シェリル・フォン・グランベルの探求。紅眼（ルージュ）の意味。～終焉の謳い手～

紅眼（ルージュ）の意味

　紅眼（ルージュ）とは、エターク王国の王族に見られる特徴だ。

　男性皇族から遺伝する特性らしく、直系であれば女性にも表れる。

　だが、女性王族が子を成した場合、実子は紅眼（ルージュ）となるが、血が薄まる二世代以上になると引き継がれない。

　王家は血を繋ぎ、この紅眼（ルージュ）を守る責務があると言われているが、それが何故なのか、その理由は長い年月の中で忘れ去られてしまった。

　しかし、紅眼（ルージュ）を守るため、男性王族、主に王位を継がない男子の処遇にはルールが定められとおり、今も固く守られている。

（……何故、王家は紅眼（ルージュ）を守られなければいけないのでしょうね）

　シェリルは自身が持って生まれた瞳の色、紅眼（ルージュ）の根源（ルーツ）を慮（おもんばか）った。

　シェリルはグランベル公爵家、王家に連なる家門の次女として産まれた。

　今の当主、つまり父親である公爵は、現国王陛下の弟に当たる。

　公爵家は王位を継がない男性王族が取れる道の一つ。

　当主の座を継ぐ事で、王家に仕える臣となるのだが、シェリルの父はそれを選んだ。

　公爵家の実子との婚姻で入る場合、血が濃くなるのを避けるため二代以上続けて王家の者との婚姻（こんいん）は禁止されている。

　また逆に公爵家の男子が王家に婿入りする場合もあるのだが——。

（一先（ひとま）ず王家のルールについて、今は置いておきましょう。考えるべきは「紅眼（ルージュ）とは何か？」という点です）

　そもそも何故、このような事を考えているのか、というと。

「もう、何なのよ。『王家の紅眼（ルージュ）の意味について考えよう』だなんて、無茶な課題だと思わない？　私達が考えてわかるなら、とっくに解明されてるでしょって話」

　正面に座った少女が、ゆるくウェーブの掛かった桃色の髪を指先でくるくると弄りながら、本来は大きな紅い瞳を細めて分厚い本を睨（にら）みつけた。

　自分と同じ特徴、またよく似た容姿を持つ彼女は双子の姉シャノン。

　二人は王立アカデミーの学生。

　歴史の講義で出された課題に取り組んでいるところだった。

「お姉様が言いたい事もわかります。けれどこの課題は王家公認でアカデミーの慣例（かんれい）となっていますし、適当にお茶を濁（にご）すわけにもいきません」

「そうは言うけど、わからないものはわからないじゃない？　歴史書を見ても、それらしい記述は見つからないし」

「……〝正解を探せ〟という事ではなく〝思考させる〟事が目的でしょうね」

「うーん……？」

　意図をいまいち汲み取れなかったのか、シャノンが首を傾（かし）げている。

　小難しい事を考えるのが苦手なお姉様らしい、とシェリルは思った。

「お姉様は不思議に思いませんか？　王家にだけ受け継がれる、この赤目を」

　エターク王族が持つ紅眼（ルージュ）は、特別な色。

　深みのある真っ赤な紅（べに）色、柘榴石（ガーネット）のように神秘的で美しい真紅（しんく）だ。

　世間一般でも、赤に近い色彩の瞳を見かける事はあるが、紅眼（ルージュ）を持つ者はまずいない。

　エターク王族の血筋だけに見られる色だ。

　この点については、敵対国家であるアディシェス帝国の皇族が持つ〝黄金眼（レジュードール）〟と呼ばれる黄金（こがね）色の瞳も当てはまる。

　双方の国の王族のみに許されたそれぞれの色。

　そこに意味があると勘繰（かんぐ）ってしまうのは、至極自然な事だろう。

「んー、あまり気にした事がないわ。当たり前の事だと思っていたし」

　シャノンは頬杖をつき、本のページをパラパラとめくっている。

　無関心な姉の様子に、シェリルはため息をついた。

「探究心の欠片もありませんね……。でしたら、この話題はどうでしょう？」

「うん？」

　シャノンの紅い瞳がシェリルへ向く。

　シェリルは同じく紅い瞳で見つめ返した。

「——近年増加する魔獣も、紅い目をしていると言う事実です」

　魔獣とは、何らかの要因で以（も）て凶暴化した動物達の総称だ。

　その特徴は、放たれる禍々（まがまが）しい黒いオーラと、赤く染まった目。

　青、緑、黄、白、黒、銀——。

　赤以外にも、この世界は様々な色で溢（あふ）れているというのに、何故〝赤〟なのか。

「不思議には思いませんか？」

「それは……確かに。ちょっと気になるわね」

　つまらなそうにしていたシャノンの興味が、話題へ向く。

　この事実は王家への侮辱（ぶじょく）と取られ兼ねないので大きな声で語る者はいないが、界隈（かいわい）でまことしやかに囁（ささや）かれている事だ。

「どちらの赤目も、要因がわかっていません。故に因果関係も謎に包まれていますが……」

「希少性を考えると、偶然の一致とは思えないって事ね」

「ええ。根源（ルーツ）に共通点があるのではないか、と私（わたくし）も思っています」

　シャノンが手元の本が閉じて姿勢を正し、いつになく真剣な表情を浮かべている。

「お姉様は、世間で最も多い、髪・瞳の色をご存知（ぞんじ）ですか？」

　問えばシャノンは顎（あご）に手を添えて一拍、思案した。

「……銀髪、青目ね」

「そうです。その根源（ルーツ）も勿論、知っていますよね」

「当たり前じゃない。誰もが聞かされる話よ」

　シャノンが腕を組み、馬鹿にするなと言わんばかりにふんぞり返る。

「この世界を創った〝女神様の特徴〟でしょう？　自分に似せて人を創造したと言われているから、その名残（なごり）でこの色を持つ人が多いって言われてるのよね」

「はい。創造神話でも語られてる逸話（いつわ）です」

　女神を信仰する宗教——アルカディア教団の教皇、女神の代理人と謳（うた）われる歴代の教皇も、銀髪・青目の特徴を持っている事が多かった。

「ありふれたお話、当然の事実とも言えますね。でも、深読みすれば〝色〟というのは私（わたくし）達が思っている以上に、意味を秘めているのではないでしょうか」

「何気なく流している事実にこそ、隠された意味がある……か」

　シェリルは頷（うなず）いて肯定を示す。

「今回の課題は『ノブレスオブリージュの精神』を養（やしな）うのに必要な事。〝当たり前を当たり前と受け止めず疑い、考える事を放棄するな〟という教養の一つですよ」

「『貴族たるもの、身分に相応しい振る舞いをしなければならない』……これも持てる者の責務ってわけね」

　シャノンが大きな溜息を吐き出し、再度本のページを開いた。

「ほらシェリル、やるわよ」

　姉は思考する事は苦手な分野であるが、責任感は強い。

　課題の意図を理解して、真面目に取り組む気持ちになったのだろう。

　シェリルは「はい、お姉様」と微笑んで、近くに置いた本へ手を伸ばした。

（……まあ、本当に紅眼（ルージュ）の意味を探しているのもあるでしょうけどね）

　紅眼（ルージュ）、黄金眼（レジュー・ドール）、青眼（シアン）——。

　王国、帝国、教団という、三つの大きな国の頂点が持つ〝色〟。

　そして魔獣の赤目。

　青眼（シアン）の根源（ルーツ）が女神であるように、紅眼（ルージュ）にも必ず根源（ルーツ）が存在するはず。

　それが何であるのか、今はわからなくても。

　根底にあるものが、必ずしも良い結果をもたらすとは限らなくとも。

　思考する事を、探求を止めなければ、いつか答えに辿り着ける日が来る。

　——真相が明らかとなる〝未来〟を思って。

　まずは目の前の課題をこなすため、シェリルは思考の波に意識を沈（しず）めた。