14.騒動の結末

 翌日はキャンパスチームの巡回だったので、ホクトが夜まで居残っていた。

 ホクトは自分から図々しい態度はとらないが、居れば必ずシノさんが夕食に招くし、ホクトが夕餉に招かれると必ずエビセンもそこに参加してくるようになっていて、更に今はエビセンがコッチに来てしまうと、一人で部屋にいたくないコグマまでくっついてくる。

 ことココに至れば、エビセンとホクトは敬一クンに気があって、競り合ってることくらいだれにでもワカルから(と言っても一番肝心な相手は全然ワカッテナイようだが)、俺にはエビセンの目つきもホクトの変さも他人事となって、一緒にいても前ほど消耗しなくなった。

 キャンパスチームの三人はだれも幽霊に動じてないし、体力にも自信ありげな体育会系の若者揃いだし、何があっても対処出来るだろう。

 そう期待していた。

 期待通りに三人は、八時から十二時までの間、一時間ごとに階段を上から下まで見回ってくれた。

 だが、何事も起きなかった。

 そしてとうとう今夜は、マエストロチームの巡回当番になってしまった。

 シノさんの家のリビングで夕食後のコーヒーを飲みながら、俺は心の底から、どうして前日のチームの時に出てくれないんだ幽霊!! と思っていた。

 たぶんコグマも思ってるだろう。


「んじゃケイちゃん、そろそろ見回ってくら〜」


 と言ってシノさんが立ち上がった時、俺もコグマも処刑台に連れて行かれる死刑囚みたいになっていた。

 すると俺らの使ったカップを盆に集めていた敬一クンが、ふと思い出したように言った。


「そういえば兄さん、昨日俺達が巡回した時、二階の踊り場のところでゴキブリが出ました」

「うええええ!」

「大丈夫、それは海老坂が退治しました。でもまた出るかもしれないから、驚いて階段踏み外したりしないように気をつけて」


 今の今まで鼻歌まじりだったシノさんが、急に尻込みをしてしゃがみ込む。


「うええええ! ヤダヤダヤダ! 行きたくなーい!」

「兄さん、大丈夫だから。ほら、多聞さんに殺虫剤持ってもらいますから」

「ううう…、じゃあレン、オマエ先頭行け! そんでGが出たら、速攻でぶっ殺せ! コグマは俺の前で、G避けの盾になっとれ!」


 そう言って、俺とコグマを前に押し出した。

 幽霊は鼻で笑い飛ばせるシノさんだが、虫類全般には非常に弱く、特にゴキブリは "ゴキブリ" と口に出すのも避けてるし、絵に描いてあるのすら怖気て逃げる。

 だから殺虫剤もボトルの絵を嫌がって、自分では絶対に持たないし、使えないのだ。

 悪気のない敬一クンのお陰で、マエストロチームは最悪のフォーメーションとなり、俺らはそれぞれの理由でおっかなビックリ部屋を出た。

 そして五階から下へりて行ったのだが、何しろガクブルになってるので、膝なんかもうカクカクで、階段を数段りるだけでも死にそうだった。

 だけど俺は、階段をり始めた途端にまたしても、先日と同じ違和感を覚えてしまったのだ。

 ココロの中で「ナイナイナイ! アリエナイ!」と唱えていても、無意識のうちに目がエレベーターシャフトの中を確かめてしまい、四階にボックスが止まっていることを再確認してしまう。

 更に、カクカクの膝でそろそろと五階と四階の間の踊り場までりてきたところで、四階の踊り場になんだか判らない、白っぽいモノがスゥ〜と動いているのを見てしまった。

 瞬間、俺は悲鳴も出せず、凍りついて動けなくなった。


「なんだっ、Gか! 早く殺るんじゃーっ!!」


 言いながらシノさんが、たぶんコグマの背中をド突き飛ばしたのだろう。

 ムッキムキで俺の倍ほど幅広でデカいコグマに全力でのしかかられ、手に殺虫剤の缶とハエ叩きを握っていた俺はエレベーターシャフトの金属枠すら掴むことが出来ずに、重力に引っ張られた。


「うわーーーーー!!」

「しぬーーーーー!!」


 またもや美観のカケラもない男の悲鳴二重奏となって、五階と四階の間にある踊り場から四階のホールまでのコンクリ階段を、ドドッと雪崩落ちた。

 そこらじゅうをメッチャぶつけまくり、コグマに潰されて息も出来ない。

 がしかし、人間そんなことじゃ死にも気絶もしなくって、ただ死ぬほど痛かっただけだ。

 そして呻きながら目を上げると、なんと白っぽいオバケがすぐ目の前に立っている。


「ぎゃーーーーー!! 出たーーーーー!!」


 コグマに潰されて息も出来ないはずなのに、それはもう火事場のナントカで、俺は声の限りに叫んでいた。


「一体何の騒ぎだね! このアパートの住人は、どうして皆叫んでばかりいるのかね!」


 俺の悲鳴をビシっと遮り、軍人みたいな命令口調の知らない声に叱り飛ばされた。


「あれ〜、セイちゃん? いつの間に戻ってたんだ?」


 急に通常モードに戻ったシノさんの声に、俺は恐る恐る瞼を開いた。

 目のマエには、白っぽいスラックスを履いた足があり、その上には腰に手を当てたウルトラマンポーズの見知らぬ男が、俺を見下ろしながら睨み付けている。


「まだ、戻ってはいない。それよりも、なぜ階段の上から人間が二人も雪崩れ落ちてきたのか、説明をしてもらいたい」

「ユーレーが出るってコイツらがゆーから、自警してたんだヨ」


 シノさんはガクブルになって丸まってるコグマと、同じくらいガクブルになって潰れている俺を見て、それから正面の真っ白な詰襟を着た、海軍の将校みたいな男に視線を当てた。


「どーやら、ユーレーの正体見たり…ってオチだな」


 そう言って、ニヒヒと笑った。

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