第16話 予想外の仕様
昼休み中の、精霊殻整備ドック裏。
「……貴方、私の幼馴染にいったいどんな洗脳を施しましたの!?」
鋭い視線とともに俺を詰問する、隈本御三家のお嬢様。
隣に控える従者さんからも剣呑な雰囲気が漂っていて、その本気度がうかがえる。
まさしく、一触即発――!
(――いやいやいや待って。待ってくれ。話が違う!)
俺は彼女と仲良くなるためにここに来たんだ。
これじゃ友好的な関係どころじゃない。
まかり間違っても御三家と完全に敵対なんてしてしまったら、マジで真っ当な方法で学校生活が送れなくなる!
どうしてこうなった案件だ!
(鍵になってるのは佐々君との関係か? でも佐々君を洗脳? 俺が? なんで?)
確かに最近の佐々君は、何かと俺に絡んでくるようになった。
漢と漢の取り決めを交わしたあの日から、彼は俺が孤立しないように振る舞ってくれている。
だがこの関係はあくまで、佐々家嫡男である彼の矜持に拠るところが大きい。
“教育の佐々”にして“肥後もっこす”たる佐々君らしい気遣いを、俺はありがたく受け取っているだけなのだ。
そんな彼に俺ができることは、精々が鍛え上げて死ににくくすることくらいだ。
だからこれからも一緒に訓練しようね、佐々君!
俺にはキミが必要だ!
(佐々君には感謝こそすれ、小細工かまして洗脳なんてやらかすか? ないない、まずありえな――いや、待てよ?)
思考をめぐらすその先で、ふと、背筋をひやりとした感覚が襲う。
(まさか……“フェス”か!?)
俺には一つ、思い当たる節があった。
※ ※ ※
(ゲーム版の仕様に、話しかけ、いろいろなお誘いや提案をすることで、相手に対する自分への好感値を変化させるってシステムがある。確かに、ある!)
それは、
(一緒に訓練したりお昼を食べたり、あれこれ質問したりデートに誘ったり、果ては悪口言ったり喧嘩したりと、様々な“提案”コマンドを駆使して好感値を操り、多種多様な人間関係を構築する。それらの管理・運営を行っているプログラムを、公式がそう呼んでいた)
その名も――『
通称『
(表情一つで提案の成功率が変化する。相手のその日の気分によって、同じ問いでも内容が変わる。相手の性格や自分との関係性、戦況や時間帯、様々な要素を加味しつつ的確な提案を重ねることで、望む人間関係を構築していく。複雑で、そして奥深いやりこみ要素だった)
FESはゲーム中、プレイヤー以外のキャラ達も、AI操作で自由に駆使し合っている。
その結果プレイする度に違う人間関係が築き上げられ、世界はその色を変える。
FESによって、一つとして全く同じ周回プレイにはならない。
これこそが、HVVを神ゲーたらしめる要因の一つなのだと俺は断言する。
(上手な提案をする者、軍学校を制す。公式が残した名言だ)
そんなFESの仕様を理解した、超級のやりこみプレイヤーともなれば。
(大っ嫌いなあん畜生を運命の絆と呼べる間柄まで、あるいはその逆、ラブラブ全開な恋人を不倶戴天の敵にまで、一日もあれば変えられる。変えてしまえる)
そう、それこそまるで。
洗脳でもしてんじゃねぇのかってツッコミが入るような変化すら、起こせてしまうのだ。
「申し開きはございませんの? であればやはり、貴方は千代麿を」
「待ってくれ」
「!?」
「今、とても大切なことを考えている……!」
「大切な? 上手な言い訳でも考えていらっしゃるんですの?」
「違う。とにかく邪魔をするな」
「なっ! 無礼千万ですわ!」
「お嬢様いけません。奴に、隙はありません。それに奴は、得体が知れない……!」
「! くっ……!」
(だが待って欲しい。今日まで俺は、あくまで彼に付き合う形でしか関係を持っていないんだ。自分から働きかけて佐々君の好感値を稼いだ覚えなんて……ハッ!)
ここで俺は思い出す。
(まさか、まさか……そういうことなのか!?)
FESが持つ、あまりにも恐ろしい仕様。
日々変わりゆく人間関係を彩る、心の移り変わりを演出するこの神システムが持つ、罠。
それは。
(――提案される側がそれを断ったとしても、誘った側の好感値は上がる!)
つまり、どういう事かというと。
“積極的に声かけるってことは、お前その子のこと好きなんだろ?”
って話だ。
現実の人間関係にはもっといろいろな要素が絡んでくるが、ゲーム的にはそうなっていた。
この仕様を知らないで他人にあれやこれやと提案しまくると、自分の相手に対する好感値が爆上がりして、知らないあいだに一方的に惚れ込んでる状態になったりする。
(初心者はよくこれをやらかして、気づけばみんなにいい顔をする八方美人状態になるんだよな)
もちろんバレると評価は下がるし、その逆で好かれすぎると厄介なイベントが発生したりもする。
決して一筋縄ではいかない、厄介で、愛すべき悪魔の仕様なのだ。
(このところの佐々君は、毎朝俺を訓練に誘い昼飯に誘い、休み時間にはあれこれ質問してきたり、放課後は仕事について相談してきて、それが終われば途中まで一緒に帰ろうとか誘ってきたりもしていた……)
気づいた。
気づいてしまった。
(佐々君の俺に対する好感値。間違いなく爆上がりしてるなこれーーーーっっ!!)
そりゃ挙動がおかしくもなるし、幼馴染の天常さんなら不審に思うわ!
原因究明! QED!
ゲーム的な仕様のバグで、佐々君が俺に対して洗脳まがいの好感値上昇を起こしたのね!?
ごめんね佐々君! 俺キミを洗脳してたわ!!
※ ※ ※
(で。わかったところで、どうする……?)
さすがにFESの仕様がしっかり機能してたんで佐々君がバグりましたとは言えない。
あくまでこのシステムはゲーム的な都合で用意された物であって、この世界の設定や、現実性に関わる物じゃなかったはずなのだ。
っていうか、母さん使ってFESに関わる魅力値の検証した時はこんな事なかったのに、なんで!? どうしてこうなった!?
(素直に天常さんに説明したところで理解しちゃもらえないし、起こってしまったことをセーブ&ロードでなかったことになんてできない)
この世界はゲームじゃない。
少なくとも今日まで生きてきた5年間は、間違いなく俺の過ごした現実だと思ってる。
マイフェアレディ黒川めばえちゃんが生きるこの世界に、俺も生きているって信じてるんだ。
「時間稼ぎは終わりまして? であれば、そろそろご返答を頂きたいですわ。もちろん返答次第では、ただでは済ませませんわよ!」
「……!」
悠長なシンキングタイムはもう貰えない。
思わぬところで訪れた窮地に、俺の頬を冷や汗が流れ落ちる。
(それでも考えろ、考えろ、考えろ! この状況を突破し、後々に繋ぎ友好関係を結ぶ逆転の手を!)
不穏な気配を高める天常さんとその従者さんに、俺も身を屈めて相対しつつ。
必死の思いで知恵を絞って、思考を巡らせる。
(前世の俺に出来なくても、今世の俺なら出来る! 俺の知力は……1500オーバーだ!)
そして。
(――そうだ!)
舞い降りた一瞬の閃き。
俺は、起死回生の一手を口にした。
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