第45話 アイボリーハウスの真実

「お前が女連れなんて初めてじゃないか」

「ちょっと環境の変化があってな」


 基本的に俺は一人でここに来る。

 店内ですれ違った顔見知りも怪訝な表情を浮かべていたくらいだ。ディアナはどうしても目立ってしまう。


「それで今回の依頼人はそこのお嬢さんかい?」

「いや、俺達二人だ」

「初めまして、ブレッドです」

「ブレッドねぇ……」


 バグベアは口元を吊り上げながらディアナをじろじろと眺める。情報通のこいつのことだ。ディアナの正体に気づいてもおかしくはない。


「ま、ここじゃ詮索しないのがマナーだ。ドライの紹介となれば丁重に扱わなきゃいけない」

「ありがとうございます」

「それであんた達は何が知りたいんだ?」


 バグベアはイスを回転させ、俺達に向き合うと怪しげに笑って問いかける。


「先日誘拐されたアイ・スローンの行方とそのバックについている組織だ」

「ほう、あの嬢ちゃんか」

「知ってるの!? 教えて、アイちゃんは今どこにいるの!」


 まるでアイを知っているような口ぶりのバグベアに、ディアナは前のめりになって尋ねる。


「そう焦るな。アイ・スローンは殺されちゃいない。奴らにとっちゃ大事な商品だからな」

「商品って……」

「何せあの子はあのアイボリーハウスでの唯一実験に成功した被検体だ」

「アイボリーハウスって表向きは孤児院だけど、孤児を集めて人体実験をしてたっていうヤバい研究施設よね? 確か、ベオウルフがオーナーの悪事を暴いたことで潰れたって話だったけど……」


 ディアナはアイが俺の実子だと思っていたため、混乱したように頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 アイボリーハウスは軍と繋がりのある政治家ダグラス・ホワイトが運営していた孤児院だ。

 そこにいた孤児達は肉体や脳を改造され、恐怖を感じずに敵へと向かっていく人間殺戮兵器として育てられていたことが明らかになった。


 当然、そんな非人道的な施設が許されるはずもなく、このことが明るみになったことでアイボリーハウスは潰れたのだ。


「誘拐犯はオーナーである政治家ダグラス・ホワイト。その一派だ」

「元締めが捕まっても組織の意思は生きてるってわけか」

「ああ、そうだ。奴らはまた名前を変えて実験を再開させようとしている」


 如何にこの国の政治家が腐っているかがよくわかる。

 しかし、アイボリーハウスの実態を知っても納得できないことがある。

 アイは天真爛漫で軍人として育てられた形跡がまるでないのだ。

 そんな彼女が成功例だとは到底思えないのだ。


「これはアイボリーハウス跡地付近の映像だ」


 そんなことを考えていると、バグベアは液晶モニターに映像を映し出した。

 そこにはバンから縛り上げたアイを建物へと運ぶ男達の姿が映っていた。


「アイ・スローンはアイボリーハウス跡地の廃墟で監禁されている。灯台もと暗しってところだな」

「よく映っていたな。あの辺には防犯カメラはなかったはずだ」

「これはうちのドローンの映像だ。誘拐事件が起きたら情報を欲しがる人間は必ずいる。金の種を放置しておく手はない」


 要するに研究再開のために実験に成功した被検体であるアイが必要だから誘拐したというわけか。


「アイボリーハウス跡地ね! ありがと!」

「おい、ブレッド!」


 ディアナはアイが捕らわれている場所を聞いた途端、慌てて部屋を飛び出していく。


「ったく、ここで単独行動は危険だってのに」

「ドライ、お前さんはお得意様だ。ついでに一つ情報をやろう」

「ああ?」


 情報量を払ってすぐに追いかけようとした俺に、バグベアはもったいぶるように告げる。


「アイボリーハウスは軍事利用のために非人道的な実験を行っている。それは合っているが、内容は洗脳と肉体改造じゃねぇ」

「……何だと」

「奴らの研究内容は――」


 俺は唾を飲み込みバグベアの言葉を待つ。

 俺が掴んだ情報すらも偽物だとしたら、一体奴らは何を研究していたというのだろうか。


「何してるのドライ! 早くお会計済ませて行くわよ!」


 しかし、バグベアの言葉は慌ただしく俺を呼びに来たディアナの言葉に遮られた。


「お会計ってお前な……悪い、バグベア今は時間が惜しい。その話はまた今度聞きにくる!」


 今はアイの救出が最優先。

 気にはなるが、俺は情報量を支払ってバグベアに別れを告げた。


「――記憶の移植とクローンの量産だ」


 部屋を出るとき、バグベアが何か言っていたがそれを聞き取ることはできなかった。

 俺とディアナは地上へと戻るため、急いでメアリーを出た。


「あたっ」


 店を出たとき、ちょうど店に入ろうとしていた女性とディアナがぶつかってしまった。


「気をつけなさい」

「ご、ごめんなさっ!?」

「何か?」


 ディアナにぶつかられても倒れなかった女性は底冷えするような冷たい声で俺とディアナを見ていた。


「あなた、まさか……むぐぅ!?」

「悪いな、フィーア。俺達急いでてな」


 何かに気づいたディアナの口を塞ぐと、俺は慌ててディアナがぶつかった女性、フィーアに謝罪をした。

 やはり一度対峙したことのあるディアナにはわかってしまうようだ。


「ドライ、ここは女連れで来るとこじゃない」

「それは今日さんざん言われたっての」

「そう」


 フィーアはそのまま興味なさげにメアリーの店内へと入っていった。


「ドライ、あの人ってまさか鮮血鬼――」

「あいつはフィーアだ。ここではそれ以上でもそれ以下でもない」 

「……わかったわ」


 この場での詮索はしないという約束だ。

 そのことを言外に告げると、ディアナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて頷くのだった。

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