第10話

 二月二十五日。春の訪れを告げるどころか、寒波の影響により真冬の朝に逆戻りしたかのような気温の朝だった。日頃の疲れが抜けきっていないままに朝を迎え、しまっておいた厚手のニットの上に冬物のコートを羽織り、いつもの鞄を肩にかけ、朝九時、咲佑は家を出た。


 玄関の扉を開けた途端に吹き付ける風。身体が縮こまるような寒さを感じた咲佑は、思わずコートのボタンを一番上まで留める。かじかむ手をポケットに詰め込み、その中でカイロを揉む。じんわりとした温かさを感じた。


 十時二十五分。正木は大きな手帳を脇に抱え、会議の準備に取り掛かる五人に話しかける。


「会議の前に、先に俺から伝えておきたいことがある」

「何?」

「こないだの電話のことでな」


音楽番組終わりに正木の元へかかってきた一本の電話。内容としては、五人最後のNATUralezaで何かファンに向けてのイベントができないかということだった。電話の相手は、NATUralezaが普段からお世話になっているイベンター。あの音楽番組を観て、即座にコンサートを運営することにしたらしい。時間的に厳しいこともあるかもしれないが、という条件付きだったが。そのことを納得したうえで、五人は手を叩いて歓んだ。


「まぁ、そういうことだから。会場は言ってくれたら向こうが手配してくれるみたいだし。とりあえず意見出して、簡単にまとめてくれればいいから」

「分かった」

「じゃあ、ちょっと仕事してくるから。あとは任せた」

「おう」


 スマホを操作しながら会議室を出て行く正木。扉が閉まった途端、五人は感情の赴くままに抱き合った。ただ、ふとした瞬間に我に返った五人。会議モードにスイッチを入れ直す。


 ボールペンを手先でくるくると器用に回しながら、「何か意見ある人いる?」と口を開く。字が綺麗だという理由で板書係に選任された桃凛は、ホワイトボードに、何やら線を引いていた。


「俺からいいっすか?」

「おっ、朱鳥。いいよ、何でも言って」

「まさっきぃの話によると、イベントする会場は決まってないんすよね?」

「うん。まぁ、大きいところは難しそうだけどな」

「だったら、デビューしてすぐに立たせてもらったサマイブはどうっすか? そこで咲佑くんの卒業式を開催するみたいな」

「学校の入学式と卒業式が同じ体育館で行われるのと一緒っていう感じですか?」

「そう! まさに夏生が言ったことが俺の言いたかったこと!」

「卒業式か、面白いな」


朱鳥の名案に唸る凉樹。ボールペンを回す手は動きを止めている。


 桃凛がホワイトボードに整った綺麗な字で書いていく。朱鳥が提案した会場に、現状誰も反対していない。むしろ好感触だった。卒業式というワードに。


「僕からもいいですかぁ?」

「いいよ、桃凛」

「会場はサマイブで全然いいんですけど、お客さんが入れるスペースも限られてると思うのでぇ、動画サイトとかで生配信するのはどうですかぁ?」

「生配信か、そんな考えなかったな」

「確かに。サマイブは入っても百人ぐらいだからな」


桃凛の思わぬ提案に、五人は頭をフル回転させる。が、なにも出てこない。


「アレだったら他のところにしますか? 俺から提案しておいてって感じっすけど」


朱鳥は申し訳なさそうに発言するも、凉樹が「待って」と掌を向ける。


「生配信できないか、まさっきぃに相談してみようぜ」

「え、まさっきぃに聞いて分かるんすか?」

「物は試しにだよ。今はほぼ白紙の状態なわけだし。最終的には向こうが決めてくれるけどさ、アイデアは多いほうがいいだろ?」

「そうですねぇ」

「ほんと、凉樹くんって行動が速いっすよね」

「まぁな」

「今回は否定しないんすね」

「もう否定することはやめた」


凉樹と朱鳥が繰り広げる会話はまるで漫才のようで、面白さから笑い合う五人。会議室は自ずとハッピーな空間になる。


 今まで何度も会議を重ねてきたが、今までとは明らかに違う空気で過ごせる。咲佑の脱退と新体制を発表した後なのだから、重たい雰囲気でなくなったのは当たり前のことだが、それとは別で、目の前に立ちはだかる壁を乗り越え、また新たな道を歩き出したからか、以前よりも居心地のよさを感じられるようになった。


五人の時間は永遠に続かない。時間は有限だ。だからこそ、今日よりも明日が良い日になるように全力で生きてやる。咲佑は自分で自分のことを鼓舞させた。

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