた。

 そうして大方食べ終わった頃だ。

 智子がいきなり姿勢を正し、大真面目な口調で言ってくる。

「今度はわたしから、聞いてもいいですか?」

「ああ、もちろん、どうぞ、どうぞ……」

 そう答えはしたものの、何を聞かれるのかと稔の方はドキドキだった。

「わたしがいなくなって、二十年が経ったんですよね? その間、わたしの両親は……父と母はきっと、随分辛い思いをしたと思います。でも、それでもどうして、どんな事情があって引越しなんてしたんでしょうか?」

 両親について、なんでもいいから教えて欲しい。智子は頭を下げつつそう言って、再び正面を向いた顔には鬼気迫るものさえ感じられた。

 だからと言って、ここで本当のことを伝える意味など絶対ない。

「ごめん、本当にご両親のことは何も知らないんだ。だけどちゃんと調べれば、きっと引っ越し先もわかるはずだよ」

 そんな言葉を返した途端、智子の表情が一気に変わった。

「あの、いいですか? そもそもあなたは、あの男性とどういうお知り合いなんです? 

 わたしを迎えに行くように言われたって言うけど、あの部屋がなんなのかはぜんぜん知らない……だけど、稔ちゃんのことは知っているんですよね? それじゃあ今すぐ、稔ちゃんをここに呼んでください! お願いします!」

 睨み付けるような顔をして、智子は次第に語気を強めた。しかしそう言った後すぐ、暫し辛そうな顔をして、打って変わって力無い声を上げるのだった。

「……だいたい、あなたの名前だって、わたし……聞いてないし……」

 同い年だった頃には、見たこともないような悲しい顔がそこにはあった。

 言ってしまうか? ほんのいっとき、そんな思いが頭を掠める。 

 しかし口を突いて出たのはぜんぜん違った。

「僕は岩倉……岩倉一郎って言います。それで本当に怪しい者じゃないんだ。あの日、偶然あそこを通り掛かってね、まだ息のあったあの男から、ちゃんと直接頼まれたんだ……智子ちゃんを、頼むってさ……」

「でも、じゃあどうして、稔ちゃんを知ってるんですか?」

「僕はね、児玉亭に行ったことがあるんだよ。そこでね、彼と一緒だったあなたを、何度か見かけたことがあったから……」

 嘘とホントを半分ずつくらい、稔は必死になってそう声にした。

 もしも稔なんだと口にしたなら、あの時代に戻った智子が稔に会ってどう感じるか? 

 一瞬にしてそこまで考え、彼は真実を言わずにいようと決めたのだった。

 これだけで、智子が納得したかはわからない。ただそれでも、彼女はほんの一時黙った後に、いきなり稔に向かって聞いてきた。

「テレビ、見てもいいですか?」

 それから智子は、〝欽ちゃんのどこまでやるの〟に大笑いして、今は〝特捜最前線〟という刑事ドラマを食い入るように見つめている。そうしてその間、稔はソファーに腰を下ろし、ここに至るまでの様々な疑問について考え続けた。

 智子によれば、あの大男は急にソワソワし出し、いきなり逃げろと告げたらしい。

 あの身体で彼女を抱き上げ、何かから逃れる為にあの空間に智子を運んだ。

 ――それで未来に、逃がそうとした……のか……?

 それでもどうして二十年後なんかに、する必要があったのか?

 智子を救おうとしたなら、昭和三十九年だってよかったはずだし、さらに言うなら、次の日くらいにしておいてくれれば、智子もこんな経験せずに済んだろう。

 ――大丈夫……あっという間だからね。

 こう告げた後、男の姿は智子の前から消え失せる。

 そもそもあいつは、どうして殺されなくちゃいけなかったか?

 やはり未来人か何かで、ナイフを振りかざしていた写真の方も未来から来た追っ手だろうか? すべてが謎で、断言できるところなどまるでない。それでも……唯一、

 ――きっと遠い未来では、日本人もあんなに背が高いんだ……。

 二人とも二メートル近いってなれば、素直にそうなんだろうと思うことができた。

 稔と言えば残念ながら、いわゆる現代の日本人を代表するような体型だ。最近は腹に肉も付いてきて、まさに中年オヤジに片足以上突っ込んでいる。

 もちろん智子の方だって、二十年前の稔の方が百倍いいに決まってる。それになんと言っても、あの時代の稔も智子が戻ればどんなに喜ぶことだろう。

 ――そうなれば、俺の人生だって違ったものになっているかも……?

 あっちの稔が戻った智子とちゃんとやったら……だが、彼女が過去に戻った途端、三十五歳の智子がこのマンションに現れたりするかもしれない。

 ただ、どうなってしまうにしても、智子を元の時代に送り届けて、本来あったはずの時の流れに戻したい。

 そう思い至って、稔はそこで考えるのをやめた。そして眠そうな目をしている智子へ、そろそろ寝ようと告げたのだった。

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