第3話 それはまずいだろう

「そろそろ産まれるな!」

「ええ。男の子かしら、女の子もいいわね」


 とある海に近い町の家で、若い夫婦が子供が産まれるのを心待ちにしていた。裕福でも貧乏でもない普通の家庭で、幸せいっぱいといった感じの夜である。

 体調が安定した妻の手を取って笑顔で話す男は我が子を手に抱くのを心待ちにしていた。


「名前は男でも女でもいけそうなレンなんてどうかな?」

「いいわね! 私は――」


 と、そろそろ名前を決めようと話だす。すると妻が口を開いたところで、部屋が急に昼間のように明るくなった。


「う、眩しい!? ミドリは俺が守る……!」

「な、なに!?」


 不測の事態に男は妻を庇うように立つ。光源は扉の近くで、逃げ道を塞がれた形になる。

 しかし、段々と光が小さくなってくるとそこになにかが立っていることを視認する夫婦。


 そして――


『夜分遅くにすまない。少し頼み事があって来た』

「……!? ま、魔物!?」

「しゃ、しゃべった……! ……けど、ちょっと愛嬌があるわね」

『まずは自己紹介だ。俺の名前はイヴァルリヴァイ。イルカ……はわからんか。一応、神様をやっている』

「「神様!?」」


 王冠を被り、赤い王様マントを羽織ったイヴァルリヴァイが扉の前に立ち、気だるげな声でそういうと、夫婦は大声で驚く。

 だが、イルカの神は気にした風もなく話を続けた。


『トウガとミドリ、で合っているな?』

「え、ええ……俺達の名ですけど……本当に神様なんだ……?」

「それでご用件というのは?」


 妻のミドリが悪意が無さそうだと少し安心した様子で尋ねる。すると、イヴァルリヴァイは小さく頷いた。


『……この後、お前達二人に息子が産まれるのだが、その子は特殊でな。神の加護を受けている。変わったところがあるかもしれないが、それは俺のせいだ』

「男の子なんだ」

「……」


 予期せぬところで性別を知った夫婦が微妙な顔になる。その空気には気づかずに言う。


『その子にプレゼントを渡したい。もちろん二人にも利益がある』

「お、おい、妻に近づくな……!」

「だ、大丈夫よ。……あら、可愛い……!」


 妻のミドリの下へスッと移動したイヴァルリヴァイは胸元に一頭の小さな小さなイルカを置いた。


「これは神様?」

『そこまでの力はないが、この世界だと精霊や竜くらいはあるな』

「ドラゴン並み……!?」

『きゅー』

「うふふ、動いたわ。可愛い!』

『今は小さいが、子が立って歩くころには乗って飛べるくらいになる』

「とんでもないな!?」


 夫のトウガが『そりゃまずいだろ』と口にするが、イヴァルリヴァイはミドリのお腹と小さなイルカを撫でてから返す。


『まあ、なにかあっても子が解決してくれる。そのサポートも兼ねてこのイルカ、フリンクを預ける。お前達の子は剣も魔法も人並み以上になれるようにした』

「凄い……! どうしてそこまでのことを……?」

『縁だな。生まれてくる子はもっと昔……前世、というものがあるがその時の子もこの子なのだ』

「ん? ということはまた同じ家族になった、ってことか……?」

『そうだ。不幸な事故だった。今度こそ天寿をまっとうしてくれ。ちなみに産まれてくる子の善行でここに来た。……愛してやってくれ』

「「……」」

『なんだ、嬉しくないのか? きっと金も稼げる』


 イヴァルリヴァイが首(?)を傾げると、トウガが頭を掻きながら愛想笑いを浮かべた。


「いやあ……金持ちとかより、平穏に暮らせればと……」

『ふむ……欲がないな。あいわかった。このフリンクにそういう能力をつけておこう』

「なにする気ですか!?」


 ミドリが慌ててフリンクを掴んで抱きしめるとイヴァルリヴァイが杖をフリンクに向けてなにやらむにゃむにゃと聞き取れない言葉を呟く。


『これでいい。……む、時間か。すまないがよろしく頼む』

「あ、はい。でもこんな一介の村人に……」

『縁だと言ったろう? それ以上でもそれ以下でもない――』


 そこまで言うと、イヴァルリヴァイは来た時と同じようにスッと姿を消した。明るかった部屋は元の魔道具から出る光のみになる。


「……なんだったんだ? 色々ばらしたり、やばいことを口にしていたが……」

「いいんじゃない? 神様の加護があるなら少し安心だわ。なんだかお魚に似ているこの子も可愛いし」

『きゅー』

「やれやれ……とんでもないことになったなあ――」


◆ ◇ ◆


 ――ということで俺はその後、無事に生まれて異世界に転生したのである。

 記憶はあるが、最初は現地の言葉が理解できず、喋れずにいたのは苦い思い出だ。

 結局、2歳くらいまでは普通の赤ちゃんだった。


『どうしたボーっとして?』

「ああ、いやなんでもない」


 イルカのフリンクにまたがって物思いにふけっていると、その声の渋いイルカに話しかけられた。

 イヴァルリヴァイがフリンクの意向を聞いて俺の傍に置くと決めて両親に預けたと母さんに聞いた。というか前世の話まで暴露するあたりあいつはアホなのだろうか?

 いや、俺がすぐに立ったりしても『転生者でちょっとおかしな子』と先に話されていたので、両親的には違和感は無かったらしいが……


 ちなみにこの世界にイルカという生き物はいないらしいので、とても珍しい個体になる。空飛ぶし。

 精霊とかに近いらしいから外の人間に知られると面倒なのだが、解決策はある。

 

『森に入るぞ』

「オッケーだ。まあ俺がやることは無いと思うけど」

『油断はするなよ?』


 ま、とりあえずガキどもを救出しにいきますかね。

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