第51話 ドラキュラ・モルド

「数年前、息子が亡くなった。症状は官僚達と同じものさね」


 当時を思い出しているのか、苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「当時も狐の獣人による呪殺が疑われたよ。事実、息子は城下町で暮らすコクリという狐の獣人と恋仲にあった。だが、彼女がそんなことをする者でないことはよくわかっていた」


 普段は一方的に獣人を敵視していたヴァルゴ大公だが、その言葉からは偏見ではなく、コクリという個人を理解しているようにも窺えた。


「そして、獣人の歴史を調べ、狐の獣人が呪術に長けていると言われるようになった原因に思い至ったのだ――奴らを媒介にして感染する病を呪殺と呼んでいたのだと」

「そこまでわかっているのならば、何故!」

「だからさね。獣人が症状を発症せずに感染症の媒介となる病がある。その解決法もわからぬ以上、丸ごと焼き払うしかあるまい」


 ヴァルゴ大公の出した結論は極論が過ぎた。それでも、彼なりに国を守るために行動していたことではあったのだ。


「たとえお孫さんがいるとしてもですか」

「親族可愛さに国を滅ぼす原因を放置するとでも?」


 ヴァルゴ大公の瞳には揺るぎない決意の色があった。こうなってしまえば、説得は難しい。


「覚悟を決めたつもりでいるみたいだが、生憎獣人街を焼き討ちにしてもなんの解決にもならない」


 ソルドはヴァルゴ大公を真っ直ぐに見据えて、毅然とした態度で告げる。


「エキノコックスは人間が感染した場合、発症までに十年はかかると言われている。おそらく官僚の中には症状が出ていないだけで感染している人間もいるだろうな」

「お前、此度の元凶たる病を知っておるのか!?」

「ああ、鼠の体内で幼虫が育ち、狐の体内で成虫へと成長する寄生虫が引き起こす病だ。獣人街を焼き討ちにすれば感染拡大は防げるだろうが、城下町や城内の感染はまだ終わってない」

「なん、だと……」


 ヴァルゴ大公の顔が青ざめる。ソルドが騎士にしては雑学に富んでいることはヴァルゴ大公もよく知ること。彼が自分の知らない知識を有していたとしても、それは信じるに値するものだった。


「ガキの頃からコクリさんと会ってる俺や他の耐性を持たない獣人が生きていることを考えれば、コクリさんがエキノコックスを体内に宿しているとは考えづらい。あんたの息子が感染したのはコクリさんと別れさせられた後、城下町の違法娼館を利用して狐の獣人と交わったことが原因だろうよ」

「……コクリさんのことが忘れられなかったのですね」


 ルミナはヴァルゴ大公の息子の心情を慮って顔を伏せた。


「なあ、ヴァルゴ大公。獣人街を焼き討ちにしたところで何も解決はしない。今はエキノコックスをどう収束させるか一緒に考えてくれないか?」

「わ、私は……」


 ソルドの言葉にヴァルゴ大公の瞳が揺れる。

 反獣人派の筆頭である彼も無為に獣人の命を奪いたいわけではない。それも息子の忘れ形見である孫がいるというのならば、猶更のことだ。


「獣人街の焼き討ちを――」


 取りやめる。その言葉が出る前に弾かれたようにソルドが剣を抜いた。


「危ない!」


 音もなく闇から凶刃がヴァルゴ大公を狙っていた。それを紙一重でソルドは防いで見せたのだ。


「何者だ!」


 ソルドは即座に下手人を剣で斬りつける。一瞬にして鮮血が舞い、下手人の片腕が飛ぶ。


「ぐっ!」

「ヴェルゴ大公の命を狙ったのだ。容赦はできない」


 淡々とそう言うと、ソルドは切っ先を向けて暗闇で輪郭のぼやけた下手人を睨みつけた。ソルドに斬られた腕を押さえながら、下手人は忌々し気に舌打ちをする。

 そして、月明かりが下手人の姿を顕わにした。


「なっ」


 下手人はソルドやルミナがよく知る侍女だった。


「クレア、さん……?」

「参りました。やはりソルド様には敵いませんね」


 いつもの調子で嘆息したクレアは、ソルド達が呆気に取られている間に斬り飛ばされた腕を拾い、傷口に当てる。

 すると、斬り飛ばされた腕は何事もなかったかのようにくっついてしまった。


「エキノコックスのことならご心配なく。感染している官僚達からも、投獄されている獣人達からも、寄生虫は切除してきました」

「クレアさん、その姿……!」


 月明かりに照らされて妖艶な笑みを浮かべるクレアの姿はもはや人間とは言えなかった。

 深紅の瞳に尖った耳、血の滴る鋭い牙。それはソルドの前世において良く知る怪物の姿と重なった。


「ドラ、キュラ」

「うふふ、人から本名を呼ばれるのは久しぶりですね」


 普段の冷静なクレアからは考えられないほどに高揚した様子で微笑む。


「人間じゃないとは思ってましたけど、まさか吸血鬼だったなんて……」

「違いますよ、ソルド様。元は血の薄まったただの吸血蝙蝠の獣人です」


 否定しながらクレアは自らの腕から流れる血液を指で掬い、その血をぺろりと舐める。


「先程おっしゃっていたではありませんか。皇族の血を引いている混血の獣人は蝕みの宝珠でもバケモノに変貌しないと」

「クレア、まさかあなた着替えのときに……!」


 ルミナはハッとした様子で腰の付けたポーチを探るが、そこには蝕みの宝珠はなかった。


「ルミナ様。ダメじゃないですか、貴重品はしっかり管理しないと」


 くすっと笑って、クレアは自らの懐に手を入れる。そこから取り出したのは、禍々しい光を放つ蝕みの宝珠があった。


「改めましてドラキュラ・モルドと申します」


 クレアは優雅な仕草でスカートの裾を摘まんで一礼する。


「さて、ソルド様。私を殺しても既に城内は眷属で溢れております。どういたしますか?」


 顔を上げた彼女の瞳は不気味なまでに赤く輝いていた。

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