第22話 冒険への憧れは止められない

 新たにアルデバラン侯爵の代理として邦主の公務を引き継いだルミナの評判は悪くなかった。


 脱走癖のあるわんぱく皇女として見られがちではあるものの、実のところルミナの頭は悪くない。幼少期から皇族として英才教育受けてきたのだ。頭の悪いボンクラが出来上がる道理はないだろう。

 書類仕事に関しても、レグルス大公が最終チェックを行っているため、抜け漏れは今のところ発生していない。

 レグルス大公の失脚を狙う宰相ヴァルゴ大公の思惑は外れたと言っても過言ではないだろう。


 しかし、一見問題ないように見えるルミナの公務にも問題は発生しつつあった。


「今まで以上に自由がありません……!」

「被害者面すんなよ。俺だって巻き込まれて自由時間なくなってんだぞ」


 元々ルミナは勉強をサボって帝国城を抜け出そうと試みていたわけではない。

 基本的に彼女はやるべきことは終わらせた上で脱走を試みていたのだ。


「うぅ……ソルドを騎士として連れて帝都を見て回る予定でしたのに」

「この書類の量からして当分は外に出られなさそうだな」


 そう言ってソルドは机の上に山積みになった紙の束を見つめる。


「皇帝陛下としてもルミナが十六歳の誕生日を迎えるまでは外に出す気はないだろ」


 今年で十六歳になるルミナは成人した皇族の勤めである立志式で国民へ向けたスピーチを行う。当然、警備は厳重にする必要があるだろう。

 そのため、ルミナの護衛候補としてソルドも名が挙がってはいたのだが、レグルス大公の執務室に定期的に突撃していたこともあり、人間関係の点から保留になっていたのだ。


「外に出る口実さえあれば……」

「諦めろって。仮にあったとしても俺が潰す」

「ソルドの意地悪!」


 ソルドの言葉にルミナは唇を尖らせた。


「そういえば、前にわたくしを獣人と接触させられないと言っていましたが、どうしてなのですか?」


 ふと思い出したようにルミナは尋ねる。


「ルミナ、お前は獣人をどうう存在だと認識してる?」

「どうって、帝国に取り込まれた敗戦国民で理不尽に虐げられている救ってあげなければいけない存在です」

「はい、アウト」


 即答するルミナにソルドは額に手を当てて溜息を吐く。

 そんな彼に、ルミナはむっと頬を膨らませた。


「何がダメなんですか」

「いいか。街で暮らしている獣人の大半は人間にいい感情は持っていない。そんな彼らにとってルミナは悪の親玉の娘みたいなもんだ」


 実際、帝国はこれまで多くの獣人達を奴隷のように扱ってきた歴史がある。帝国内の差別意識は根深いものなのだ。自分達が苦しんでいる元凶の皇族であるルミナにいい感情なんて抱けるはずもない。


「仮に帝国を支配した敵国の王子が上から目線であなたを救ってあげましょうなんて言って接触してきたらどう思うよ」

「……どの口が言うんだと思います」

「そゆこと」


 ソルドの言いたいことを理解したのか、ルミナは納得した様子を見せる。


「まあ、今はおっちゃんに協力して徐々に獣人の立場向上に努めるしかないだろ。わからないから知りたいっていう気持ち自体は立派だと思うけどな」


 好印象を抱いてなかったからこそ最初はボロクソに言ってしまったソルドだが、真面目に書類仕事に向き合うルミナを見て評価を改めつつあった。 

 獣人を救いたいという気持ちは嘘ではない。ルミナの気持ちを理解したからこそ、エリダヌスのように歪んでほしくない。そう思うようになったのだ。


「うぅ……でも、外に出てみたいです」

「結局そこに行きつくのかよ」


 項垂れるルミナにソルドは苦笑を浮かべることしかできなかった。

 そんなときだった。


「これは……」


 一つ書類を片付けたルミナの目にある報告書が落ちてきた。


「ソルドこれを見てください」

「ん? 古代遺跡の調査報告書か」


 その書類には、帝都東方にあるエリーン森林で発見された古代遺跡について記されていた。調査団が現地へ赴き、調査を行ったところ未発見の遺跡を発見したらしい。


 そのままエリーン遺跡と名付けられた古代遺跡には動物を模した石像が内部に存在しており、その謎は解明されていないが歴史的価値があることは間違いないと判断されている。

 また最近、エリーン遺跡内部から猛獣の唸り声のようなものも聞こえるとの報告もあり、派遣要請には屈強な人間の騎士を派遣してほしいとの記載があったのだ。


「屈強な人間の騎士の派遣となると近衛騎士団よりも、野営に慣れてる一般騎士から選んで派遣した方が――おい、あんたまさか」

「うふふっ」


 顔を引き攣らせたソルドに対し、ルミナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 そして、仕事に夢中になっているレグルス大公とクレアに聞こえないように小声で告げてきた。


「未知の遺跡の探索。ソルドは興味はありませんか?」

「はぁ……まったく何を言い出すかと思えば」


 ソルドは呆れたように肩を竦めて嘆息する。


「そんなもん……興味津々に決まってるでしょうが」


 ニヤリとした笑みと共に放たれた言葉を聞き、ルミナは満足げに微笑む。

 ソルドの冒険への憧れも大概であった。

 そんな二人へクレアはどこか複雑そうな視線を向けていたのであった。


 翌日、執務室に入ったレグルス大公の目にソルドの書置きが飛び込んできた。


『ちょっくらルミナと遺跡調査行ってくる』




「≡ ᐛ ≡パァ」




 レグルス大公の受難は続く。

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