第20話  翡翠竜は用意した昼食を振舞い、冒険者ギルドマスターと辺境伯達の話し合いに加わる

テオドールが結界内から退場して、先に調子を崩したのはクローディアだった。大剣に焦りが目に見えて出始めたので、クローディアに対峙させていたゴーレムにかけていた無属性上級魔術【|模倣《《トレース》】を解除して、それまで積ませた経験でクローディアへ応戦させた。


「あっ!」


大剣を受け流されて、大きな隙ができたクローディアは全身のバネを使った跳躍から唐竹割りを繰り出す大剣武技【獣王斬】のカウンターを受けて、彼女はテオドールの後を追った。


「無念。ジェイド殿、再戦をお願いします」


【模倣】を付与されたゴーレムと互角の戦い、いや、驚くことに僅かだが優勢になり始めていたオーランドも2対1の数の暴力には敵わず、再戦を希望して結界から消えた。


『次は負けないぜ』


『次に勝つのは私です!』


魔導具の効果で、消える間際の嬉しそうな赤髪の親友と冒険者仲間だったときのルシアとの記憶が唐突に俺の頭を過った。


「はぁ、やれやれだな」


ガチ練仕様の結界の中に独り残った俺は大きなため息を吐いた。


※※※


対アーク侯爵家のために行った戦闘訓練を終えると、時間は準備時間も含めて、腕丁度いい昼時になった。


「わあ、スパゲッティミートソース♪」


用意された皿の上に盛られた料理を見て、マリアが喜色満面で喜びの声をあげた。


若干、幼児退行した様に見えなくもないが、この食事が終われば年相応に戻るだろう。彼女の目の前の大皿にたっぷりのパスタとそれを覆うミートソースと粗挽き胡椒、彩りのパセリが乗っている。おや?


俺は思わず瞼を手で擦った。見間違いかと思ったが、前回俺がマリアに食べさせた時よりもスパゲティの量が多くなっていた。マリアの横に並ぶ、テオドール、クローディアの皿もマリアと同じ量。いや、並ぶ順に量が多くなっているだと!?


「では、食べようか」


テオドールが料理に手をつけてその場にいる全員が食べ始める。

今回はゲストの冒険者ギルドのギルドマスターとその補佐役の女性職員も同席している。


後でミシェラとファーナから聞いたが、平民が大半の冒険者に合わせたかなり略式にした作法らしい。


当のゲストである冒険者ギルドマスターとその補佐役の様子には既視感のある、口の周りをミートソースの赤で真っ赤に染め、鬼気迫る表情で、2人共、一心不乱に食べていた。


彼等とは対称的にクローディアは器用にパスタをスプーンの上に巻き上げて、優雅に食べている。食べているのだが、まるで清流が流れる様な、全く澱みのない洗練された動作が何度も繰り返され、俺が【アイテムボックス】から出して味変に使っていたタバスコをいつの間にか試し、粉チーズも味見をした後に、適量を自身のパスタの上に追加するなどして、堪能し、どこに入るのかを疑うレベルで特大盛だったクローディアのスパゲティの大皿はいつの間にか空になっていた。


また、テオドールはというと、両目を閉じて味を噛みしめて完食。俺も含めて、その他の面々も満足して昼食は終わった。



※※※


場所を食堂から会議室に移し、まず、補佐役の眼鏡の(重要)女性職員から、冒険者ギルドのランクの説明を受け、ギルドマスターから、俺の冒険者ランクの判定を聞くことになった。


端的に冒険者ギルドのランクの説明をすると、冒険者ギルドのランクは登録初日に登録手続きが終わった時点で、Fランクになる。次に、依頼を1つクリアした時点で、Eランクに上がる。その後、規定回数以上の依頼達成とギルドの監督職員の同伴で課題依頼を複数回達成し、Dランクに昇格する。冒険者の人口が最も多いのがこのDランクで、更に規定数以上の依頼達成と貴族の指名依頼、ギルドマスター1人の推薦でCランクに今はなれるそうだ。


「クローディア様とテオドール様のお2人を相手に終始余裕のある立ち回りで、お2人に傷1つ付けずに無力化した点から、ジェイドが戦闘能力に関しては、既存最上位であるAランクを超えているのは確実だ。確実なのだが、Aランクになるには3人、その前ランクであるBランクになるには2人のギルドマスターの認可が必要だ。Cランクなら俺の裁量で出せる」


如何にもといった典型的な厳つい顔立ちのカーン辺境伯領の冒険者ギルドマスターは子供が大泣きしそうな獰猛な笑みを浮かべてそう言い放った。


「ちなみに、Cランクからシヴァ帝国では帝国貴族の男爵位相当の扱いになります。あまり使う人はいませんが、主要な街の貴族門の使用や帝国内の関所を通常よりも簡易な手続きで早く通過できます。指名依頼が入るのは子爵位相当の扱いがされるBランクからですが、そういった貴族との付き合いが苦手で、実力はもっと上なのにCランクでランクを上げるのを止める方もいます」


そう続けた補佐役の冒険者ギルドの女性職員の自身の上司である冒険者ギルドマスターを見る目はジト目になっていたが、ギルドマスターは一切気にしていない様子だ。


「より本格的な中央貴族との付き合いをするつもりはないので、Cランクの登録でお願いします」


以前の冒険者生活の時はあまり深く考えないでルベウス達とBランクになったため、欲に塗れた貴族の指名依頼が殺到したばかりか、いろいろと不愉快な思いもした。その後、Sランクまで上り詰めて無茶な要求をしてきた指名依頼人の悪事を暴露したのはいい思い出だ。今はもう、Bランク以上のランクになるのは実害しか考えられないから俺は御免だ。自由なCランクのままがいい。


「ああ、わかった。Cランクのギルドカードの発行には1日かかるから明日、ギルドに受け取りにきてくれ。細かい話はその時にまたする。それで、他にも俺等に話があるのだろう? ジェイドの冒険者ギルド登録だけだったら、辺境伯様がわざわざ俺を呼び出すことなんて普通しないからな」


笑みから一転、ギルドマスターは探る様な鋭い視線をテオドールに向けた。


「ああ、近いうちにアーク侯爵家と戦うことになると思うから、冒険者達に大森林の防備をこれまで以上に頼みたい」


「は?」


ギルドマスターはテオドールの返答が予想外だったのか、聞いて固まった。


「おいおい、本気か? いや、本気ですか……ああ、本気なんですな。わかった。わかりましたよ。大森林の方は受けもとう、受け持ちます」


激しく動揺したギルドマスターの言葉遣いが激しく乱れている。


「ここは公式の場ではないから、無理に敬語は使わなくていい。ああ、……まず間違いなく、アーク侯爵家は『魔物大氾濫スタンピード』を使って我が領に侵攻してくるだろうから地元の冒険者達と連携して警戒と連携は密にしたい」


テオドールはギルドマスターに真っ直ぐな視線を向けた。


「……了解した。だが、『魔物大氾濫』を人為的に引き起こすのは冒険者界隈でも御法度。帝国法でも大罪だぞ?」


テオドールの要請に答えたものの、ギルドマスターはまだ半信半疑の様子だった。


「引き起こしたことがバレなければ問題ない……と奴等は考えている」


「……おい、本気で言っているのか?」


俺の言葉にギルドマスターは怪訝そうな疑いの眼を向けてきた。


「クローディア様に精神操作系魔術を掛けて好き勝手しようとしていた輩に良識は期待できない」


俺は前以て、テオドール達と話合って決めていた手札を口にした。


「「精神操作系魔術?」」


冒険者ギルド職員2人が異口同音の言葉をつぶやいて、揃って頭を捻った。


話し合いの結果、【認識改変】の存在はあまり広まらない方がいいという結論にカーン辺境伯家首脳陣は至り、クローディアにかけられたのは一先ず、精神操作系魔術ということで、情報操作をすることになった。もっとも、アーク侯爵家との今回の件が落ち着いたら、ここにいる冒険者ギルドの重要人物2人にもきちんと詳細を話すことは決まっている。


「ジェイド殿が言ったことは本当だ。ネリト・アークは治療と偽り、クローディアの精神を蝕んでいたのは事実だ。証拠品の呪具もある」


テオドールは重々しく、苦虫をかみ潰した様な表情でそう告げて証拠品の魔導具を机上に出した。


「残念ながら、事実です。ジェイド殿との出会いという幸運がなければ、私はネリト・アークの虜になっていたでしょう」


被害者であるクローディアも憂い顔を見せた。


「……はぁ、それで俺達冒険者ギルドに、ん? おい、まさか……」


2人の様子から、ため息を吐いたギルドマスターはしばらくして、テオドールの意図に気が付き、焦りを隠せなかった。


「当辺境伯領に滞在しているアーク侯爵領の冒険者ギルド所属の冒険者達の行動に注意しておいてもらいたい。アーク侯爵家の尖兵として依頼を受け、カーン辺境伯領の治安を乱すかもしれない。当領の冒険者であっても連中と同調するなら、当家は容赦するつもりは一切ないことも周知しておいてほしい」


テオドールは低い声と冷たい眼差しでそう告げた。


「ゴクッ、わかった。それで、話を『魔物大氾濫』に戻すが、連中はどうやって引き起こすつもりだ? 引き金になりそうな大森林の魔物達はウチもそうだが、辺境伯家の方でも間引いているのだろう?」


気圧されて息をのんだ冒険者ギルドマスターの言葉に同意する様に、彼の補佐役の女性職員はその横で頷いている。


「俺の知識の中で、今のカーン辺境伯領で実施できる『魔物大氾濫』を起こす方法は少なくとも3つある。他に俺の知らない方法があるかもしれないが、その3つの中で1番可能性が高そうな方法について、明後日以降に俺がアーク侯爵領へ直接行って確認してくる」


俺の予想が当たっていた場合、事態はこの上なく面倒なことになる。それと共にことの元凶となるアーク侯爵家にはこの世界から完全に消えてもらうのが俺の中で確定する。


「なるほど、それでCランクの冒険者ギルドカードか。わかった。どんなに急いでもギルドカードを渡せるのは最短で明日の昼頃位になるだろうから、それぐらいに取りに来てくれ。アーク侯爵領から来ている連中のこともおかしな動きがわかったら連絡する。それから、またこういった話し合いの場を定期的に作ってくれると助かる。ああ、悪いが、俺達はこの後やることが山積みだから、今日はここ等で失礼させてもらうぞ。じゃあな」


そう告げると、冒険者ギルドマスターと補佐役の女性職員は席を立って、部屋を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る