第13話 美香さんのお願い①
そして美香さんは真剣な眼差しで俺を見つめた。
「それはどういうことでしょうか……」
「ごめんなさいね。唐突にこんなこと言われて困っちゃうわよね……」
順番を間違えたわ。と苦笑した後、状況を整理し出した。
「美鈴から色々話は聞いていると思うけど、文雄さん――私の父です。その人から離婚を持ち掛けられたんです」
そのことは霧切から事前に聞いていたが、父の名前が文雄というのは初めて知った。
母――美香さんが鬱病を発症し入院することになってしまったきっかけであり、霧切に男嫌いを植え付けた人物。
「再婚相手は水商売をしている人らしいんだけど……そうね、そのことは今はどうでもいいわね」
美香さんは伝えるべきことを整理しているようだ。それほど切羽詰まっているということだろうか。
「私はあんな人とはもう一緒にいたくないしできれば顔も見たくないわ。だから離婚については特に言いたいことはないんだけど、あの人は私が入院してることをいいことに親権を自分の物にしようとしているの……」
「な、なるほど……」
「って言われても難しいわよね。親権者っていうのは子どもの養育する権利のことよ。普通は話し合いで決めるらしいんだけど……」
聞きなじみのない言葉が飛び交って困惑した俺に美香さんが丁寧に教えてくれた。
親権の決め方は経済力や子育ての意欲。家庭環境や親の年齢や健康状態など様々な判断基準があるらしい。
「見ての通り私には経済力はないわ。それにこんな状態だしね。だから親権は向こうに行くと思うの」
「そんな、なんとかならないんですか?」
「無理だと思う」
美香さんは悲し気な表情を浮かべながら窓の外を眺めた。
霧切が離れていくのをただ黙って見ていることしかできないなんて……そんなのあんまりだ。霧切はきっと美香さんと一緒にいることを望むだろう。
それなら、
「今からでもお父さんを告発すれば! そうすればきっと――」
父親のDVが露呈すれば育児環境に問題有とみなされ、この危機的状況を覆すことだって可能なんじゃないだろうか。
俺は必死に突破口を見出そうと思考を巡らせるが美香さんは暗い表情のままだった。
「もちろんしようと努力したんだけどね。私、こういう状態でしょ? 当時は精神的に酷かったし誰も信じてもらえなかったの。それにあの人外面だけは良かったからね……」
「そんな」
それじゃあどうすれば……。
もし父親が親権を勝ち取ってしまったら霧切も美香さんのように暴力を振るわれてしまうかもしれない。それは絶対に避けなくてはならない。
「私の為に必死になってくれてるのね。ありがとう。その気持ちだけで嬉しいわ」
俺が思いつめたような表情でいるのを感じ取った美香さんが包み込むような柔らかい表情で慰めてくれた。
「ほんと情けない限りだわ。大事な一人娘が遠くに行ってしまうのを止められないんだもの……」
「それじゃあどうしたら……」
「今の私じゃ美鈴は救えないわ。だからあなたに美鈴を救ってほしいの」
「俺がですか?」
美香さんのその提案は根本的な解決になるとは思えなかった。
霧切といる時間を増やしても俺はただの第三者にしか過ぎない。赤の他人なのだ。大人が介入するならまだしも高校生でただのクラスメイトである俺にいったいなにができるのだろうか。
「救うって、どうすれば……」
「美鈴の傍にいてあげることよ」
「傍に?」
「えぇ、もちろん根本的な解決にはなっていないわ。でも、今の美鈴はあなたと一緒にいることで寂しさを埋めようとしている。だから意味があることだと私は思うわ」
「でも……お、俺にできるでしょうか……」
「できるわ」
美香さんが迷いのない口調で言った。
「どうして僕なんでしょうか? 頼れる人はほかにもいるはずじゃ……」
こういうことに第三者が首を突っ込むのはよくないとは思うし、今日あったばかりでなおかつどこかの馬の骨かも分からない男に頼むのは母親としても不安ではないだろうか。
「あの子は私が入院している間、ずっと一人だった。でもやっと心からより添えられる存在をみつけたの。あなたよ木下君」
美香さんは優しい表情を浮かべながら続けた。
「美鈴があなたの話をしている時、とても楽しそうなの。誰も寄せ付けなかったあの美鈴が変わったきっかけを与えてくれた――それに今日会って確信したわ。あなたは優しくて信頼できる人よ」
美香さんの嘘偽りのない言葉。
きっと彼女は今、霧切に必要なのは俺の存在だと確信しているようだ。
「美鈴の寂しさを埋めてあげられるのは木下君、あなたにしかできないわ」
美香さんは俺の手を優しく握りながらも表情は真剣なままだった。
「美鈴を一人にしたらいつかは壊れてしまうわ……それに私みたいになるのは絶対に避けなくちゃいけないの」
美香さんは責任を感じ、自分の不甲斐なさに顔を歪めている。
「私の代わりに娘――美鈴の傍にいて支えてくれませんでしょうか」
美香さんの娘を守ろうとする意志。そして今、美鈴にしてあげられることを考え抜いた結果、俺を頼ろうとしている。
そんな娘のことを大事に想う人のお願いを無下にはできない。
「分かりました。僕に任せてください。僕が美鈴さんのことを守ります。だから、安心してください」
俺は美香さんの手を優しく握り返した。
「木下君……本当にありがとう。あなたには感謝してもしきれないわ」
すると美香さんはベッドに座りながら深々と頭を下げた。
不安な気持ちがないと言えばウソになるが、俺も霧切を救いたい気持ちは同じだ。それに、霧切と一緒に住んでから毎日が楽しいし、これからも友達でいてほしいと思う気持ちは変わらない。
ただの第三者である俺がどこまで足掻けるか分からないが、俺なりに霧切を支えていこうと決意した。
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