第125話 預言書の解析
宝翔学園歴史研究室、そこは歴史資料を収めた広大な倉庫が本体なのでは?と学園内で噂される場所だった。
その一角に急造の壁で仕切られたスペースに歴史教師達の研究室があり、今はその中にキーボードを叩く音が響いている。
「うーん。この聖典旅団の
柊は室内に1人で居り、デュアルディスプレイに聖典旅団の預言書をそれぞれの画面に映し出している。
ブツブツと喋りながらキーボードを叩くクセは、思考がまとめやすいからだと同僚に伝えているので、理解してくれている筈だ・・・多分。
左画面には入手時のもの(オリジナル)のスクリーンショット、右画面にはそれから時間が経過した状態のもののスクリーンショットを見比べている。
「この預言の表記の範囲はこの街を中心にしている・・・推論ですがこの預言書は写本のようなもので、本物のオリジナルと違って機能が制限されていそうですね。この世界の全ての事象を表記出来ない可能性が高い、宝翔学園としてはそれで良いですが・・・預言書の探知範囲外の事は分からないので、飽くまでも指標の一つとして扱ってこれに拘るのは危険ですねぇ」
これは歴史上の教義などを書いた本が、その宗派の勢力を広げる時に写本となって同時に広まっていた事と同じに見える。
印刷技術が発達する前の写本は写す過程でミスが生じる事が多く、オリジナルから遠く離れたものは品質が劣ってしまう結果になる。
それは今回手に入れた預言書の記述の全てを信頼する事が出来ない・・・・という証拠でもある。
神代から預言書の分析を頼まれた柊は、この分析結果を伝えると同時に複数の預言書を手に入れる事を進言する予定だ。
「情報の入手ルートを多くして、それらの突き合わせで精度を高めるのは情報分析の基本ですからね。さてと、この情報をスタンドアロンの分析AIに読み込ませてみましょう」
キーとマウスを駆使して、自分で組み上げた分析AIの
これは歴史年表をシミュレートし、隠れた事実をあぶりだすために作られたAIをカスタマイズをしている。
プログレスバーが表示され、思考完了まで2時間以上かかる事が表示されたので柊は休憩をしようと立ち上がる。
目覚まし用に淹れたコーヒーカップを持った時、研究室のドアがノックされる。
「はい、どなたですか?」
「先生、水月でーす!」
「ああ、2人ともいらっしゃい。さ、入って下さい」
ドアを開けると、HSSの第2捜査隊のスナイパー部隊の水月姉妹がそこに居た。
警戒任務から帰って来たままの研究室に来たのだろう、装備を着けた状態で物々しい姿だ。
「はぁい」
「失礼します」
瑠華とレナはそれぞれの仕草で柊が差し示した応接セットのソファに座り、柊がその正面に座る。
「それで日向神社の様子はどうでした?協定について神代君達が今日のお昼に行きましたけど、何か変化はありましたか」
柊は日向神社を拠点に、警戒任務をしているこの2人に様子を探るように依頼をしていた。
元々は神人頭の加藤から、事あるごとにキツイ事を言われていた2人(主に瑠華)が柊に愚痴を言っていた事をきっかけにして、日向神社の様子を聞く事が多くなっていた。
「今日は加藤さんが何にも言って来なかったです!」
元気よく瑠華が笑顔で言い切る。
「詳細を言いますと、神人や戦巫女の方々の展開位置が神社から半径200メートル付近まで広がっています。その関係で、加藤さんや神社上層部がこちらに何かを言う余裕が無い感じですね」
言葉が足りない瑠華の説明をレナが補完する。
「その範囲を見ると、協定で日向神社の担当区域に近くなっていますね。どうやら協定を維持する方向になったようですね。ちゃんと行動が合っているのであれば良い事です」
「それと、先生に言われた宿坊の様子も見て来たよー。今日の時点では宿坊に、救急車が来たり大きな荷物の運び込みは無かったよー」
「そうですか、それは何より・・・。本当は味方を疑う真似はしたくないんですけどねえ」
ため息をついてコーヒーを一口飲む。
「夜の監視はどうしますか?私達は寮住まいなので、寮母さんに言えば外出許可は出ます」
「いいえ、君達は学生ですからきちんと休んで下さい。各所の監視カメラとドローンで監視を引き継ぎます。それに聖典旅団の危険な人員の投入を防げなかった警察もパトロールを強化しているので警察を信じましょう」
それに対して、大川町事件で警察の一部が聖典旅団に汚染されていた事を目の当たりにしていた水月姉妹の表情は疑念に彩られている。
「それは彼らを信じましょう、こちらで何でもやれると思われたら無茶な要求をしてくると思いますよ」
苦笑しながら柊が答える。
「・・・分かりました。それで今回のサロメという聖典旅団の構成員は姉さまと同じような対物ライフルを使っているようですね。あと
通常、戦闘後の情報は本部経由で隊員に渡されるが、サロメと楓の戦闘跡の分析に出たのは柊だったため、瑠華とレナは早く情報が欲しいのだろう。
「そうですね・・・それじゃあ」
柊は2人の意思を汲み取って分かっている事を説明する、10分ほど説明をし終わると水月姉妹の表情が厳しくなっている。
「対物ライフルのゲパード系の立射、それも連射ですか・・・。姉様は魔法の補助があってやっとやれますよね?」
「そうねー。ま、根性で10連射は出来るよっ!」
「そこは張り合わないで下さい。前にミノタウルスの群れにそれをやって、柚月先生の回復魔法を使ってもらった事を忘れたんですか?」
「ううー。レナちゃんのいけずぅ」
「はあ。それで先生、50ミリ弾を如月のお兄さんが刀で防いだんですって?本人は無事だったんですか?」
「ええ、怪我はしましたが美冬さんの魔法で回復済みのようですよ。硬化の魔法を併用して被弾傾斜の要領で防いだようです」
「それは、普通の魔剣使いで簡単に出来る事じゃないですよね?」
「そうですね、学校への届け出には彼の使う闇切丸は、Cランクの普通の魔剣として登録されています。彼自身も戦闘経験豊富ですけど魔剣士としては普通だったはずですね」
「大川町事件では、胆力を見ても普通のブレイカーでは無いと思ったんですけど。学園の危険要因にならないか心配ですね」
レナが口元に指を当てて考え込む。
「あたしは気にしないで良いと思うなー。あの事件の時、最初の犠牲者の遺体を見つけて運ぼうとしていたんでしょ?」
「そうですが、それだけで信じるのは根拠薄弱では?」
「日本のほとんどの地域で、忌み嫌われるエルフの遺体を危険を冒しながら汚れも気にせず回収をする人よ?聖典旅団に対してならともかく、この学園に悪い事をする人はそんな事できないじゃない?」
久しぶりに3行近いセリフを言う瑠華の様子に、レナが目を丸くし苦笑する。
「姉さま何か悪い物を食べました?」
「なによう!」
両手をぶんぶんする姿は中学生に相応しいのか、それとも幼すぎなのかが判断に困るところだ。
「ごめんなさい。姉さまの言う通りですね、そもそもエルフを迫害する人はそんな事はしないですね。それで先生、私達は例の作戦に参加しませんけど良かったんですか?」
レナがまだぷくぷくと怒っている瑠華を放置して、話題を切り替える。
「ええ、今回はインドア戦を想定しているので長距離攻撃は不必要と見ています。もし逃亡する連中が居れば、警察とブレイカーギルドに追ってもらえるように手配しています。それに、岩戸市の防衛もやる必要があるので、あなた達までを使う必要は無いと判断しました。当日は日向神社をしっかりと守って下さい」
「・・・ふう、わかりました。私達が本気を出す事態にならないように、目を光らせておきますね」
そう言い置いて、レナと瑠華が立ち上がる。
「重要な情報ありがとうございます。それでは失礼します」
「ええ。神社の情報をありがとうございました」
パタン、と瑠華とレナが廊下に出てHSS本部へ向けて歩いて行く。
窓から強い夕日が入り、2人の影をくっきりと床と壁に映し出していた。
「ねえレナちゃん、今度は如月の皆さんが居ない状態でコトに当たりそうね?」
「そうかもですね。どうしましたか?」
「ちょっと心配なのよ、レナちゃんは、本気を出す事は無いようにね?あたしもそうしたくないからねー?」
そう問われたレナは無言で表情は影に隠れて伺えない、そして2人の影の背中に翼のような形状が生じて行く。
「大丈夫ですよ。私と姉さまが戦う事は、貴女が本当の姉さまと分かってからで遅くないですから」
ギシギシと周囲の空気が軋んでいる音を立てている、そして瑠華はそれに全く反応せず、微笑みを浮かべてレナを見つめている。
「このクロッシングポイントの世界で、真実を見つけるまではそれはお預けです。あの如月さん達がヒントになりそうなので、個人的に見守る事は止めないですよ」
「そう、なら安心ね!」
不意にパンッ!と瑠華が両手を打ち鳴らす。
すると、周囲の軋みも2人の影の異変も消えてしまう。
「じゃ、本部に帰りましょ?今日は文句言われなかったから報告書が楽だよー」
そうレナの前を歩く瑠華に分からないように、レナは一瞬歪んだ憎しみの表情を向ける。
「ふぅ・・・」
ため息をつき瑠華の後を追うレナの背後に、白と黒の羽根が廊下に散って消滅していった。
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