第19話 本物の予告状
「さて、事件も終わったし俺達も帰るか」
「そうね。結局ベオウルフも来なかったみたいだし」
「だねー」
俺達は顔を合わせて笑い合うと、その場を後にしようとした。
「お待ちくださいまし」
そんな俺達の後ろから声がかかる。
「ディアナ警部、ライアンさん、そしてアイちゃん。この度は本当にありがとうございました」
「あのままだったら私が犯人にされていました。何とお礼を言って良いか……」
二人とも深々と頭を下げる。そこには深い感謝の念が感じられた。
「ちょっとやめてよ。あんたが素直だと調子狂うっての!」
「いえ、あなたがこの事件現場にいらして本当に良かった。感謝してもしきれませんわ」
「あたしは警察官として当然のことをしただけよ。といっても、今回はライアンとアイちゃんの協力あってのものだけどね」
照れるディアナをロゼミは嬉しそうに見つめていた。その眼差しは長年の親友に向けるような温かいものだった。
「それにいつもベオウルフには逃げられちゃってんだから、今までの宝石の被害額に比べりゃ大したことないわよ」
「いえ、どんな高価な宝石よりも大切なものをあなたには守っていただきましたわ」
「お嬢様……」
ロゼミの言葉にインカさんは感激のあまり目を潤ませていた。
幼少期に母親を失っているロゼミからしたら、インカさんはどんな宝石よりも大切な家族なのだろう。
「それにしても、あなたは素敵な男性を見つけましたわね」
「え、えぇ……」
本当は恋人でも何でもないため、ディアナの表情が引き攣る。
「婚約指輪を購入予定とのことですし、結婚式の際はクロサイト財閥が総力を挙げてお祝いしますわ!」
「こ、心強いわね……」
どんどん外堀が埋まっていく。
果たして、ディアナはベオウルフの正体に辿り着く前に俺から離れられることはできるのだろうか。
「そんなことより! ベオウルフが来なくて残念よね!」
これ以上外堀が埋まるのを防ぎたかったディアナは、空気を変えようと露骨に話題を変える。
今回のベオウルフ騒動はセレーヌによる狂言だ。
しかし、勝手に名前を使われてキザで大胆不敵な怪盗が黙っているわけにはいかないだろう。
「いや、そうでもないみたいだぞ」
俺はロゼミの不自然に膨らんだポケットを指差す。
「ロゼミ、ポケットの中を見てみろよ」
「あら、何でしょう……こ、これは!?」
ロゼミのポケットに入っていた一枚のカード。それを見た途端にロゼミの顔色が変わった。
「べ、ベオウルフ様の予告状ですわ!?」
「えぇぇぇぇぇ!?」
ディアナとロゼミは悲鳴のような叫び声をあげる。
そう、今度こそ本物のベオウルフの予告状である。
銀の文字で書かれたメッセージを読み上げた。
「【この度は私の名前を騙られたことによってご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ない。お詫びと言っては何ですが、三日後あなたから三年前にいただいた〝月夜の雫〟をお返しいたします。怪盗ベオウルフ】って……」
彼女はそれを大事そうに握り締めると、頬を紅潮させる。
「どうしましょうどうしましょう!? ベオウルフ様から直々に宝石の返還の予告をされてしまいましたわ! ご自身には一切の非がないというのに、宝石を返してくださるなんて……なんて紳士的なんですの!」
ロゼミはうっとりとした表情で、ベオウルフへの想いを募らせている。瞳にはハートが浮かんでいるのではないかと錯覚するくらいの心酔っぷりである。
そんなロゼミとは対照的に、ディアナは顔を強張らせて考え込む。
「一体いつの間に……」
「おそらく事件を聞きつけて捜査二課の刑事か店員に化けて忍び込んだんだろうな」
「ったく、別人に成りすませる変装の達人ってのは厄介ね」
ディアナは悔しげに歯噛みをする。彼女からしてみれば、何としてでも捕まえたいベオウルフの存在そのものに気がつけなかったのだから悔しくて仕方がないのだろう。
「ねぇねぇ、そろそろ帰ろうよ」
アイが疲れたようにそう言ってくる。今回の事件で一番頭を使ってくれたのはアイだし無理もない。
「それじゃあ、俺達はこれでお暇させてもらう」
「また現場でね」
「ロゼミさん、インカさん! またねー!」
俺達はそれぞれ別れの挨拶を口にすると、その場を離れる。
「ええ、ごきげんよう」
「本当にお世話になりました」
再びロゼミとインカさんが深々と頭を下げる。
別れ際、俺は言い忘れていたことがあったため、振り返ってインカさんへと告げる。
「ああ、そうだ。インカさん、ご家族をこれからも大切になさってください」
「っ! あなたまさか……」
その言葉だけでインカさんは何かを感じ取ったのだろう。目を丸くしてこちらを見つめてくる。
「さてね」
俺は笑いながらそれだけ答えると踵を返した。
「ねぇ、さっきのどういうこと?」
「何、元々俺はインカさんのご主人から浮気調査の依頼を受けてたんだ。不安にさせないように釘を刺しただけだよ」
調査結果は白。いや、ある意味黒とも言えなくはないか。
「ま、どの道俺が受けていた依頼は浮気調査だ。あと俺がやることは調査結果からわかった真実を報告するだけだ」
「報告書作るの手伝うよー!」
「いつもありがとな」
「あんた、十歳の娘をどんだけ働かせる気なのよ……」
ディアナが呆れたような眼差しを送ってくるが気にしない。
口笛を吹きながら顔を逸らすと、そこには宝石店のショーウインドーがあり、俺達三人の姿が映っていた。
「ねぇねぇ、パパ! ママ! こうして見ると、私達三人とも本当の家族みたいだね!」
「えっ、どこが?」
アイの言葉にディアナは不思議そうな表情でショーウインドーに映った俺達の姿を眺めた。
髪の色も、瞳の色もバラバラだというのに、こいつは何を言っているのだろうか。
「だってほら! 髪の色も瞳の色もパパとママのを合わせたらアイの色になるもん!」
「絵具じゃないんだから……」
確かにディアナと俺の髪の色と瞳の色を混ぜればアイの色にはなる。
「遺伝子的にねぇよ。ったく、どんなとんでも遺伝だよ」
「にっひひ! 知ってる!」
「ホント、アイちゃんって自由よね……」
満面の笑みを浮かべるアイにディアナはため息をつく。
そんな風にワイワイと騒ぎながら俺達は帰路についた。
「あれは……」
大通りで見知った顔を見つける。
買い物帰りなのか紙袋を両手に抱えたエリィがいたのだ。
「あ、エリィさんだ」
「エリィさんって、ライアンが熱を上げてる噂の女性よね」
「そんなんじゃないっての」
エリィと過ごす時間はただの癒しだ。そこに恋愛感情はない。
「あー! ライアンさんにアイちゃんじゃないですか! それにこの間の警部さんも」
エリィはこっちに気がついたのか嬉しそうに駆け寄ってくる。
「こんばんは! こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
「だな。いつもは店で会うだけだし」
エリィが駆け寄ってきたことで、彼女からいつもと同じお菓子のような甘い匂いが漂ってくる。
「買い出しか?」
「はい、お店で作るケーキの材料が足りなくなっちゃったので買いに行ってたんです」
エリィは相変わらずよく働いているようだ。
最近はとくに働き過ぎて体を壊さないか心配なくらいである。
「あっ、急いでいるのでまた今度!」
自分が買い出しの途中だったことを思い出したエリィは慌てて走り出す。
「今度は三人で来店してくださいねー!」
一度足を止めて元気よく手を振ると、エリィは再び走り出した。
「明るくて良い子ね。何かライアンが癒されるってのもわかるわ」
「だろ?」
「アイも明るくていい子だよ!」
「初対面の女刑事に結婚詐欺を仕掛ける良い子がどこにいるんだよ」
「あはは……ホントにね」
ディアナが乾いた笑い声を上げる。
その後、事務所へと戻って俺とアイはディアナが夕食を作る横で報告書の作成に取り掛かるのであった。
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