第5話 端魔里之街

 端魔里之街に近づくと,アイシャはわぁっと驚いた声を上げた。端魔里之街は魔国マラバ聖王国リーキンダムの国境付近にある街なだけあって,魔物や魔族に襲われても対処できるように街全体が数十メートルはあろうかという巨大な石造りの塀に囲まれている。塀の前には深い堀も設けられており,東西南北にはそれぞれいくつもの関所が設けられていた。関所には検閲をするための兵士たちが常時数十人は勤務しており,その物々しい雰囲気は,近くで見るとより一層見た者に威圧感を与える。


(俺も最初見た時はちょっと怖かったもんな。)


そう思って一人頷きながら隣を見ると,アイシャは怖いというよりも嬉しそうな,感動したような表情をしていた。その物怖じしない様子に敗北したような少しの悔しさを感じた。慌てて緋倭斗は大人げないとかぶりを振って前を見据える。


 関所に近づくと,一人の男が声をかけてきた。


「おう,緋倭斗ヒィト。お疲れさん。また慈愛の森の調査かい。」


そう言って男は立派なあごひげを手でいじりながらニカリと笑った。緋倭斗も負けじとニカッと笑って言った。


我良久ガラクもお勤めご苦労様。ああ,そうなんだ。また慈愛の森の調査だ。ついこの前,池の水が変だって言って調査したばかりだっていうのに,今度は魔物が出たって言うんだ。まあ杞憂だったかもしれないけどな。」


そう言ってちらりと左隣に目配せすると,いつの間にかアイシャは緋倭斗の背中に隠れていた。服の背側がぎゅっと握り締められるのを感じる。初対面の人に緊張しているようだった。


 我良久は緋倭斗の視線を追ってアイシャを目にとめると,ほんの一瞬,驚いたように瞬いた。だがその驚いた表情はすぐに消し,今度はあからさまに呆れた顔をした。ついでとばかりに大げさにため息もついた。


「毎回毎回飽きないなぁ。いつも何かしら拾って帰ってくるじゃねぇか。竜の子の次は獣人族ラファン・ラセの子かい。」


その言葉に少しムッとする。


(毎回というほどじゃない,2回に1回ぐらいだ。)


そう抗議しかけたのを,すんでのところでぐっとこらえた。アイシャが背後でびくりと怯えたのを感じたのだ。そのアイシャの怯えに,緋倭斗はふっと腹が立った。悪気はなかったのだろうが,初めて街に来た子供に対して配慮に欠ける言葉だった。

 スッと目を細めて抗議するように我良久をにらみ,誘導するようにアイシャに視線をやると,我良久はバツが悪そうな顔をした。眉尻を下げたその顔は,言外にやっちまったなぁと言っていた。さらに追い打ちをかけるように再び我良久をにらみつけると,やつは更に困った顔をして,屈みながらアイシャと目線を合わせて言った。


「悪かったな嬢ちゃん。嬢ちゃんを責めるつもりはなかったんだ。ただこいつがあんまりにもいろいろ拾ってくるもんだからびっくりしちまってな。この前は虎の子,その前はうり坊だったんだぜ。次は魔物の子でも拾ってくるんじゃないかとひやひやしてたんだ。」


そう言って緋倭斗を指さし,アイシャの頭をポンポンと叩いた。

アイシャははじめ,少しだけ怯えた表情をしていたが,何を言うでもなくじっと言葉に耳を傾けていた。


「だけど嬢ちゃんがこの街に来てくれるのは大歓迎だ。最近は若いやつがみんな王都に行っちまってな。活気が減って少しばかりさみしかったとこだ。」


そう言ってニカッと笑う。すると,つられるようにアイシャもふわりとほほ笑みを浮かべた。その様子に気をよくしたのか,嬢ちゃんいい笑顔だなぁ,笑った方が可愛いぜなどと言っている。アイシャの表情が緩んだことにほっと胸をなでおろしつつも,そろそろ街に入らねばと気が付いた。後ろで順番待ちができ始めている。


「我良久,とりあえず検閲をお願いしてもいいか」


そう言うと,我良久は立ち上がって関所内部に案内し始めた。


 道中も我良久はひたすら最近の街の近況をしゃべり続けた。最近闇市の奴隷商人が街中で見つかってな,大きな捕り物騒動があったんだという話から,近所のばあさんがぎっくり腰をやってしまったという他愛ない話まで様々だった。最初は真剣に話を聞いていた緋倭斗だったが,途中から話半分に聞き流していると,あっという間に関門にたどり着いた。


 関門と呼ばれるその門は,一見見ただけでは石造りの質素な門にしか見えない。しかし,よく見ればいたるところに魔法陣が刻み込まれており,違法薬物や規制対象の物品を申告なく持ち込めないような仕組みになっていた。


「さあ,ここが関門だ。といっても魔法が発動することはほとんどないから普通の門だと思ってくぐれば大丈夫だ。」


我良久はそう言うと,先ほどまでと変わらない歩調で門をくぐり,こちらを手招きした。アイシャは少し動揺したように緋倭斗の服の裾を掴んだが,何も言わずに緋倭斗の後を歩き出した。そして何事もなく門を通過すると,目に見えて胸をなでおろした。


(大丈夫と言われても最初は緊張するよな。)


緋倭斗も今でこそ慣れたものだが,最初に通過するときは万が一ブザーが鳴らないかとひやひやしたものだった。アイシャの初々しい反応に少しの懐かしさを感じる。


 そしてまたしばらく歩いていると,突然まぶしい日の光が差し込み視界が開けた。思わず目を細めひたいに手を当てる。せばまった視界の真ん中で,我良久が振り向きながら満面の笑みになるのが見えた。


「ようこそ,端魔里之街はじまりのまちへ」

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