第12話【月の世界】
ミュルタレの講義が終わり、空が徐々に茜色に染まる中オリヴァーは夜を待っていた。 オリヴァーにとって話す相手の居ない古戦場で過ごす時間はとても長く感じられた。
ミュルタレは一人馬車を中心に魔導陣が書かれた羊皮紙を
「ふう、これで
「お手伝い出来ず申し訳ございません、ミュルタレ様」
「いや、よいのじゃオリヴァーよ、この準備は麿の仕事の分じゃ
仕事の準備は麿自身の目で確かめねば気が済まぬ
彼女の瞳には沈みゆく陽の光が映っていた。
「オリヴァーよ、周囲の羊皮紙が見えるな? あれより外へ出るでないぞ、あれで麿の死霊魔導の結界を張っておる 結界内はアンデットが侵入できぬ故に安全じゃ…… ヴェーズゲインよ、羊皮紙が剥がれぬよう見張るのじゃ 」
ヴェーズゲインはコクリと頷き、槍のように長い棒を持っていた。
暫くすると陽の光が地平線の彼方へ沈み、満月の月明かりが平原を照らし始めていた。
ミュルタレは満月に向かって膝を付き、指を織り合わせるように手を合わせて無言で祈った。
西キームン大陸の幾つかの地域では月を
長い歴史のなか起源は
ミュルタレの出身であるニーナス王国はダークエルフの国で西キームン地域の中央に位置しており、古い風習や失われつつある前文明の技術の保全を進んで行う王国であり、月を崇める
ニーナス王国出身のミュルタレは死霊やアンデットを祓う際に月へと祈りを捧げ、自身の安全と死霊達の鎮魂を
今日のミュルタレは祈りにオリヴァーの安全も祈願したのでいつもよりも祈る時間が長かった。
ミュルタレが祈りを捧げるなか無音だった闇夜の世界が騒ぎ始めた……。
周囲の平原の様々な所から黒い煙が立ち上がり、煙は様々な形へと形成され、アンデットが
アンデットの姿は千差万別でゾンビのように腐乱死体の様なみてくれもいれば、動く骸骨のようなスケルトン、半透明な悪霊もいた。
月の世界は狂騒な世界だった。
そして、そんな狂騒めいた世界とを隔てるものが結界であり、明確にアンデット達の侵入を防いでいた。
結界自体は目に見えないがアンデットがそれに触れると
「ちっ……、死んでもなお騒がしい無粋な
「ミュルタレ様、この数を相手にされるのですか?」
「ふむ、まずは……、半分じゃな」
ミュルタレがアンデットの群れに手をかざして魔力を放つと彷徨っていた比較的小柄なアンデットの多数がピタリと動きを止めた。
そして、ミュルタレが「”喰え”」と命じると小柄なアンデットは隣のアンデットに食らいつき襲い始めた。
「これは……!? アンデットが食い合ってる!?」
「死霊魔導では死霊を使役する事もできるのじゃ、無論、無制限とはいかぬがのう……、麿ならば周囲の低級アンデットならほぼ全て使役出来よう」
小柄な低級アンデットはアンデットを喰らうと魔力を取り込んだのか徐々に体格が大きくなり、アンデットとしての格が上がっていった。
ミュルタレはアンデットの使役を得意としていたが、アンデットの格を見極める能力も秀でていた。
使役した低級アンデットを除く最も弱いアンデットから優先的に捕食するように制御し、確実に数を減らせるようにしていた。
「オリヴァーよ、この術はアンデットに掛けるならばその格に応じて大きな魔力を要するが術の維持だけであればさほど魔力はいらぬのじゃ
それ故に未熟なアンデットを使役し、食らい合わせることで成長させれば強力なアンデットを効率よく使役できるのじゃよ」
暫くするとミュルタレに使役された十数体のアンデットだけが残っており、使役されたアンデットはミュルタレに従うようになってからのっぺりとした小人のような体躯が成人男性を超える異型じみた体躯へと変貌を遂げ、あるものは人の体躯に首を複数備えた者、単眼の者、顔に口しか無いもの、下半身がタコのような触手の集合体と成り果てた者、無数の人の手を生やした者などがおり、傍から見たオリヴァーにとって地獄を想起させるには十分すぎた。
そして、月光の下で地獄の異形者たちが一同にミュルタレに頭を垂れる様はまるで地獄の女王と家臣団のようだった。
ミュルタレは眼下で頭を垂れる地獄の異形者たちを平然と眺め、浄化された透明な魔石を組み込んだ杖を持って封印術を施していった。
大人しく封印術を施された者たちは黒い霧となり、魔石へと吸い込まれる度に徐々に魔石を赤色に染めあげ、草原からアンデットがいなくなった。
「これで今晩の死霊祓いは一段落じゃ……、ふぅ、流石にあの量のアンデット使役には随分と魔力を持っていかれたのう」
「これが死霊祓いなのですね……。」
「一応かのう……、アテにはなるまい、死霊魔導のアンデット使役で多数を潰し合わせるなど他ではせぬ 他の魔導使いならば除霊術で1対1の対応をするのが常であろう じゃが、それでは平原のアンデットを祓い切る事などできまい……」
そう言いながらミュルタレは杖に収まった真紅に染まる魔石を触り、静まった平原を眺めていた。
「こうして、集約した霊魂を封印術で治め、徐々に浄化していくか、ゴーレムコアに込めればアンデットは有効活用ができるのじゃ
さてさて、一仕事終わったのじゃヴェーズゲインよ休息の準備をせい 」
ヴェーズゲインは馬車の荷物からポットとコップを取り出して机の上に置き、焚き火で温めていたお湯をそばに置いた。ミュルタレがハーブ等の葉をポットに入れてお湯を注ぐとハーブティーの
そのため、オリヴァーはコップをまじまじと見て、触っていた。
「オリヴァーよ、それでは注げぬぞ」
「すみません、とても綺麗であまり見かけない物でしたので……」
ミュルタレは心から嬉しそうに少し微笑みながらハーブティーを注いだ。
「それもハーブティーもニーナス王国の特産品じゃよ、ニーナス王国には器作りに長けたものがおってのう それは
「父上は言ってました、物には作り手の思いが込められるって……、これを作った人は多分とても人思いで繊細な人なんですね なんだかとてもしっくりきます」
「そうじゃな、其奴もそう言われれば喜ぶじゃろうな……、さぁ、オリヴァーよ眠るが良い、今宵は麿が
そう告げるとミュルタレはオリヴァーの額にキスをした。
「はい……?、ミュルタレ様」
オリヴァーはミュルタレに見守られながら馬車の中で眠りについた。
眠ったオリヴァーを見守りながらミュルタレは眠気に襲われつつも過去に想い更けていた。
それは過去にオリヴァーの様に魔導を指南した人間についてだった。
今より幼い頃にミュルタレは母国の外れに住んでおり、隣国ウィタールド公国との国境に近かった。
故郷のニーナス王国は遠い昔であれば緑あふれる豊かな国であったがオリーブの植樹によって年々土地が痩せていき緑が貴重な岩肌が目立つ国となっていた。
そんな岩肌だらけの風景に飽きたミュルタレは国境付近の森へ訪れることが増えていた。
ある日、彼女が昼間の森でハーブを探していると森の奥から大きな狼のような魔物が現れ、狼の魔物と目があった彼女は後退りをしながらその場を離れるのに必死だった。
「(魔物が出るなど! 日の出た所で死霊魔導でアンデットを使役しても無駄じゃ!せめて木々の影があるところに!)」
ガルルル……、
魔物は唸り、歯牙をむき出しにしながら徐々に彼女との距離を詰め始めていく。 彼女は魔物を木陰の元へ誘導しようと木を背に下がっていた。 彼女の思惑通りに魔物を誘導できていたが後ろを見ていなかった不幸か木の根に
「しまっ!」
もはや、魔物が飛びかかるのも時間の問題だったその時……、馬の駆け足が響き、馬に跨った2人の騎士が現れ、魔物の前に立ち塞がった。 一方の騎士は金髪長髪の髪をなびかせた若い
もう一方の騎士は琥珀色の肌で華奢な体躯をしており、黒髪ショートカットで泣き黒子と八重歯が特徴的な女性だった。 女性騎士は銀色の胸当てと伊達男の騎士と同じ様なグリフォンの紋章が記された盾を持ち、サーベルを携えていた。
「「ハッ!!」」
騎士達は手慣れた連携で魔物に突撃を行い、魔物を追い散らしたのであった。 騎士達は彼女の方まで訪れ馬上から声をかける。
「きみ、大丈夫かね? おや……、君はニーナスの子かな? 国境付近の森なんて危ない場所に来ては駄目ではないか 」
そう伊達男の騎士が嗜めるように語り、女性騎士はミュルタレの肌の色や身なりといった外観を探るように注目しながら、
「あらら、彼女はダークエルフみたいッスね? 団長、どうしあすか?」
彼女は種族を探るその視線を疎ましく想いながらも窮地を救ってくれた2人に礼を尽くした。
「かたじけなし、妾の命を救ってくださり誠に感謝致す、妾はニーナス王国ビゼーヌのミュルタレ・マリアージュじゃ 」
「私の名はエドワード、ウィタールド公国辺境騎兵団団長エドワード・グリフィスだ 綺麗な髪だな」
「ウチの名前はアン、ウィタールド公国辺境騎兵団副団長アン・ロートリンゲンっす 」
女性騎士ことアンは八重歯を見せて小悪魔のように笑い、伊達男の騎士ことエドワードは金髪の長髪を風でなびかせ、太陽のように明るい笑顔を見せたのだった。
ガタン!!
馬車は小石を
「(久しぶりじゃな、ウィタールド公国の事を思い出すのは……)」
馬車は白み始めた
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