第2話噂1

『秘密よ、秘密――――』


 母から繰り返し聞かされた話。

 魔王討伐後、勇者は王女と結ばれて子供をもうけたという。


 俺の異母兄弟たちだ。


 噂じゃあ、彼らは勇者の力を受け継がなかったらしい。


 そのせいで勇者の国は今大変らしい。

 全く馬鹿にした話だ。


 世界を救った勇者の国ということで散々他国を馬鹿にしていた。

 勇者たちの力が弱くなる前は有りえない金額で魔獣討伐を請け負っていたと聞いたことがある。まあ、討伐していたのは勇者だろうが。



「おい、聞いたか?」


「どうした、血相変えて」


「例の国、本格的にヤバイらしいぞ!」


「はぁ!?今でも十分ヤバイだろ……」


「いや!そうじゃない。国王がとうとう死にかけてるって話だ」


「……あの国の国王ってことは……勇者か……」


「ああ、元勇者の王様だ」


 酒場っていうのはこういう時に便利だ。

 冒険者ギルドのたまり場になっているような店は、特に。こうやって食事しているだけで勝手に情報が入ってくる。


「確か数年前から病気で床に伏せっているって話は聞いていたが……」


「王妃が毒を盛ってるんじゃないかって噂だ」


「マジかよ!?」


「ああ、勇者の国じゃあ、結構有名らしいぜ」


「はぁ~~~っ……なんだってまたそんなことを。王妃っていやあ、元々王女様だろ?旦那に毒盛ったところで何になるんだよ。理由なんてないだろ?」


「いや、それがあるらしい。なんでも王妃の産んだ子供ってのが勇者の血を引いていないかららしいぜ」


「おいおいおい……穏やかじゃねえなぁ……」


「だろ?」


 俺は食べていたスープの匙を止めると、話していた二人の男を見る。

 冒険者がたむろっている場所だ。

 情報は多い。

 その分、噂話も多い。

 嘘か本当か分からない噂話はそこらかしこに転がっている。

 なにが嘘でなにが本当か。

 それを精査するのも冒険者の技量のうちだ。

 情報の精査は、己が命を守るために必要なこと。


「悪いがその話、詳しく聞かせてくれないか?」


「あ、ああ……。あんたS級の冒険者グレイか」


「そうだ。話が聞こえて気になってな」


 二人の男は顔を見合わせると、頷く。


「…………本当はあんまり大きな声では言えねえんだけどよ。それに噂だ……」


「ああ、別にかまわないぜ。ここじゃあ、情報の共有が大事だ。噂話も、な。だから、どんな話でも俺は聞くぜ」


「そうか……なら話すけどよ……」


 男の一人は声を潜めて話し出した。



「実はよ……王妃が産んだ子供ってのは、勇者との間の子供じゃないらしい。元々、王女には恋仲の相手がいやがった。相手も貴族らしいが、王女様と結婚するには身分が足りなかったみたいだ。勇者パーティーのメンバーに選ばれてれば、まぁ事情は変わったんだろうがな。……残念な結果だったわけだ」


 どうやら相手の男は大して実力のある男ではなかったようだ。

 勇者パーティーメンバーになろうとしたんだ。文官ではなく武官か。

 だが王女の相手となると限られているはず。護衛の騎士とかか?


「結局、王女は勇者と結婚したわけだが、王女は男と切れてなかったんだと。勇者っていっても元は平民だ。王城の連中にしたってどうせなら貴族の血を引く男のほうが幾分マシだったらしいな。王女の不貞を見て見ぬふりしてたみたいだ」


「なるほど。だが勇者の子供って可能性もあるだろ?」


「いや、それはねぇ」


「なぜだ?」


「王女の産んだ子供が全員、間男に似ちまってるんだとさ!」


「それは誤魔化せないくらいにか?」


「ああ、そうらしい。せめて王女に似てたら誤魔化せたんだろうがな」


「それにしても、なんで今まで噂にならなかったんだ?勇者にも王女にも似ていない子供なら、話が回ってきてもおかしくないっていうのに」


「ああ、それな。笑える話だが、どうやら勇者は子供たちは全員実子だと疑っていなかったらしいぜ」


 ああ、なるほど。

 それでか。


「知らないのは本人だけってな。最近になってやっと、自分の子供じゃないって分かったらしい」


「遅いな……」


「ま、純朴な平民男なんて王族や貴族のお姫様の手のひらの上ってな。あっという間に騙されるってやつさ」


「民衆も知ってたんだろ?」


「まあな。噂はそもそも王城の下働きから広まったらしい。でもって、勇者が病気で床に伏せったのと同時期に、王妃が毒を盛っているって噂が立ったってわけだ。王様の勇者は後継者の指名をしていないからな。それが理由じゃないかってのが専らの噂だ。なにしろ、王妃は一人娘ってわけじゃない。他に大勢の兄弟姉妹がいるんだ。たまたま『聖女』でたまたま『英雄の勇者の妻』になったから『王妃』になれただけだからな」


「王太子決めてなかったのか……」


「珍しいよな。間男の子だとしても王太子にしちまってたら跡目争いで揉めなかっただろうに……。まあ、先代の王様が『勇者の力を受け継いだ息子に跡目を譲る』って遺言を作り変えていたらしいからな……。流石に遺言を無視するってことはできなかったんだろうよ」


「なるほどな」


「ま、それでも噂は噂だ。どこまでが本当なのか分かったもんじゃねえが、火のないところに煙はたたねえっていうだろ?」


「ああ」


 俺は二人の男に礼を言い、店を後にした。



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