5.イケメン王子
「あの、すみません」
不意に声を掛けられて、俺は何も考えずに頭を上げながら、後方に振り返ろうとして、目の前に星が飛ぶ。
「ってぇ〜…」
うずくまって配線作業をしているうちに、自分が机の下に潜り込んでいることをうっかり忘れ、後頭部をイヤってほど机にぶつけたのだ。
「すみません、急に声掛けちゃって。大丈夫ですか?」
目を開けるとイマドキのイケメン俳優みたいな若い男が、心配そうに俺を覗き込んでいる。
「ああ、ええ、ダイジョーブ…。ええっと、今日はカフェは休みですよ」
どう見てもロックのアナログレコード目当ての客…って感じはしなかったので、俺はそう答えた。
MAESTRO神楽坂を営業していても、マエストロ神楽坂を閉めているのは毎度のことで、カフェ目当ての客が
「いえ、
イケメンは立ち上がろうとする俺に手を貸しながら、用件を述べた。
口調は礼儀正しく、爽やかな笑顔が少女マンガの王子様みたいにピタッとハマっていて、まさに白い歯がキラリンと光りそうだ。
イケメン王子は、ポケットからきちんと折りたたまれたメモを取り出すと、俺に差し出してくる。
「スマホの地図アプリを見ながら来たんですが、なんだか私道みたいなほうに案内されちゃって…」
「この辺は路地が入り組んでますから、地図アプリもあんまりアテにはならないんですよ」
差し出されたメモの住所を見たら、イケメンの持っているスマホの地図を見るまでもなく、俺には場所が判った。
「ああ、このマンションなら、この道であってます。このまま登って行って大丈夫ですよ」
「ええっ? だってこの先って、なんかアパート? の私道みたいでしたけど?」
「あれ、公道なんで。そのまま進むと、マンションの裏側に出ますよ」
「裏? じゃあ俺、やっぱり道を間違えたのかな? メトロの東西線で行けと言われたんですが…」
「東西線でこの道なら、あのマンションの最短ルートです。初めてのヒトは戸惑うような、ほっそい路地ですけどね」
「そうですか。分かりました、ご丁寧にありがとうございます」
イケメン王子は礼儀正しく俺に会釈して、急勾配の坂道をキビキビとした軽快な足取りで登って行った。
なんとなくどこかで見知った態度に似てる気もしたけど、俺にはあんなイケメン王子の知り合いは居ない。
ぶつけた頭を擦りながら、なんとなく時計を見たらもう昼を過ぎていた。
作業に集中してると、時間が経つのが早い。
時間を認識したら腹が減っているような気がしてきたので、俺はその場を適当に片付けて、昼メシを食うことにした。
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