俺が久しぶりに冒険者ギルドの依頼を受注する件

「受注可能ランクは高くなく、今現在、塩漬けになっている依頼を教えてくれないか?」

俺は先刻入手した『冒険者ギルドカード(Cランク)』を机の上に出し、依頼窓口の受付嬢に訊いた。


俺とユグドラ、マリア、ファーナの3人は冒険者ギルドマスターの執務室を後にして、冒険者ギルドのメインフロアに戻った。俺達が後にしてきた冒険者ギルドマスターの執務室は今はまだ混乱しているだろうが、俺には関係ないな。


(明日辺り面倒なことになりそうね。まさか、冒険者ギルドカードの緊急時の救命に役立つ各種機能についても賢あいつ等によって伝わらない様にされていたなんて……)


俺が今となっては遥か昔になる冒険者時代に、冒険者ギルド本部・・の依頼で開発した『冒険者ギルドカード』は元々、依頼主の後押しで冒険に役立つ便利機能を多数満載している魔導具だ。


緊急時のSOSコール機能や前世のMMORPGで、便利だった機能の再現に成功し、【フレンドリスト】や【ウィスパー】機能、パーティーを組むことで使えるようになる便利な【共有アイテムボックス】等がある。


特に、ダンジョン攻略中かつ一日一回限定だが、帰還ポイントを登録することで、『冒険者ギルドカード』の持ち主の命が危険な残りHP10%以下(5%から20%まで設定変更可)になると強制転移させる【緊急退避】機能も備えている。


1回限定でも、受動パッシブスキル【即死回避】をなんとか付けたかったが、他の全機能と引き換えにしても容量と量産する依頼主の出せる予算の都合で付けられなかったので諦めた。


役立つ便利機能が、今も広く知られていれば、助かっていた冒険者がいたかもしれない。しかし、生憎と、ここの冒険者ギルドマスターやベテランといわれているジョージ、ファーナ達がそれについて知らなかったことから、俺が里に引き篭もる前に添付・配布した『冒険者ギルドカード』の取り扱い説明書は散逸するか、自称賢者達によって処分されたと思われる。


今後のことを考えて、俺は冒険者ギルドマスターの執務室で、冒険者ギルドマスターとジョージを【フレンドリスト】への登録を実演して、2人に【ウィスパー】機能を使ったメッセージ送信、【共有アイテムボックス】の使い方、【緊急退避】の帰還ポイントの設定方法も実演し、教えた。

そして、『アイテムボックス』の肥しになっていた取り扱い説明書をギルドマスターに5冊渡して、マリア達を連れて執務室を後にした。


帝都に行った後で知ることになるのだが、どうやら、自称賢者達が自分の部下となった冒険者達にしか便利機能の情報がいかない様に根回しをしていた様だ。


この調子だと冒険者ギルドの中枢も奴等に牛耳られているのかもしれない。

まぁ、そうなっていたら、潰して、首を挿げ替えるだけだな。


「「「っ!⁉」」」

(……ジェイド、殺気が漏れているわよ)


おっと。マリアとファーナ、頼んだ調べものをしてくれている受付嬢がビクッと反応したな。失敗した。


「ええっと、こちらの依頼がお問い合わせのあった、長期間・・・未完了・・・となっている依頼です」

そう言って、受付嬢はおどおどした様子で依頼票をファイルから数枚取り出してきた。


渡された依頼票を一読する。主に清掃系の依頼が長期間塩漬未完了となっているのだが、

「下水処理場の機能確認と清掃?」

俺は気になる依頼ものを見つけた。


領都という人が沢山集中する場所で出る下水というものが、馬鹿にならない量になることは想像に難くない。下水処理場に機能不全が起これば、処理が滞った下水が疫病の原因になる恐れがある。


そのため、「下水処理場の機能確認と清掃」は長期間未完了になるのは避けるべき依頼だ。もちろん、この依頼の依頼主は、領主である現カーン辺境伯、俺の後ろ盾であるテオドール・カーン様だ。


「なんで、この依頼が長期間未完了で、ここが空欄なんだ?」

そう、この『下水処理場の機能確認と清掃』の依頼票の期限の欄はなぜ・・空欄になっている。


期限を設けない場合は、無期限と記入することが記入台に備え付けられている依頼票の記入方法を書いた見本に丁寧に赤字・・注意書きされている。


「あれ? おかしいですね? 確認しま……「いや、俺達がこれを受けるから、君は確認しなくていい」あの、そういう訳には……」

俺が途中で言葉を遮ったのもあってか、受付嬢は眉根を寄せ、不満そうに反論してきた。


「話は変わるが、これまでこの依頼を受けた冒険者はどうなっている? 全員無事に帰還しているか?」

「……帰還24名、未帰還12名です」

強引に話題を逸らした俺と受付嬢のやりとりを横で聞いていた2人と1匹(正しくは3人)の表情が固くなった。


通常、未帰還者が2桁超えている場合は、ギルド側が信頼と実力に申し分ない上位冒険者パーティーを派遣して対応する。だから、未だに長期間未完了という状態で2桁超えの犠牲を出している依頼が残っているのは明らかにおかしい。


余談だが、俺達がいる受付ブースは盗み聞き対策として音が外に漏れない様になっている。加えて、【盗聴】されていないのは確認済みだ。


「俺達が問題のこの下水処理場を見てきて、異常なく、依頼完了できれば問題ないだろう。君がこのことを周囲に確認する動きをすると、君の命が危なくなるかもしれないから、通常の手続き作業だけをしてくれればいい。この依頼の異常に関しては、俺からギルドマスターには報告しておく」

俺がそう告げると受付嬢の表情は真っ青になった。


「え? なぜそうなるのですか?」

受付嬢とは対照的に事態が呑み込めていないマリアは頭を捻って訊いてきた。


「もしかしたら、この依頼が長期間塩漬未完了になっているのはアーク侯爵家の仕業かもしれないからだ。

領主の依頼を未完了にして放置し続けるのは通常はありえないことだ。この類の依頼を無期限に設定することは余程の問題が依頼人にあるか、人的なミス、所謂ヒューマンエラー以外は本来・・、ありえない。ここの職員達の仕事ぶりを見る限りその線は限りなく低い。

この依頼の発注日は半年以上前となっていて、直近で最後の受注日は……2か月前位。この冒険者は無事に戻ってきたのか?」

俺は一応、声を潜めて受付嬢に私見を伝え、俺達の前にこの依頼を担当した冒険者の安否を尋ねた。


「はい、下水のあまりの悪臭に耐え切れずに途中で引き返してきたそうです。

その下水の悪臭が服にも染み付いてしまって、あのときは大変でした」

受付嬢は運悪くその状態の前任冒険者の対応することになったのだろう。

当時のことを思い出したのか、受付嬢の両目と表情は死んで、彼女はそう応えた。


「ギルド職員の中にアーク侯爵家のスパイがいるかもしれないから、この依頼について、君が動いて同僚や周囲に確認したりしない方がいい。最悪、人知れず消されかねない案件だ」

「そこまですることなのですか⁉」

受付嬢は訝しんで、声を潜めて俺に疑いの眼を向けてきた。

「アーク侯爵家の悪辣な所業を考えれば、それ位のことをやってきてもおかしくない。それに、目立ちはしないけれども、下水処理施設の機能不全は疫病の原因になり得るし、なにより、染み付くレベルのきつい悪臭がする場所に君達は住み続けたいと思うか?」

この先起こり得る最悪な未来を伝えた俺の問いかけに3人の女性は一斉に首を横に振って俺に応えた。


「それと、この依頼の対象ランクがF、Eとなっているけど、この依頼はギルドの職員が現場の再確認をして対象ランクを再設定したのか?」

「え?え?」

「既に2桁の死人が出ているみたいだから、まず間違いなく、魔物がいると想定されるのだが……もしかしたら、ランクFやEでは手に余る強さの魔物が発生しているかもしれない。とりあえず、俺達が確認して、大丈夫であれば、ここに書いてある様に掃除をしてくる」


俺は【浄化ピュリファイ】の他にも独自オリジ魔術ナルで【消臭デオドラント】と【滅菌ステラリゼイション】といった衛生関連の【生活魔術】を開発して安全確認・実用化済みだ。


【消臭】の方はネリトの部下が使っていた様に広く普及し、浸透している。その一方で、【滅菌】は細菌という存在がいまいち理解されなかった様で今ではほとんど使われていないみたいだ。


また、マリアの経験という面でも、この依頼はプラスになるだろう。だが、問答無用で道連れとなるファーナの顔色は芳しくないが、ご愁傷様だ。


一応、カマをかけてみたが、この受付嬢の反応は完全に普通・・の反応だったから、シロ判定。そして、おそらく、テオドールとクローディア達にはこの「下水処理場の機能確認と清掃」の依頼がまだ未完了であるということは伝達される途中のどこかで情報が握り潰されているか、完了済みであるという誤報が届いてしまっている可能性が高い。なぜなら、まだ付き合いは短いが、あの2人の性格上、この事態を放置するのはありえないからだ。


俺はあらゆる可能性を【並列思考】で想定しながら、冒険者ギルドマスターに『冒険者ギルドカード』の【ウィスパー】機能で、この件について報告し、受付嬢から下水処理場への道順をなど確認した。


この世界には『転移門』といった便利な移動用魔導具が実用化している。

いや、いまとなってはしていたと言うべきか。それなりに希少な素材を使用して製作するため、高価な物ではあるが、今回の依頼現場の様な場所、少なくともその近場には設置されてしかるべき魔導具だが、残念ながら設置されていないというのが、冒険者ギルドの受付嬢の回答だった。


それ故に、現場である下水処理場へ向かうために俺達は冒険者ギルドの最寄りのマンホールから地下の下水道(の脇道)を使って向かうことになった。


俺が赤竜の里に墓守ライフのために引き篭もる前、下水処理場のメンテナンスに関しては、簡単、安全完備で駆け出しの冒険者でも安心して請け負える様にしていた・・。 


今回は依頼で、しかも、未解決塩漬けになっていた事態は、想定していた嬉しくない予想の1つが的中したことになった。


「ジェイドさん、マリア様に、その、……下水処理場関連の冒険者依頼をさせるのは……」

お目付役として、テオドール達から同行を命じられたファーナが無理とは分かってはいるのか、控えめに俺に反論してくる。


ファーナの気持ちはわからないでもない。問題の起こっていると思われる下水処理場は当然、衛生環境としては最悪で、強烈な悪臭が漂い、見るに耐えない汚物が溢れているのは容易に想像できる。生活に関わる緊急性がない限り、依頼でも自分から近づきたいとは決して思わない場所だ。


しかし、マリアは領主であるテオドールの後を継ぐことを望んでいるのだから、こういう依頼とそういう場所も実際にあるということを知っておいた方が良い。いや、次期領主となるのならば知っておかなければいけないことだろう。


「にゃあ」

(その点なら大丈夫だと思うわよ。こと衛生面に関して、ジェイドこの人の綺麗好きは下手な貴族よりも徹底しているから、まず病気になったりすることはないわ。もっとも、最初は下水処理場がどういう場所かを身を以て、体験させるつもりでしょうけどね)

旧知以上の仲だけに、ユグドラは俺の方針等を熟知しているから、やりづらい。ネタバラシは勘弁だ。


俺はネタバラシをしたユグドラにジト目を向けるが、彼女は素知らぬ顔で定位置として定着してきたマリアの頭の上で、タレ猫状態に戻った。


ちなみに、ファーナにも『スキルオーブ』を使って、【念話】を取得させているので、ユグドラとの会話は可能だ。不測の事態が起こって、俺がマリア達の傍を離れなければいけないときなどに備えて、領城を発つ前にファーナにも【念話】のスキルオーブを渡した。


「だ、大丈夫です。どんな場所でも、わたしはお父様の後を継いで次期辺境伯になるのです。なら、領内にある設備についても知っておかなければなりません!」

下水処理場がどういう場所か、前知識があって、想像はできているのか、マリアは若干腰が引けているが、それはご愛嬌だろう。速くはないが、遅くもないペースでもって、俺達は順調に下水道に近づいていった。


◆◆◆


「ミャアアアアアアアア⁉」

パーティーメンバーの中で、最初に劇的な反応を示したのは黒子猫魔導義骸のユグドラだった。


タレ猫状態でくっついていたマリアの頭上から、突然、断末魔と誤解するレベルの壮絶な悲鳴をあげて、地面へと転げ落ちていき、着地こそ猫らしく足から綺麗に決めたものの、すぐにその場で転がり続けながら、前脚で鼻を押さえながら悶え苦しみ出した。


魔導義骸とはいえ、いや、魔導義骸だからこそというべきか、五感を含めたその身体能力は本物の猫に可能な限り近づけているから、このユグドラの惨状もさもありなん。


人の一億倍と言われている犬の嗅覚にこそ及ばないが、人の数万から、数十万倍と言われる猫の嗅覚が、俺達が感知するよりも遥かに早く、下水の強烈で凶悪な悪臭を拾ってしまったらしい。


「ど、どうしたらいいの⁉」

「わかりません。彼女はどうして? 苦しんでいるのでしょう⁉」

俺の様に猫に関する豆知識がないため、苦しみ続けるユグドラの惨状に、マリアとファーナの二人はユグドラの身に何が起こっているのか分からず、困惑し、解決手段を持ち合わせていないようだ。


「【消臭デオドラント】」

仕方ないので、俺は即座に独自オリジ魔術ナルの衛生系【生活魔術】である【消臭】をユグドラにかけて、彼女を悪臭地獄から解放してあげた。


「……」

(ジェイド、あなた、こうなるってことが分かっていたのに、なんであらかじめ私に【消臭】をかけてくれなかったの?)

助けてあげたのに責められるとはなんたる理不尽か。だが、

「ユグドラには【消臭】はずいぶん前だけど、教えているし、君のことだから、折を見て、もう自分に【消臭】を施していると思っていたからだよ。

それに自分で義骸の嗅覚の設定を変更して、嗅覚をヒトに近づけることで回避できたはずだが?」

フイッ

俺がそう応えた直後、ユグドラはすぐに視線を逸らして、定位置となっているマリアのフードを被った頭の上でタレ猫状態に戻った。


ユグドラになにが起こったのかを狼狽えていた2人に説明するとともに、俺達は再び歩みを進めることにした。


「んん⁉」

そして、予想していた問題が発生した。これはマリアの教育が絡まなければ事前に完全回避している事態だ。ちなみに、今の人間態の俺の嗅覚は、ヒト並にしてあり、敢えて自分とマリア、ファーナには【消臭】はまだ・・かけてはいない。


「「ッっ‼‼」」

案の定、マリアとファーナの二人は全速力でこの場から後退していった。

無理もない。俺はマリア達の後を追い、一旦、その場を離れた。


大昔になるが、俺が冒険者時代のトイレ事情は汲み取り式が一般だった。

前世の水洗の記憶が強く残っていた俺は使用時に漂うそのきつい臭いに耐え切れずにまず、【生活魔術】にあった【消臭】を習得した。


しかし、これは発動しても確実に消臭するものではなく、低確率で成功すると臭い弱めるという欠陥魔術だったため、術式を新たに構築した独自魔術の【消臭】を開発して悪臭対策をしたのだが、それだけでもまだこの臭いの問題を解決する不十分だった。


当然だ。臭いは消せてもその根本的な原因・・がなくなった訳ではないからだ。だから、その次に、魔術だけでなく、自宅用の水洗式トイレと下水処理施設、出先でも使える携帯版の魔導具等を俺は冒険者家業の傍らで開発していったのは必然だった。


試行錯誤の成果で、水洗装置は魔力含有量が少なく、売り物にならない魔石を使えるようにしたコスパのいい自作魔導具が完成した。


当時は有力貴族や大商人、王族との繋がりがあったので、彼等がお忍び等で自宅に来ることも少なくなく、当然、俺が使っているトイレが、彼等が使っている物とは全く違うことも、珍しい水洗式であることもすぐに気づかれた。そして、奴等は連盟で指名依頼を出してきて、俺は王都の地下に、下水処理施設と下水道を造る羽目になった苦い思い出がある。


「にゃあ」

(思い出に浸っていないで、あの二人を助けてあげなさいよ)


ユグドラがいつの間にかマリアの頭から降りて、俺の足下までやってきて、俺の脚にテシテシと猫パンチを繰り返しながら、呆れた様子でそう言ってきた。


「そうだな。やっぱり覚悟はあっても、下水処理場の洗礼は初見では無理だったか。まぁ、このレベルの強烈な悪臭だったら初見は無理もないか」

ユグドラの声に応えて、俺は年頃の乙女が他人ひとに絶対に見せられない醜態を晒して悶えている2人にも【消臭】をかけて悪臭を撃退した。


続いて、【浄化ピュリファイ】、【滅菌ステラリゼイション】のコンボで周辺一帯を浄化した。これで周辺一帯にある悪臭の発生源となっている汚物も浄化され、先ず・・この・・大丈夫だ。

俺の魔術の効果範囲内で汚濁していた汚水は、施術後、水底が見える程、澄んだ水に変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る