第47話 本当の家族

 銃で増援に来た男の足を正確に打ち抜いていく。

 そして、動きが止まった男をディアナが殴り飛ばして気絶させていく。

 結局、正面突破になってしまったが、男達を制圧するのに時間はかからなかった。


「随分と躊躇なく撃つわね……」

「正当防衛だ」

「どこにも正当性がないのは気のせいかしら……」


 呆れ顔を浮かべるディアナを無視して奥へと進む。

 しかし、そこから先は警備が厳重になるのかと思いきや、いくら進んでも人の気配は感じられなかった。


「……静かね」

「ここまで来ると不気味さすら感じるな」


 周囲に人がいる様子はない。完全に無人である。敵地だというのにだ。

 普通ならこんな状況になれば罠を疑うところだが、今の所そういった類のものは一切見当たらなない。


 逆にそれが不安を煽ってくるのだ。

 俺達は慎重に進み続ける。

 それから人のいない館内を進んでいくと、階段のある広場に出た。


「一つ上のフロアに被検体を閉じ込めておく部屋がある。そこに行ってみるぞ」

「あんたこんなに暗いのによくわかるわね」

「探偵だからな。夜目は聞くんだ」


 それにアイボリーハウスならば館内の構造は頭に叩き込まれている。この程度造作もないことだ。

 階段を上がり、一つ上のフロアへ到着した瞬間、俺はディアナの腕を引いて物陰に隠れた。


「血の匂いがする」

「えっ」

「銃を構えておいた方がいい」


 俺とディアナは扉の前で銃を構えると、お互いに頷き合うと同時に部屋に突入した。


「「動くな!」」


 扉を蹴破って中に入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「全員、死んでる」


 そこにあったのは死体の山の中で大人しく拘束されているアイと黒ずくめの衣装に身を包んだ女の姿だった。


「アイちゃん!? あんたアイちゃんから離れなさい!」

「っ!?」


 黒ずくめの女は突如向かってきたディアナに気がつき、目にも止まらぬ速さで逃げていった。

 その隙に俺は縄で縛られたアイに駆け寄った。


「アイ、大丈夫だったか?」

「パパ、それにママも。助けに来てくれたんだね」

「当たり前だ。ああ、待ってろ。今縄を解くからな」


 俺はポケットからナイフを取り出すと、アイの手足を縛り付けているロープを切り落としていく。


「あー、怖かった」

「全然怖がってるようには見えないんだが……」


 アイを助け出せて安堵はしたものの、死体の山とそれを作り出した犯人が傍にいて怖がった様子がないのもどうなのだろうか。


「だってパパ達が助けに来てくれるって信じてたから」


 アイの言葉を聞いて俺とディアナは思わず微笑む。


「それよりも早くここから出るぞ」

「そうね。今回ばかりは始末書じゃ済まなそうだし、退散するしかないわね」


 いろいろとアイにも聞きたいことはあるが、今は警察が来る前にこの場を去る方が先決だった。

 その後、アイを連れて事務所に戻った俺達は、犯人達が謎の女に殺された隙をついてアイが逃げてきたとアレク警部に報告した。

 アイボリーハウスに調査が入ったことでわかったのだが、俺達が気絶させた男達もしっかり殺されていたらしい。仕事が丁寧なことだ。

 事情聴取では口裏を合わせていたため、事務所に戻った俺達はアイから事情を聞いた。


「じゃあ、あの怪しい奴が助けてくれたの?」

「うん、部屋に入ってきたら一瞬でみんな殺しちゃったんだ」

「いや、殺しちゃったって……」


 ケロッとした顔で答えるアイにディアナは表情を引き攣らせる。


「諦めろ、変死体を見ると事件の匂いだって喜ぶ子だぞ」

「あんたの子でしょうが! 何をそんなに他人事みたいに――」


 そこまで言いかけたところでディアナは、ハッと何かを思い出したかと思うと考え込むように黙り込み、躊躇いがちに口を開いた。


「……あのさ、アイちゃんがアイボリーハウスの被検体だってことは、ライアンとは血が繋がってないってこと?」

「親族ではあるけど、血は繋がってはない」

「どういうこと?」


 首を傾げるディアナに俺は苦笑しながら説明する。


「姉さんの写真、ディアナも見たろ」

「あっ! そういえば、アイちゃんとそっくりだった!」


 ようやく合点がいったのか、ディアナは大きく目を見開いた。


「じゃあ、アイちゃんって……」

「父親は知らないが、姉さんの子だ」


 アイボリーハウスで初めてアイを見かけたとき、一目で姉さんの子だとわかった。

 それから紆余曲折を経てアイは俺の娘になったのだ。


「でも、アイちゃんって里子として引き取られた記録がないのは何で? それに戸籍だってあなたの実子ってことになってるじゃない」

「あー、その部分には目を瞑ってくれ」


 俺は頭を掻きながら困ったような顔をしてみせる。

 養子を取るには様々な書類が必要になるため、偽造するのは簡単ではない。そのうえ、アイは戸籍上だと存在しないことになっていたため、元から偽造するしかなかったのだ。

 それに加えて俺が裏の人間との繋がりを持っていることもあり、アイを娘にすることができたというわけである。


「………………事情が事情だものね」


 長考の末、ディアナは苦虫を嚙み潰したような表情で頷いてくれた。

 正義感の強い彼女からしてみれば、今回の判断は苦渋の決断だろう。


「悪いな」

「謝らないでよ。綺麗事だけじゃやっていけないのは痛いくらいに思い知ったもの」


 ディアナは自嘲気味に笑うと、アイの方に向き直る。

 そして、優しく微笑んで見せた。


「大丈夫、何があってもアイちゃん――いえ、アイはあたしが守るわ。母親だもの」

「それってどういうこと?」


 アイは誘拐されていた間のことを知らないため、ディアナの言葉を聞いて不思議そうに首を傾げる。


「このバカ、前に書かされた婚姻届出しやがったんだよ」

「バカって何よ!」

「バカはバカだろ。嫌いじゃないけどな」

「そ、そう……」


 いつもの口喧嘩になるかと思いきや、ディアナは満更でもなさそうな表情を浮かべていた。


「ふふっ、これで本当の家族だね!」


 俺達の様子を見てアイが楽しそうに笑う。

 だが、俺は痛いほどに理解していた。

 この三人が本当の家族になることなどできないのだ、と


「あっ、ごめん電話だ」


 感傷的な気分になっていると、ディアナの携帯電話がけたたましく鳴り響く。

 相変わらず忙しそうだなと、電話に出るディアナを他人事のように眺めていたら、彼女は目を見開いて叫んだ。


「何ですって! 怪盗ベオウルフが予告状を出してきた!?」


 どうやら、いつまでも感傷に浸っている暇はないようだ。


 さあ、仕事の時間だ。

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