第2話

 四人は楽屋を後にして、仲良くエレベーターに乗り込む。朱鳥と桃凛は共通のゲームの話題で盛り上がる中、凉樹は浮かない顔をしている咲佑を、どこか不安な気持ちで見つめる。


「なぁ、咲佑。何か悩んでることあるだろ」


タクシー乗り場に向かう途中、隣を歩く凉樹が咲佑にしか聞こえない声量で問う。


「別に」

「嘘つけ。そうやって強がるの、よくないぜ?」

「・・・・・・」

「違うならいいけどさ、もし辛い思いしてるなら、どんなことでもいい。いつでもいい。俺に一番に相談しろよ」

「・・・、おう」


抱える悩み。それを伝えるのが、明日の咲佑に与えられた仕事でもあった。


 二十三になる歳でようやく気付いた、周りとの違い。気付いた当初、そのことについて、咲佑自身受け入れようとしなかった。相談したところで、きっと分かってもらえない。こんな自分を受け入れてくれる人なんて簡単にはいない。そんな思いから誰にも相談できずにいた。家族も、友達も、メンバーも、マネージャーも頼れない。頼れるのは、愛するBLだけ・・・。


 でも、そんな自分のことを咲佑自身、一番嫌っていた。今まで本当の思いを口にすることができなかったから、友達もできず、志望校も受験できず、ダメダメな人生を歩んできてしまった。そんな自分自身を変えたい。その一心で、咲佑は殻を破ると決意した。七月二十日、十七時に決戦を迎えると決めたのだった。


  *


 BLが好き。愛している。そう気づいたのは小学校五年生のときだった。当時の咲佑にとって、見てはいけないものを手で隠しながらも、興味本位で指の隙間から覗いてしまっているような、そんな刺激的ともいえる内容で繰り広げられるBL作品に、いつしか寝食を忘れるほどにのめり込んでいた。自分にはできないことをしている主人公たちに憧れ続けた十一年。本当の気持ちに、正直になるしかない。自分に似合う最高の男性あいてを見つけて、付き合って、作品以上の刺激的なことをして…。膨らむ妄想は止められない。止められるのは、殻を破った先にいる米村咲佑だけだ。


  *


 自動ドアが開く。その先には腕を車窓にかけ、客を待つ運転手とともに、黒く光るタクシーが待ち構えていた。


「じゃあな、咲佑」

「おう、また明日な、凉樹」

「朱鳥も、桃凛もお疲れ」

「お疲れ様です」


 凉樹を乗せたタクシーは、颯爽と咲佑と朱鳥、桃凛の前から通り過ぎていった。


「よし、俺らも帰るか」


咲佑が家のある方向を指差すと、桃凛は反対方向を指差した。


「僕、コンビニ寄って帰るんで、先に帰っちゃってください」

「そっか。じゃ、お先に」

「気を付けて帰ってこいよ、桃凛」

「はぁい」


朱鳥が桃凛の肩に手を置き、目配せする。何気ないこの瞬間すらも、咲佑にとっては煌めいて見えていた。



 咲佑と朱鳥は薄暗くなりかけの空の下を歩く。NATUralezaの五人は皆、同じマンションに住んでいる。デビュー当時は一人暮らしや実家暮らしなど、別々のところに住んでいたが、待ち合わせを楽にするためや、送迎時間を短縮するために、凉樹が住んでいる十二階建てのマンションへ越したのだった。

 

 引っ越して早三年。誰も文句を言うことなく、ずっと同じマンションに暮らしている。このままずっとメンバーの近くにいることが、咲佑の秘かなる願いでもあった。


「咲佑くんって、何でBLが好きになったんすか?」

「姉ちゃんが持ってた漫画をたまたま読んで、そっから一気にハマったんだよ」

「そうなんすね。まぁ俺にはBLの良さが理解できないっすけど」

「まぁ、そうだよな。でもさ、朱鳥も好きな漫画読んでるとき、ドキドキしたり、展開が気になって読み進めたりってこと、あるだろ?」

「そうっすね」

「それと一緒なんだよ。俺はBL漫画とかを読んでるとき、男同士の禁断の愛ってのにドキドキしたり、展開が気になって寝られなくなったりするんだ。そういうこと」

「なんか、面白いっすね」


朱鳥はどこかまだ咲佑のBL好きという一面を小馬鹿にしていた。でも、咲佑はそれが嫌だとは感じていなかった。むしろ、BL味があって好きだった。朱鳥は年上年下関係なくメンバーを揶揄うこともあるが、それは彼なりの接し方で、本当は誰よりも優しくて、気が利く一面を持つ。そんな表では見せないツンデレな部分に、咲佑は惹かれていた。


「俺、いつか咲佑くんみたいになりたいんです」

「え、どうして?」

「素面の状態じゃ言えないっすよ。明日、酒の力借りて言います。なんで今は―」


咲佑の耳元で朱鳥はこう呟いた。


「内緒、です」


朱鳥の唐突なる行為に赤らむ耳。心身の力は抜けていった。立ったままで、動けなかった。こんな経験、初めてだった。

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