第2話 木下作、おかゆ

「さてと……どれから手を付けたらいいか……」


 数秒食材とにらめっこした末、ある料理を思い浮かべる。


「おかゆだな」


 風邪をひいたときにぴったりの料理といえばおかゆだろう。俺はすぐさまスマホで作り方を調べる。

 文明の利器万歳。幸い作り方はそこまで難しくないようだ。

 卵が余ってるし卵粥たまごがゆにするとしよう。


「よし、まずはご飯だ」


 俺は、冷凍庫から昨日炊いた時に余らせたご飯を取り出し、鍋に入れる。

 量にして約二人分。そこに水を入れて混ぜてほぐしながら適量に塩を入れてしばらく待つ。


「後は……たまごだな」


 鶏ガラスープの素は残念なことになかったので、ここは塩味で我慢してもらおう。

 鍋が沸騰するまで時間がかかるので、その間、そわそわしながら慣れない手つきで洗い物をする。

 それと同時に俺は霧切のことが気になって仕方がなかった。


「家出か……」


 霧切は落ち着いたら必ず話すと言ってくれたが、この豪雨の中わざわざ家出をするということは両親と霧切の関係はかなり複雑そうだ。

 全て想像でしかないので、霧切が自分から話すことを待つしかない。


 ピピピ――――。


 すると、霧切の脇に挟んでおいた体温計が鳴り出した。

 俺はすぐさま霧切へ駆け寄り、体温を確認する。


「三十八度か……完全に風邪だな」

「木下、ごめん」


 すると霧切は縋るような声で呟いた。頬は体温のせいで真っ赤に染まっていて、いつものクールな面影は感じられなくなっていた。相当弱っているようだ。


「大丈夫だって、今おかゆ作ってるからもう少し待ってて」


 鍋がぐつぐつしてきたので、台所へ戻り、すぐさま卵を二つ入れてかき混ぜる。

 再度加熱し、卵が固まったら梅干しを乗せて完成。


「よしっ! できたぞ!」


 我ながらいい出来だと思う。

 本当は鶏がらスープの素を入れてもうすこし味を付けたかったが、この際仕方がない。

 簡単な料理ではあるが、霧切から料理のいろはを教えてもらったおかげか、スムーズに作ることができた。

 もし霧切から料理を教わってなかったら、味付けの仕方や卵の割り方であたふたしていただろう。


「いい匂い……」


 鍋をテーブルに並べると、霧切が布団から上体を起こした。


「体調は大丈夫そう?」

「横になったら大分良かったかも……」


 布団に入って仮眠を取ったからか、霧切の表情が良くなった気がする。


「っていうかこれ、木下が作ったん?」

「そう、霧切の為に作ったんだ。作り方はネットに書いてあった通りに作ったから安心して」


 驚いた顔で俺の顔とおかゆを交互に見る霧切。


「そっか……ウチの為に……」


 霧切は微笑みながらおかゆを見つめる。

 どうやら喜んでくれているようだ。


「さぁ、冷めないうちに食べて」

「うん、いただきます」


 熱々のおかゆを口の中へ。

 ドキドキしながら霧切の感想を待つ。


「美味しい……!」

「ほ、ほんとうか!?」


 よかった。

 作ったこともなかったので、最初はどうなることかと思ったが、霧切の反応を見るに味は悪くないようだ。


「本当は鶏ガラスープの素を入れたかったんだけどな」

「でも風邪の時はこのぐらい薄味がちょうどいいかも。たまごもトロトロしてて美味しいし」

「それならよかった」


 ホッと胸をなでおろす。それと同時に霧切が俺の料理を喜んで食べてる様子が嬉しかった。

 俺も一口、おかゆを口に入れる。たしかに霧切が言ったように薄味ではあったが、お米も柔らかく卵も上手く混ざっていて美味しい。


「それにしても木下が一人で料理か……成長したね」

「お前は親か」


 母親のようなセリフを呟いて思わずツッコミをいれるとクスクスと霧切が笑みを浮かべた。

 俺もそれにつられて微笑する。

 その後、相当お腹が空いていたのか、あっという間におかゆを平らげてしまった。


「ごちそうさまでした」

「まぁ、とりあえず明日は休んだほうがいいだろ」

「なんで?」

「なんでって、熱、まだあるだろ?」


 そう言いながら自分のおでこに手をやり熱を確認する。


「これぐらいなら大丈夫だよ」

「病人なんだから無理すんなって。それに登校して倒れられでもしたら逆に困るだろ」

「木下って心配性だよね。ウケる」

「心配性って、これぐらいは普通だろ。ってかどこがウケるんだよ」


 何がウケるのか正直分からなかったが、おかゆを食べたおかげか霧切の表情が明るくなったのを見て、俺は安心した。


「っていうか、木下はどこで寝るの? 布団占領しちゃってるけど……」

「俺は畳で寝るよ」


 幸い。座布団はあるしこれを枕がわりにすれば問題ないだろう。


「それじゃあ悪いよ。ウチが畳で寝る」

「いやいや。病人を畳で寝かせるわけにはいかないだろ? 霧切は布団で寝てくれ」

「でも……」

「気にすんなって、それにもし霧切を畳で寝かせたら罰が当たりそうだしな……」

「何それ……まぁ、木下がそこまで言うなら分かった」


 霧切が「ありがとう」と申し訳なさそうに言ったのを聞いて、俺は淡白に返答した。


「この枕、木下の匂いがする……」


 何気ない霧切のそのセリフを聞いて心臓がドクドクと脈打つのが分かった。

 俺が寝ている布団に霧切が寝ている。よく考えたらこの状況、とてもまずいかもしれない……。

 今まで女性を家に泊めたことなんて一度もなかったので、不思議とドキドキしてしまう。


(いかんいかん。変なことを考えるのはやめよう)


 それに霧切は病人だ。こんな時に変なことを考えるのは失礼だ。

 俺は邪念を振り払うように首を振る。


「ほ、ほら、早めに寝ろよ~」

「親か」


 霧切がツッコんだ。俺は苦笑しながら電気を消した。

 寝る時間には少し早いが早めに寝て体調を整えたほうがいいだろう。

 これは合えて口にはしないが、このまま起きていたら間違いなく変なことを考えてしまう。そう思った。


「おやすみ。木下、今日はありがとね」

「あぁ、おやすみ……もう雨の中、出歩くのはやめておけよ」

「できるだけ気を付ける」


 すると、相当疲れていたのか霧切はすぐに目を閉じて夢の中へと入っていった。

 俺はそれを確認し、洗面台へ向かい一日の疲れを感じながら歯を磨く。そして、軽くシャワーを浴びてから畳という名の寝床へ。


「結構痛いな……」


 隣には無防備な美少女が気持ちいい寝息を立てている。そんなことを考えるたびに俺の心臓がドクドクと鼓動を早める。

 無理もないだろう。なんてったってクラスの美少女が俺の家で寝ているのだ。

 俺は邪念を振り払うために他のことを考えながら目をつぶる。


(明日、学校の帰りに薬を買って帰るか……後は、消化にいいゼリーも買ってから……)


 それにしても、霧切を家に泊めることになるとは思いもしなかった。だけど、霧切にはいつもお世話になっているし、少しでも霧切の助けになりたいの本心だ。後悔はしていない。

 でも、もし霧切が俺の家にいることが学内に知れ渡ったら俺、どうなるんだろう……。って、今はそんなこと考えてる状況じゃないよな。一大事だし。

 しかし、霧切の家族との間にどういった亀裂があるのかは分からないが、一朝一夕で解決するもんじゃないだろう。

 これから霧切はどうなるんだろう。

 そんな先のことを考えながら俺は深い眠りへついた。

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