第15話【赤き決闘者】
エディアルト法王国の地を踏んだ3人の前に見覚えのあるゴーレム馬車が停車しており、声が上がる。
「ミュルタレ様!」
「おぉ、ノブハーツよ、
「はい、ヴィルヘルミナ様のもとでご指導を頂いております! コーネリア様、オリヴァー様、少々お待ち下さい!すぐに運びます!」
「ノブハーツ君、大丈夫よ!これだけですから」
「僕も大丈夫だよ!」
ゴーレム馬車は法王国の宮廷指南役の二人の元へ向かう前に教会の下宿先へと向かっていた。
車中でコーネリアはノブハーツに感謝していた。
「ありがとう、ノブハーツ君、先にあの子の所へ寄ってくれて助かるわ」
「いえ、コーネリア様、待ち合わせの場所は丁度ヴィルヘルミナ様の元へ向かう途上でございますので……」
「途上と言っても今の
コーネリアの心配事にミュルタレはあっけらかに答え、ノブハーツを見据えていた。
「コーネリアよ、アヤツのことなら待たせておけばよいのじゃ、どうせ昼寝でもしておろうに、ノブハーツよ随分と
隠していた疲労を見抜かれたノブハーツは肺から息を漏らしてぐったりと体勢を崩し、座席に体を埋めるように座り込むと馬型ゴーレム2頭を見つめていた。
「ミュルタレ様には敵いません……、ファリスとマレンゴの2頭にはルートを指示しましたので目的地まで向かってくれるはずです……」
ノブハーツが照れながらも隠していた疲労からかすぐに寝入ってしまうとミュルタレは馬車の窓のカーテンを閉めてノブハーツが被っていた帽子を外し優しく頭を撫でていた。
「(相変わらず無理をしおってからに……)」
馬型ゴーレムのファリスとマレンゴは教会を避けるように馭者無き馬車を広場へと引いていった。
教皇選挙ことエレッチオの後、ゴーレムへの視線や風当たりは徐々に厳しいものへと変わり、教会関係の施設の付近をゴーレム馬車で通るのは
迂回路に不慣れなファリスとマレンゴの2頭は戸惑いながらも進み、広場に着いたときには既に空が茜色に染まり始めていた。 そして、広場には遠くから夕刻を知らせる鐘の音が鳴り響いており、オリヴァーとコーネリアは二手に別れてエリックを探し始めようとしていた。
「すまぬ、コーネリア、オリヴァーよ
此処ではあまり長居が出来ぬ故に広場より一度離れる」
ミュルタレは夕暮れの光に照らされながら二人に語った。
「ミュルタレ様、お気になさらないで下さい、エリックちゃんは約束を守る子です
ちゃんと会えますから」
「ミュルタレ様、また明日の昼よろしくお願いします」
「そうか
では明日の昼盛りに広場で待っているぞ」
こうしてコーネリアとオリヴァーはゴーレム馬車を見送ると広場へ向かい、二手に分かれてエリックを探し始めた。
広場には中央に大きな泉があり、ドーナツ状だったので二人は互いに反対周り回っていった。
すると、オリヴァーの視界には人集りができ、野次馬の大衆が騒ぐさまを見つけた。
「ハハハ、頑張れよ坊主!」、「お前さんはどっちだと思うよ」、「そりゃ、騎士様だろうさ、坊主には勝ち目がねぇよ」、「じゃあ、オレは大穴狙いで坊主に掛けるぜ」
「(もしかするとあの
小柄なオリヴァーは人集りをすり抜けるようにかき分けていくと人集りの中央は大きく開けており、開けた空間には2人の騎士と2人の少年少女が向かい合っていた。 二人の騎士たちは共に鎧と剣を備え琥珀色の肌に髭を蓄えたドワーフ族のガタイのいい男たちで、方や少年少女の方は二人共質素な服装をしていた。
少年は細身でマフラーを首に巻き、燃え盛る炎のように赤い髪に神秘的な虹色の瞳が対面する騎士のうちの一人を睨みつけ、少女は少年を引き留めようと少年の袖を引っ張りながら首を振り、濃紺色のショートカットの髪が乱れていた。
オリヴァーは大衆を掻き分けたことでやっと当事者たちの対話が聞き取れるようになっていた
「シグルズ!駄目よ!相手は2人、それもドワーフの騎士なのよ!決闘なんて駄目よ!」
「うるせぇよ、アイラ!! あいつらお前の売り物を滅茶苦茶にしやがっても謝りもしねぇ!! ボコらねぇと気が済まねぇや!」
シグルズと呼ばれた少年は完全に頭に血がのぼり、騎士の足元でひっくり返った籠と散らばった野草を見ては騎士の内の一人を睨んでいた。
シグルズに睨みつけられていた騎士も売り言葉に買い言葉で激怒し、怒鳴る。
「小僧! 貴様のような身分で決闘を口にするなど身の程を弁えよ! 問答無用で切り捨ててくれるわ!」
そんな剣幕をまくし立てる怒声をものともしないシグルズは小馬鹿にする様に騎士の一人を嘲った。
「へぇ!騎士様は雁首揃わねぇとタイマンもできねぇ腰抜けかよ!」
「小僧!きさま!」
このやり取りに騎士の仲間のうち一人が怒り狂う騎士に口を挟む。
「おい、バルティマイ、観衆がいる、ガキ相手に無闇に斬り殺しては騎士の名が廃るぞ 」
「……だが、ザアカイ……!」
怒り狂う騎士ことバルティマイは何かを言い返そうとするがザアカイと呼ばれた騎士は喋り続けた。
「何、やっこさんが望む通り決闘でもやってやればいいさ、貧乏な痩せっぽちのガキに勝ち目なんざねぇよ……、それにこいつもある」
バルティマイはザアカイの手元にあるものを覗いて冷静さを取り戻してシグルズを見据えた。
そして、ザアカイはシグルズに問いかける。
「おい坊主、今回の決闘はそこのお嬢ちゃんと俺達の問題だよな? 決闘を行うならお嬢ちゃんが闘うか、坊主が決闘代理人になるのが筋だろう?」
「ダメよ!シグルズ!いいの、やめて!」
「良くねぇだろ! この横暴を許したらお前は一生この広場でまともな商売が出来なくなっちまう!」
アイラは必死にシグルズを止めようとするが頭に血が登った彼を引き止めることは叶わなかった。
「いいぜ!、オレは決闘代理人で構わないぜ! 」
「小僧、良いだろう! 貴様の申し出を受けてやろう……! 得物はどうするつもりだ」
「へっ、コイツで十分だ、後悔すんじゃねぇぞ!」
そう啖呵を切った赤き決闘者は自身の背丈の倍はあろう長い木の棒を握りしめ、手慣れたように振り回し、棒の先端をバルティマイに向けて構えた。
この様に始まったばかりの決闘の外野は騒然となった。 この光景を傍から見れば片や鎧に魔青銅の剣を携えた屈強なドワーフの騎士、もう片や貧素な衣類に金具すら無い木の棒を構えた痩せた赤髪の少年の決闘……、あまりにも一方的な光景に野次馬は騒ぎはじめていった。
「棒切で戦うのかい? こりゃ、騎士様の勝ち確定かよ……」、「可哀想にあの子、決闘代理人が負けたら腕を失うのよ……」、「あの赤髪、昔の剣闘士達を思い出すがガキじゃな……」
シグルズが貧相な装備で決闘に臨もうとする様を見てバルティマイは吠えるように再び激昂した。
「貴様……、ふざけておるのか! ええい、斬り伏せてくれるわ!」
「隙だらけのテメェなんざコレで十分だって言ってんだよ!」
『決闘』は元来古代ドワーフ族の文化として各国に流入した風習であり、自身の正義を神の意志に託す神明裁判の一種だった。 「神は正しい行いに加護を与える」という考えから公的な裁判が未整備の世界では決闘が裁判のような意味合いを持ち、人が人と接する数だけ生み出す人的トラブルや問題を根本的に解決せずとも事態を治め、ケリを付けていた。
この決闘という文化は司法や裁判制度が整った環境が当たり前の現代的な感性から見ればそれはただの荒々しい蛮行であり、暴力によって問題を抑圧しケリを付けるような行為は卑下されるべきものではあった。
しかし、「暴力が世の中の数多くの問題にケリをつけている」という事象はあらゆる世界の人類社会に刻まれた目の背けようもない歴史的事実であり、決闘はその縮図と言えた。
そして、この自助救済の極致のような荒々しい風習は女子供老人の様な弱者にも牙を向き、歴史を経る毎に直接的な暴力以外の解決手段として『金銭を払うことによる示談』や『決闘代理人を雇う』といったことが認められていった。
この『決闘代理人』は現代で言えば代価をもって雇われ、雇い主の被告人の正義を守る弁護士のような役割を持ち、白兵戦の技術を要する専業的な職種として帝国の時代に奴隷として剣闘士を務めていた者達やその家系に連なる者達が大半を占めていた。
そして、帝国の時代が過ぎ去ったこの時代においてこの『決闘代理人』は飽くまでも決闘における役割を指す言葉でしかなく、誰もが望めばなることができ、資格などは求められなかった。
かくして衆目の目前で茜色の空の下、両者の問題にケリをつけるべく決闘は始まった。
開始と同時に先行して斬りかかったのはバルティマイであり、身体能力の違いを見せつけるように一気に踏み込み力の込めた一撃を振り下ろした。 ドワーフ族の男性、それも騎士を務める屈強なドワーフの一撃は防具越しであっても人間の成人男性を切り飛ばすには十分な威力を秘めていたが、シグルズは最小限の動きで躱しながらバルティマイの足元を払うように棒を下段に突き出して踏み込みを抑えていた。 踏み込みが浅く間合いが思うように取れないバルティマイは決定打を打ち込めずにイライラを募らせていった。
「(コイツ!偉そうなことをのたまって逃げの一手ではないか!ザアカイの奥の手を使うまでもないわ! 一気に真っ向から斬り捨ててやろうと思ったが止めじゃ)」
バルティマイは重い一撃による早期決着からフェイントを混ぜながら手数で攻める搦手で勝負を決めようと戦い方を切り替えた。 この時、心なしかシグルズは微笑を浮かべているようだった。
赤髪のシグルズは虹色の瞳を輝かせながらバルティマイを鋭く睨み、剣の腹を的確に弾くことでフェイント混じりの連撃を捌いていた。
「(バカな……、この連撃を見切るだと……! まるで打ち込む前から読まれているようだ!)」
バルティマイは驚愕していた。 馬鹿正直に真っ向から斬りかかる構えが見切られ、妨害されるのは予想の範疇内と言えたがフェイント混じりの連撃まで見切られることまでは想定してはいなかった。
しかも、幼い相手は木の棒で戦っているにも関わらず、手に持った棒にすら斬撃が掠りもしない。 そんな状況に立会いをしていたザアカイは危機感を覚え始め、決闘が始まる前から握りしめていたモノにひっそりと魔力を込め始めていくと群衆の中から視線を感じた。
「(バルティマイのヤツめ、ガキ相手に手こずりやがって……、まだ少々明るいが仕方がない……、なんだあの小僧は?)」
バルティマイとシグルズが決闘を始めた頃、その行く末に注目する群衆のなかでオリヴァーは本来の目的を忘れて、赤毛の少年シグルズの技量に驚嘆し見入っていた。 母コーネリアの指南で戦闘技術を磨いていたオリヴァーは眼の前で闘う赤毛のシグルズの体捌きが荒削りでありながらも天賦の才で相手の隙や体幹を瞬時に見抜きながらフェイントを見切ることで斬撃を捌いていることを悟った。
そんな激闘が演じられている傍らでオリヴァーの胸に下げられた金色のペンダントの刻印に光が帯び始め、変化に気づいたオリヴァーはすかさず防寒ローブを避けて手に取った。
「ミュルタレ様のペンダントが光っている……、アンデットを見つけたのか? ……町中で!! (じゃあ、どこに!!)」
ペンダントは首紐で垂らされると僅かにゆったりと振れ始め、ペンダントの表面と振れは一定の方向を向いていた。 そして、オリヴァーはペンダントの振れた方向へ集中すると魔力を感じ取れた。 それは一般大衆にとって気が付き難いほど微量にして仄かだったがオリヴァーにとって馴染みのあるものだったので鋭敏に気付くことが出来た。
「(何だろう、この魔力の感じは……、”死霊魔導”?)」
仄かに魔力が感じられる方向を向くとドワーフの騎士の立会人ことザアカイが人目を憚るようにひっそりと魔力を込め始めている様を見つけたのだった。
更にオリヴァーがザアカイの手元に目を凝らして集中して見ると手元が揺らめき死霊魔導が行使され始め、遠目では透明で見え難い霊体を出現させていた。
「(卑怯だな……
除霊術用の剣は無いけど……)」
そんな中、視線に感づいたザアカイはオリヴァーと目が合ったのだが、幼いオリヴァーの視線を無視するように死霊魔導で顕現させた霊体を決闘中のシグルズにけしかけた。
この霊体は『レイス』と呼ばれるアンデットの一種であり、半透明な幽霊のような存在だった。 レイスの力は弱く生きた人間を取り殺すような能力もポルターガイストを起こすような膂力もない低級なアンデットであり、放置すれば害なく自然消滅するほど脆弱な存在だった。
しかし、そんな脆弱なアンデットであるレイスでも人の体感へ多少なりとも影響を与えることができ、五感やバランス感覚を狂わせたり、短時間の金縛りを引き起こすことが出来た。
そして、ザアカイが使役するレイスは特殊な個体でほぼ透明な外観をしており、死霊魔導の魔力を感じ取れねば感知することが極めて難しいほど隠密性に優れていた。 この隠密性は騎士の体捌きを見抜けるシグルズにとっても感知できず、レイスに纏わり付かれても気が付けずにいた。
そんな特殊なレイスをバルティマイの茶色い瞳は捉えていた。 彼は死霊魔導を扱うザアカイの相棒としてうってつけの『奇跡』を備えており、それは『アンデットを捉える瞳』であった。 この『奇跡』は視界に入ったアンデットの正体や格、見えない霊体を視覚的に捉えることで判別出来るモノであり、ザアカイが操る死霊とのコンビネーションは抜群だった。
シグルズは急激な体調の変化に戸惑いを覚えながら斬撃を捌いていた。
「(急に身体が重くなりやがった……? いや、魔力を一気に消費したようだ、集中力が途切れちまう……!)」
ザアカイのレイスはシグルズの体を巡る魔力を吸い始め、体格差を埋めるべく体中に張り巡らせた強化魔導を剥ぎ取っていった。
「おい小僧、随分とバテてきたな!」
バルティマイはそう言ってここぞと言わんばかりに鋭い一撃を放ち、堪らずシグルズは後ろへ飛び退くが重くなった体がイメージ通りに動かず斬撃を受けてしまった。
「チィ!」
この一撃でシグルズは得物の棒をたすき掛けに半分に切られ、額に軽い切り傷を負った。
「(今ので薄皮一枚か……、だが良い、ザアカイのレイスが効いておるのだ、時間の問題だな)」
額から溢れた血を拭いながら体調不良に苦しむシグルズは逡巡していると、大衆の中から少年の詠唱が聞こえた。
「世の理、人の理、循環する御霊の輪廻、正転せよ、我が尊き主の則をもってその真理(エメス)を示せ……」
シグルズが声の主を探ると大衆の中にペンダントを握りしめ、地面に文字を描いた少年が更に言葉を紡いだ。
「偽りの生に死(メス)を!」
その少年の言葉はまるでシグルズの体中に魔力を流し込んだ様だった。 重くなっていた体は軽くなり、好調な魔力の循環は体中を燃え滾る様に熱くさせた。 そして、この変化にいち早く気づいたのはレイスを使役していたザアカイだった。
「(祓われたのか!? オレのレイスがあの小僧に!) 気をつけろバルティマイ! 今のそいつは……」
大ぶりに斬り掛かったバルティマイの瞳には除霊術で祓われたレイスの残穢が粉々に飛散することでまるで煙を巻かれたように視界が白んでいた。 これはバルティマイが『奇跡』でレイスの形態や動きの詳細を感ずるべく死霊への感度を引き上げていたのが仇となり、急に視界を奪われたバルティマイは一挙に素早くなったシグルズの動きに対応しきれなかった。
もちろん、レイスが見えないシグルズの視界には一切異常がなかったのでこの隙を見逃さなかった。
シグルズの手には2本の棒……、たすき掛けで斜めに切られたことで竹槍のように鋭く尖っていた棒が握られ、シグルズは一気に距離を詰めて鋭利な棒を一本バルティマイの右太腿へ深々と突き刺した。
ピチャピチャ……
バルティマイの足元は流れ落ちた血流に赤く染まった。
「ぐぁ……?!(バカな!)」
油断したバルティマイの顔は苦悶に歪み、右足から崩れかけた体勢を立て直そうと踏ん張った矢先に更なる激痛が襲った。 シグルズは突き刺した棒を足場に飛び上がらんと全体重を掛け、あふれる流血は更に量を増しバルティマイの体勢を前かがみに完全に崩していた。 飛び上がったシグルズはそのままバルティマイの背後を取り、振り返りかけたバルティマイの右肩目掛け鎧の合間を縫う様に二本目を突き刺したことで相手の戦闘力を完全に奪い取った。
「ぐは……、おのれ……」
利き手、利き足を負傷したバルティマイは激痛から思わず剣を零しながらも背後にいるはずのシグルズ目掛けて裏拳を当てようと体を捻るが、背中が急に重くなった。
「勝負アリだな」
シグルズは背後からバルティマイに抱きついて耳元で囁くと首元に腕を回して裸絞にし、決闘にチェックメイトをかけた。
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