ルミナの聖剣~タイトル的にこいつが主人公だな!~

サニキ リオ

第1話 大人気RPG、ルミナの聖剣

 世界的大人気RPGルミナの聖剣シリーズ。


 聖剣ガラティーンを携えた勇者が冒険の果てに日蝕の魔王を倒すという王道RPGである。発売から二十年経った今でも多くのファンに愛され続けている名作だ。

 今までいくつもの作品が発売されてきたが、どの作品もゲームハードの売り上げを伸ばすほどに売れた。それこそ、このゲームをプレイしたことがなくともタイトルだけは知っているレベルである。


 そんなルミナの聖剣シリーズだが、各タイトルで共通していることがある。


 それはヒロインの名前がルミナであること、主人公が中盤以降で聖剣ガラティーンを手にすること、日蝕の魔王が定期的に復活することだ。

 主人公に関しては、キャラクターデザインこそ同じだが、名前は毎回可変式の形式を取っている。これはプレイヤーが自分の名前をつけることでゲームへの没入感を高めるためだ。


 しかし、シリーズ最新作ではボイスの実装に伴いデフォルトネームが使用されることになった。その名は――



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おっちゃん! 新作スイーツできたぞ!」


 執務室の扉を蹴破り一人の騎士が入ってきた。

 騎士は両手一杯にケーキやらクッキーやらの焼き菓子を抱えており、その表情はとても嬉しそうだった。

 一方、部屋の主である獣人の中年男性は、不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「……ソルド。今は仕事中だ」

「またまたぁ、俺のこと待ってた癖に~」

「クレア、つまみ出せ」

「クレアさんの分もありますよ!」

「すぐに紅茶をご用意致します」

「忠誠心どこぉ……」


 この執務室にいる者の中で一番偉いはずの獅子の獣人は、書類と向き合いながら深く溜息をつく。

 鋭い牙と肉食獣特有の獰猛な表情から溢れ出す威厳。そんなものはどこにも見当たらなかった。


「お前、ここがどこだかわかっているのか?」

「はっ、こちらはレグルス大公の執務室であります!」

「違う、そうじゃない」


 レグルス大公と呼ばれた獅子の獣人は先ほどよりも深いため息をついた。

 その姿はとてもじゃないが、巨大な帝国の官僚を務めているようには見えなかった。


「それで、今日の新作スイーツとやらは何だ?」

「聞いて驚け、見て笑え……食べておいしい〝フォンダンショコラ〟だ!」


 ソルドは芝居がかった口調で自信満々に答える。そんな彼を見つめるレグルスの目には呆れの色が含まれていた。


「チョコの原料のカカオは帝国南部トロピア地方特産のドスカカオ、小麦粉は帝国東部のベルデ地方特産の日輪小麦、上の生クリームは北方諸島アルカディア特産のゴルドミルクから作ったんだ!」


 ソルドは次々と材料の名前を羅列していく。新作スイーツを作る時は必ず材料の産地を覚えているためだ。


「ふむ、まさにこのゾディアス帝国を象徴する菓子というわけか」


 レグルス大公は先ほどまでの冷たい態度から一転して、興味深そうに初めて見るスイーツへ釘付けになっていた。


「こんな高価な食材、どうやって揃えた」

「へへっ、奮発しちゃった」


 テヘペロという謎の呪文と共に舌を出すソルドの姿に、レグルスは再び大きなため息をこぼす。


「近衛騎士の給金が良いとはいえ、ここまでしますか?」

「趣味なので!」

「いつも思うのだが、男で菓子作りが趣味とは、随分とお前の前世は自由な世界だったのだな」

「何言ってんだよ、おっちゃん。俺の暮らしてた日本だって帝国よりマシってだけで、大概面倒臭い国だったぞ」


 ソルドは勉強ばかりで碌に遊ぶことも許されなかった前世での日々を思い出すと顔を顰めた。

 帝国騎士ソルド・ガラツ。彼は日本で生まれ、死後この世界に記憶を持って生まれた転生者である。そのことを知るのはレグルス大公とクレアのみ。

 彼が二人に砕けた態度で接するのは、そういった理由があったからだ。


「そういえば、勇者や魔王については何かわかった?」

「お前が碌に知らないことを我らがわかるとでも?」


 レグルス大公に白い目を向けられたソルドは渋い表情を浮かベながら頬を掻く。


「しょうがないだろ。俺はゲームやったことないから内容は詳しく知らないんだよ」


 ソルドにはもう一つ秘密があった。

 それは、この世界が前世における大人気ゲーム〝ルミナの聖剣〟の舞台であると知っていることだ。


 ルミナの聖剣はゲームをやったことのないソルドでも知っているタイトルである。日常的にSNSに触れるものが、ルミナの聖剣について何も知らないでいるということは不可能だった。

 そのおかげでソルドは転生し、しばらくしてからこの世界が〝ルミナの聖剣〟の舞台であると気づけたのだ。


「物語の舞台はゾディアス帝国、姫の名前はルミナ、そして日蝕の魔王を倒す聖剣ガラティーンを携えた日輪の勇者、か……」


 本来ならば与太話と思われてもおかしくない前世からの原作知識。ソルドから聞き出したそれをレグルス大公とクレアはバカにすることなく真剣に捉えていた。


「日輪の勇者、聖剣ガラティーン、日蝕の魔王、古い文献を集めて徹底的に調べましたが、そんな存在は確認されませんでした」

「唯一共通しているのはゾディアス帝国とルミナ皇女殿下、獣人の存在か」

「ケモナー人気が高いゲームって評判だったからそこはよく覚えてる」

「……本来好ましいはずなのにすごく複雑な気分だ」


 レグルス大公は人が嘘をついているか動物的第六感で判断することができる。ソルドが転生者であるという話も与太話として切り捨てることはなかった。

 むしろ、レグルス大公の予想では、ソルドの言っていた原作での出来事は未来に起きる出来事であると判断し、早めに対策を打とうとしていたのだ。


「それにしても、よく信じてくれるよな。前世の話やゲームの話」

「獣人の間では輪廻転生という概念もある。輪廻の輪から外れてこちらに迷い込んだ存在がいても不思議ではない。まあ、ケータイゲームとやらに関してはわからんが、高度な技術を使用した絵巻のようなものなのだろう?」

「私はソルド様の出自と頓珍漢な行動に反する高い教養から真実だと判断致しました」

「理解ありすぎぃ……」


 一人で秘密を抱え込まなくて済んだことには感謝しているが、こうも異世界転生に理解のある異世界人というのも釈然としないソルドであった。

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