神なき星で、君と死ぬために ー新約クトルゥフ神話、星辰終末決戦録ー

鈴木貫太朗

第1部 久遠 契とレブル(反逆の獣)

通学電車の中で


 朝の通勤ラッシュ。

 ギチギチに詰め込まれた電車の中には、汗と香水とコーヒーの混ざった匂いが漂っていた。


 少年は吊り革につかまりながら、窓の外に流れる灰色のビル群をぼんやりと見ていた。

 満員の車内でも、彼の周囲だけはわずかに空白がある。小柄で、目立たず、誰とも話さない――そんな空気を自然と纏っていた。




「やばくね? こないだの雪、マジで夏だったのにさ」

「しかも北海道だけじゃなくて、東京も降ったんだよ? エグいって」

「これガチで『あの組織』の仕業なんじゃね? 昨日もまた流星群あったっしょ?」




 斜め前に立つ若者二人組が、スマホの画面を見せ合いながら声を潜めつつ興奮気味に話している。

 画面にはSNSで拡散された、赤黒い空を流れる奇怪な光の筋――昨夜の流星群の動画。コメント欄には「第三次黙示録接近中」「NASAが隠蔽してる真実」など、陰謀論が並んでいた。


 近くの座席では、スーツ姿のサラリーマンが広げた新聞に目を走らせていた。

《WHO、新型精神疾患の国際対応を表明》《気象庁、観測史上初の“逆季節風”発表》《東京湾に謎のクレーター》

 無表情のままページをめくる彼の背後では、車内の小型モニターが流すニュース映像が無機質に光る。




「昨日未明、関東南部で突如発生した局地的な氷雨について、専門家は“前例のない気象”とコメント……」




 しかし、それらをまるで別世界の出来事のように受け流す人々もいた。

 イヤホンで音楽に没頭する女子高生。

 窓の外をじっと見つめ、微動だにしない老女。

 情報の奔流に晒されながらも、心を閉ざした者たちは変わらず朝を過ごしていた。



 少年は、何も言わず、ただ立っていた。

 この奇妙な世界の裂け目を、誰よりも早く感じ取っていたはずなのに――それを誰にも話せる相手はいなかった。


 胸の奥に、わずかな疼きがある。

 まるで、何かが“目を覚まそう”としているような、不穏な予感。

 この感覚が何を意味するのか、自分の中の何がそれに反応しているのか。

 彼自身が最も、それを知りたくなかった。



 窓に映る自分の顔を見ながら、少年はうっすらと息を吐いた。

 都会の喧騒の中、自分だけがまるで違う時を歩いている気がして――足元から現実がずれていくような、奇妙な孤独に囚われていた。


 次の駅で人の波が動き出し、契もまた、それに飲まれるようにホームへと足を踏み出した。

 東京の片隅、終わりの予感に包まれながら、今日という“日常”を演じるために。













 少年はまだ知らない。

 この静かな違和のすべてが、彼自身の存在と深く結びついていることを――。


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