3 領主様に会おう

 ナレリーナの門番の衛兵に身分証を確認された。

 ちょっと怪しまれたものの、前領主発行のサインによりなんとか許可が出た。


「あ、そうだった。ベルード村との分岐路あるでしょ」

「はい、なんでしょう」

「あそこの看板が腐ってたから、新しいのに付け替えてほしいんだけど」

「それは大変だ。わかりました。しかるべき部署に伝えておきます」

「頼んだよ」

「はい」


 俺はバッグをごそごそするフリをして、蜂蜜飴を取り出す。


「ちゃんと伝えておいてくれ。はい、これはお駄賃」

「お駄賃……お、蜂蜜飴ですか。珍しいですね。ありがとうございます」


 現金なものだ。お金は賄賂、買収になってしまうから、こういう場所で出すのは、気が引けるものがあるけど、飴くらいなら大丈夫。


「んじゃそういうことで」

「ようこそ、ナレリーナ町へ。どうぞお通りください」


 敬礼をして通してくれた。


 門番の雰囲気がいい町は、町そのものも当たりであることが多い。


 門の中は、以前にも増して賑わっていた。


「安いよ安いよ」

「ポーションどうだい。おつとめ品があるよ。使用期限が短いけど、そのぶん安いよ」

「野菜、どうだい、野菜」


 なかなか威勢がいい。

 ぶらぶら見て回るものの、特に欲しいものはない。

 なるほど、繁盛している町という感じがする。怒涛どとうの好景気だった。


 これも元を辿ると、俺の所為せいだと思うと、なんだか感慨深い。


 とぼとぼ歩きながら、領主館を目指す。


 周りを見つつ、過去に思いを馳せる。


 80年前。当時15歳。

 ベルード村の村長の家では細々と定期的に乾燥薬草をナレリーナ町に年間を通して卸していた。

 それはナレリーナ町で消費するポーションの原料になっていた。

 その時点では一地方のただの生活用品の範囲内での少ない商売にすぎなかったのだ。

 薬草栽培はうちくらいで、村での主力は麦だった。


 しかし多くの村で現金化する麦などに比べれば、ずいぶんと乾燥薬草はその値段単価が高かったのだ。

 そこに俺は目を付けた。

 村の家々は自家消費の麦と野菜ばかり育てていたのを、どの家でも一割程度の面積は薬草栽培を推奨して、村での薬草の出荷量を増やすように仕向けた。


『乾燥薬草でお金が貰えて、今日は飴ちゃんが買えたぜ』


 などと言って、蜂蜜飴を出入りの商人からまとめて買って、村の子供たちに配って歩いた。

 すぐにはそんなものの効果は出ず、ずっと麦ばかりを村人は育てていた。

 しかし人は代替わりをするのだ。その子供たちが、15年もすれば次の世代になる。

 薬草による現金で蜂蜜飴を買えると知っている人たちは、麦も大切だが、一割の畑を乾燥薬草用に転作するのを、受け入れた。

 こうして村全体で、それなりの量の乾燥薬草を販売できるようになり、さらに単価が高い分、村の家々も裕福になった。


 俺は出入りの商人が来るたびに、このことを吹聴して回った。


『周辺の村々に、乾燥薬草の話をどんどんしていいですよ。みんなで裕福になりましょう』


 村の次は、周辺の村のほとんどが、薬草栽培をするようになった。

 もちろん、話には『決して自分たちが食べる分の麦栽培もおろそかにしてはいけない』と注意事項も添えた。


 田舎では流通が少ないので、いくら薬草が儲かるからといって、主食のぶんも薬草にしてしまうと、他の村が凶作だったときに、死ぬ思いをすることになる。


 そうして周辺の薬草が一手に集まるのが、ここナレリーナ町になるのは必然だった。

 安くなった大量の薬草で、利益率の高いポーションが安く作れる。ばんばん売れた。

 ナレリーナ町では、錬金術工房が暖簾のれん分けで増えて、薬草の増産体制に合わせて、ポーションも量産されるようになり、安定供給されるようになった。

 薬草もポーションも値段は、以前の半額くらいまで下がってしまったが、販売量は倍どころではないので、結果として儲かっている。


 今では近隣の領を含めた広範囲の低価格ポーションの需要を一手に引き受ける、一大拠点となっている。


 なおポーションには消費期限がある。ものにもよるが一か月くらいらしい。

 そういう意味では、保存しておけないので、どんどん作れ、どんどん使えというバブル経済に向いている消耗品なのだった。




 ああ、そうそう領主に会うんだったな。

 だいぶ歩いてきた。


 目の前には、でかい塀で囲われた立派な館があった。


 普通なら予約が必要なのだろうけれど、領主と俺の仲だ。たぶん問題ない。

 館の門番に俺の身分証を見せる。


「どうも、どうも。ベルード村の長老してます、アラン・スコットです」

「は。身分証、拝見させていただきます」

「こんな見た目ですけど、書いてある通り95歳でして、領主様おりますかな」

「ああ、この身分証。たしかに確認しました。どうぞ、お通りください。すぐ知らせます」


 門番の一人が、知らせに走っていく。


 少し待つとメイドがお淑やかに歩いてきて、俺の前で頭を下げた。


「アラン・スコット様、どうぞ。領主様がすぐにお会いになります」


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