第20話 原作主人公(?)

 それからしばし執務室に紙を捲る音だけが鳴り響く。


「なあ、おっちゃん。俺あの女の騎士やりたくないんだけど」

「そういうな。名誉ある任務ではないか」


 ルミナが死んだ魚のような目をしながら書類と向き合っているとき、手持無沙汰なソルドは痺れを切らして書類を裁いているレグルス大公に絡み始めた。


「名誉なんていらないっての」

「他の騎士達が聞いたら憤慨するだろうな……」


 帝国騎士の中でもエリートに位置する近衛騎士ですら、その任に就くことができるのは一握りである。それを実力があるとはいえ平民出身のソルドが担うことになった。

 その上、本人はその役目を大層嫌がっているとなれば心証は良くないだろう。


「仕方ないだろ。実際は上層部の政治的なゴタゴタに巻き込まれた形なんだし」

「それについてはすまないと思っている」

「俺には大層な肩書なんて重いだけだってのによー……」


 傍から見れば平民出身の騎士が皇女付きの騎士に任命されたとあれば大抜擢である。

 平民出身の騎士にとっては、帝国が実力主義を掲げているようにも見えるという希望に、貴族階級出身の騎士からすればうかうかしていては生まれに関係なくその座を奪われてしまうのではないかという引き締めにもなる。


 もちろん、ソルドへの妬み嫉みも生まれるだろう。

 うまく仕事をこなして自由に振る舞っていたソルドとしては、この状況は大変面白くない。柵が増えることは彼の嫌いなことの一つだった。


「なんかバカみたいだよな。国民同士で足引っ張り合ってもしょうがないだろうに」

「皆が皆お前ほど真っ直ぐな者達ならばいいのだがな」


 いや、こんなんばっかじゃ国が成り立たんわ。

 ちゃらんぽらんな官僚達が会議でアホ面を並べている様子を思い浮かべ、レグルス大公は頭を振った。

 それから、気持ちを切り替えるようにソルドへと話を振る。


「お前からしてみれば災難かもしれぬが、悪いことばかりではないと思うぞ」

「ホントかよ」


 ソルドは怪しげに目を細めて、レグルスを見つめる。

 何か裏があって、自分に面倒ごとを押しつけたのではないかと勘繰っていたのだ。


「まあ、聞け」


 レグルス大公は少し間を置くと、ルミナに聞こえない声量でソルドへと告げる。


「ルミナ皇女殿下は〝主人公〟なのであろう?」


 主人公。その言葉を聞いた瞬間、ソルド目の色が変わる。


「彼女の傍にいれば、お前の言う〝原作〟に関わることもあるのではないか?」

「それはそうだけどさー……」


 ソルド自身、自分が転生したことや原作での出来事はどうでもいいと思っている。


 しかし、ソルドから話を聞いたレグルス大公は一種の未来予知に近いものだと受け止め、原作での出来事を重要視していた。

 歴代の皇族の中にルミナという名前の者はいない。そこからレグルス大公は物語の始点はこの時間軸だと考えた。

 日蝕の魔王も魔王軍いないとなれば、それらの存在は後々出現する存在。つまり、未来に現れる危機というわけだ。


「となれば、唯一の手掛かりは皇女殿下しかあるまい」

「しょうがないかぁ……」


 レグルス大公の言葉に渋々納得したソルドは深いため息をついた。

 普段はふざけた態度を取るソルドでもレグルス大公の本気の頼みは無下にできない。それは騎士の鑑と名高い彼の数少ない弱点でもあった。


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