第10話【禁じられた名前】

 オリヴァー達4人はゴーレムを仕上げるために素体そたいの前で準備をしていた。

 エリーザが黒インクを含んだ羽ペンを取り出して、ミーナが彫った魔青銅ませいどうの関節の刻印に墨入れをしながら魔力を込めて刻印魔導こくいんまどうを重ねがけ、ミュルタレがコアを素体にセットし、ミーナが「成形」と唱えるとコアの周りの金具は動き始め、植物のツタがからむようにコアに巻き付き固定した。


 ツタがコアを固定し終わるとコアが紅く輝き、コアから光が漏れ出るように刻印が光を帯びていき、ゴーレムの身体の末端まったんまで光が行き渡ると、ゴーレムは身体をキリキリきしむ音を立てて動き始めた。


 ギギギ、ギぃい……


「すごい!!まるで生きているみたいだ……

 あっ、立ち上がりそう!」

 木材からけずり出され形をた者が動き始める光景はオリヴァーの好奇心を大きくさぶった。


 生まれたばかりのゴーレムは重い体を起こして、インテークの排気はいきがドッと出た。


 シュぅぅう……


 ゴーレムのインテーク内には魔絹まきぬあみまれた細かな網の様なフィルターが幾層いくそうにもかさねられ、外装がいそうとして疾風魔導しっぷうまどうの刻印がほどされた木の格子こうしのようなものがめ込まれ、格子に魔力が供給されると疾風魔導が働き、風をインテーク内へと導いていった。

 内部の魔絹のフィルターが取り込んだ風を通すと、フィルター自体はわずかにコアと同じ紅い光を帯びていたので、外装の格子からその光が漏れていた。


 幾多いくたの魔導が複合的ふくごうてきに働くことでゴーレムの身体に魔力がめぐり、起動した。


 ギュイィィィィン……


 そして、二本の足で大地をめて立ち上がり、頭部の顔にられただけの目元のくぼみに紅い光が二つともった。


 グポ〜ン……!!


 ウッドゴーレムは大地に立った……。


 ミーナはゴーレムに向かって歩き、っぺたに人差し指を当てて何か考えながらコアに触れてとなえる。

「名を持たぬ、使命もいだかぬ、泡沫ほうまつなんじに名を与えよう、使命をめいじよう、なんじの名はヴェーズゲイン、なんじの使命は我につかえることなり・・・ して平伏へいふくせよ」

 詠唱えいしょうを唱える間に魔力が帯びた風が吹きすさび、詠唱の終焉しゅうえんと共に風が吹き止んだ。

 立ち上がっていたゴーレムはミーナに対してひざまずいた。


 オリヴァーはエリーザにうかがった。

「”ヴェーズゲイン”ってどう言いう意味なんですか?」

「え、え〜とね、ドワーフ語で”木製1号”って意味かな 」

「うーん、なんだか適当ですね もっとかっこいい名前をつければいいのに、例えば“アレクサンドロス”とか…… 」

「あははは、それは、えーとね…… 」

「そういう訳にはいかんのじゃ、オリヴァーよ」

 ミュルタレが会話に割り込む。


「ゴーレムの名とはちと厄介やっかいでの、用いた魂とゴーレムの名前が一致してしまうと自我に目覚めやすいのじゃ

 自我に目覚めたゴーレムを作ることは多くの国で禁忌きんきじゃから気をつけねばならん、じゃからミーナのヤツは人名では使われない名前を付けたのじゃろうな……」


「でも、ない名前は可哀かわいそうです……」

 オリヴァーは少しムスッとしてしまう。


「ふ、ふむ……、歴史上の英雄の名は確かにゆうなる響きがあるかのう……?」

 ミュルタレは年不相応としふそうおうな丁寧な言葉使いが出来るオリヴァーの何気なにげない子供らしい反応に戸惑とまどっていると……


 ブンッ!


 と風を切る音が聞こえた。


 ヴェーズゲインがミーナに基本的な槍術そうじゅつ演舞えんぶ披露ひろうしており、ミュルタレやオリヴァーは目を見張った。

「随分と優秀な死霊を引けたようじゃな、流石は古戦場に漂う死霊の残滓ざんし、武芸の心得こころえがあるようじゃ」

いままれたばかりなのにもう戦えるのですか? こんなのゴーレムの戦闘集団ができちゃったら人間じゃ勝てないんじゃ……」


 ミュルタレは口元に曲げた指を軽く添えて微笑を浮かべながら答えた。

「むふふふ、オリヴァーよ、それは杞憂きゆうじゃ、ウッドゴーレム1体をそろえるよりも人間を100人用意するほうが安価で拙速せっそくなのじゃ」

「100人ですか!?」

 オリヴァーは半日で出来上がった眼前のウッドゴーレムを前にして100人もの人間を呼ぶほどの労力が掛かるとは思えず半信半疑だった。


「そうじゃよ、ミーナもエリーザもりはああじゃが宮廷指南役、ゴーレム作りに関して麿まろが知る中で指折ゆびおりの存在であることは保証しようぞ

 並の魔導使いではあのウッドゴーレム1体を作るのに必要な期間は1ヶ月じゃろうな

 1体作るごとに不備を重ね、失敗を重ねて不具合の原因を突き止めて対策してやっとゴーレムは出来上がるのじゃ……

 一発で上手くいくやっこの技量がおかしいのじゃよ

 そうじゃな、そんな戦闘用ゴーレムの軍団を作るなど国家財政をとうじても叶わぬよ」


「じゃあ、金属のゴーレムなんて……」


「それこそゴーレムの重さと同等の金塊がいるじゃろうて……、それにしてもミーナのやつ気合が入っておるの

 あれ程軽快けいかいに動くとは流石さすがじゃな 」

 ミュルタレにそこまで言わせるほどヴェーズゲインの出来やミーナとエリーザの技術が卓越たくえつしていたのだった。


 ミーナはかなりご満悦の笑顔でヴェーズゲインを引き連れてオリヴァーの元に来ていた。

「いや〜、これは感心の出来だわ〜、木のボディーや魔青銅の関節じゃなくて全身魔鋼まこうで作れたら最強のゴーレムになるんじゃないかな♪」

「ミーナちゃん、魔鋼まこうなんて希少な遺産、使えるわけないじゃない」

「エリーザの言う通りじゃ、少年受けを狙う為なんぞに希少な魔鋼まこうを使うなど先人方せんじんかたに呪われるぞ」

「二人共そんなに怒らなくてもいいじゃない……」

 少女たちは罰当たりなミーナをたしなめ、あきれていたが、話について行けていない少年がいた。

「その……、皆さんが仰られている魔鋼まこうとはなんですか?

 魔青銅とは違うのですか?」


「そうね、魔鋼というのはね……」

 ミーナが魔鋼についてオリヴァーに説明した。

 魔鋼とは魔力を帯びた鋼という物質であり、この世界では普及ふきゅうしていなかった。

 鋼の基になる鉄は従来の方法で魔力を帯びさせることが難しく、いくら魔導を用いてもあまり強化できなかった。

 更に魔力で強化できない鉄は耐久性で魔青銅に劣り、極めて高い融点で溶け始める鉄は生産性や加工性すら魔青銅に劣っていたため、扱いどころの無い鉄は人々に普及しなかったのである。

 そんな中、前文明の帝国、ゾネントリア帝国の遺跡からは魔鋼が少量ながら発掘され、魔鋼の存在は確認されどその生成方法はロストテクノロジーとなっていた。 無論、ミーナが羨望せんぼうするように魔鋼という材質は魔青銅の耐久性を大きくしのぐ存在だった。


「さてさて、オリヴァーちゃん、お姉さんはもうクタクタだからそろそろお開きにしましょうか 

 エリーザちゃん、オリヴァーちゃんと引き揚げちゃって」

 エリーザはミーナがオリヴァーから一度距離を取ろうとする言葉で何かを察した。


「オリヴァー君、お屋敷に戻ろうか?」

「えぇ、はい……」

 オリヴァーは何とも言えない空気に迷いながらもエリーザと一緒に屋敷へと戻っていった。


 その場に残ったミュルタレとミーナがゴーレム作りで散らかった現場を眺めながら話を始めた。

「片付けか……、それではノブハーツを呼ぶとするかのう?」

「それは大丈夫よ、ヴェーズゲイン、片付けをお願いね!」

「そういえばこやつがおったのう じゃが手が足らんのではないか?」

「う〜んとね、ノブちゃんには夕方まで休んでおいて欲しいのよ」

「ほう、では今晩なのか? お主も大変じゃのう、面倒見が良過ぎるのも考えものじゃぞ

 ただでさえ体力を消耗しておるのじゃ無理するでないぞ」

「かわいい教え子にはひと肌でもふた肌でも脱ぐわよ!」

「そうか、あやつは生真面目きまじめなやつじゃ、誘惑するでないぞ」

 ミュルタレはジト目でミーナに釘を指しておくが、ミーナの瞳はまるでゴーレムを作っていた時のような職人のものだった。


「わかってるわよ、それにそんな暇ないかも 」

 ミュルタレは話を察し、眼の前でテキパキと片付けるヴェーズゲインを見てミーナにあることを要望した。


「……じゃったら、ヴェーズゲインの指揮者として麿も登録してくれぬか?」

「それならすでに登録済みよ! 魔紋登録まもんとうろくはコアに残っていた貴方の魔力を使ったわ」

「相変わらず仕事の早いやつじゃ」


 ミーナとミュルタレの2人だけの間にほんの少し沈黙が訪れたが、ミーナが胡坐あぐらをかく様に地面に座り込むと立ったままのミュルタレに視線を向けて語り掛けた。

「ねぇ、ミュルタレ、あなた本当はまだブランミル平原に飲まれたウィタールド公国の跡地に行きたいんでしょ?」

「……そうじゃ、いつかはな……」

 考えを当てられたミュルタレは少しバツの悪い口調で答える。


 ブランミル平原とウィタールド公国とは西キームン地域の中央に位置していた。

 平原は前文明の時代にゾネントリア帝国の帝都があった場所だったが、付近の火山が大規模な噴火を起こし噴煙が大地を覆い都市を壊滅させていった。

 更に噴火は噴煙を立ち昇らせ、帝国の人々から長い間、日の光を奪い、寒波かんぱ飢饉きんきをもたらして人々から大量の命を奪い取っていた。

 この世の地獄の様な光景を眺めながら死んでいった魂は天を恨み、なげき、いきどおりその地にアンデットとして現界げんかいした。

 こうして旧帝都や付近にはアンデットが蔓延はびこる様になり、人を寄せ付けぬ都市は帝国時代の遺構いこうを僅かに残した広大な平原へとかえっていった。

 この時、広大な平原の周囲は西に「人間が治めるウィタールド公国」、北に「獣人族系の多民族が住まうバシライナ地方」、南に「広い海洋が広がる南海なんかい」、東に「最果ての地」に囲まれた状況となった。


 しかし、平原西側に隣接するウィタールド公国はある日一夜にして滅び、その跡地は平原に飲まれていってしまった。

 未だに滅びた理由を知る者はいなかった。

 そして、滅びたウィタールド公国より更に西に位置していた国はダークエルフが治めるニーナス王国、ミュルタレの故郷だった。



 ミーナは白いボトルを抱えてふたをあけながらミュルタレに問いかける。

「あなたの力なら夜のアンデットだけならどうにでもなるでしょうね……、でも昼間の間ずっと平原を駆け回っているケンタウロス族はべつよね?」

「……そうじゃな……」

 ミュルタレはミーナの言わんとする事に察しがついていたが答えにきゅうしていた。

 

 ケンタウロス族は上半身が人間、下半身が馬の様な種族で馬の強靭きょうじんな脚力と人の知力を備え、特定の住居を持たない騎馬遊牧民族きばゆうぼくみんぞくの様な生活様式だった。 文字通り人馬一体の膂力りょりょくから生み出される戦闘力は人間の比にならないほど強力でまともに戦えば全く勝負にならない存在だった。

 だが、彼らが元々住んでいた地域はブランミル平原ではなくその北のバシライナ地域であったのだが、噴火後の寒波が訪れた時期にバシライナ地域より更に北に位置する獣人族の大国クスミア獣帝国じゅうていこくが農作地を求めて南下侵攻なんかしんこうしたのだ。


 獣人族は優れた膂力りょりょくに加え組織力を持っていたのでケンタウロス族を圧倒していき、彼らを排除していった。

 現在ではバシライナ地域はクスミア獣帝国に併合され、農奴階級のうどかいきゅうの種族が農作地として耕しており、ケンタウロス族はそれから逃げるように南下しアンデットが蔓延る危険なブランミル平原へ民族移動を行った経緯いきさつを持っていた為に警戒心や排他的意識が強く、他民族からの略奪りゃくだつ躊躇ちゅうちょがなかった。


 つまり、ブランミル平原という場所は、昼はケンタウロス族に支配され、夜はアンデットに支配される地域であり、それらにあらがすべを持たない人間種にとって死地といえる場所だったのだ。



 ミーナは牛の角をくり抜いて加工した角の白い杯を取り出してワインを注ぎ始めていた。

「ミュルタレ、あなた分かっているのでしょ?

 自己の願望のために他人を危険に晒すなんて……、オリヴァーちゃんやノブちゃんを無理やり巻き込んじゃ駄目よ?

 彼らの知的探求心は大したものよ……、でも魔力量は残念だけど並なのよ、無茶をさせれば危険よ?」


「分かっておる……、じゃが……」

「……、……オリヴァーちゃんやノブちゃんが行きたがっている行先とあなたが望む行先が合うといいわね……

 その時はあなたが彼らを助けてあげればいいわ……

 でも、いざとなったら責任取りなさいよ」

 そう告げ終わると、ヴェーズゲインが片付けをこなす様を眺めながらミーナはワインを喉に流し込むことで自身をねぎらった。




 その晩、オリヴァーはゴーレムが形作られて動くさまに感動し、とこいても興奮冷めやらぬ心境で中々寝付けないでいた。

「明日はミュルタレ様の魔導授業があるのに寝付けないや……」

 すると、誰かの声と金属の音が微かに聞こえた。 音は屋敷の離れから漏れていて、半開きのドアから光が漏れていた。 音がする所まで近づくと少年と女性の声が聞こえた。女性の声は聞き覚えがあるが口調や雰囲気が随分と違い、フランクな感じが一切ない真剣な叱咤しっただった。

「違う!違う!違う!

 いい!? 研磨けんまの角度はこうよ!

 そんなんじゃナマクラよ、調理場の肉だって切れないわよ!

 わかったかしら?」

「は、はいぃ!!ヴィルヘルミナ様!」

 ミュルタレの従者だったノブハーツが泣きかけながら小刀の研磨作業を行っていた。

 そして、その指導を行っている人物はヴィルヘルミナことミーナであり、昼間の気取らない雰囲気と打って変わってかなり厳しい口調だった。

「良く見なさい! いい! だから、見なさいって! 泣くな!」

「はいぃ…… 」

「はぁ……、いいわ……休憩にしましょ、私も熱が入りすぎたわ」

「はい」

 ミーナは水を口に流し込んで滝のように流した汗を拭き取っていた。

 ノブハーツも半泣きになって汗を拭い、ミーナから水をもらっていた。

「厳しいことを言っちゃうけど貴方が嫌いじゃないのよ、お父様を失った貴方の気持ちも分かるし、その職を引き継ぎたい気持ちも立派よ、私も貴方のお父様の腕前には尊敬してるもの」

「はい」

「だから、つい熱が入っちゃうわね……

 あら嫌だ、音響魔導おんきょうまどうで音を消していたのに解けてしまったわ

 もう少し休みましょうか」

「はい……、ヴィルヘルミナ様、ご体調の程はよろしいのでしょうか?」

「そうね、流石に朝のゴーレム作りや夕方からの音響魔導を併用した指導はこたえるわね

 でも、私達宮廷指南役には時間がないのよ 無駄にできる時間なんてない」

「そんな貴重なお時間を僕の為なんかに……」

「心配しないで、貴方は優秀よ、才能もある、あきらめなければお父様をしのぐ鍛冶師になれるわ

 そうでなければあのミュルタレが直々に指南役の依頼なんてしないわよ、彼女の期待に答えてあげてね、貴方に足りないのは自信と経験だけよ」

「ありがとうございます! ミュルタレ様には拾って頂いた御恩がございます、何としても期待に答えなければ!」

「じゃ、再開するわよ いい?」

 ミーナは再び音響魔導を発動させるとミーナの中心から泡のような球体が膨らんでいき建屋を包み込むと建屋内の音が聞こえなくなり、厳しい顔のミーナがノブハーツを指導し始めたのだった。


 オリヴァーは寝床に戻るべく振り返るとエリーザがいた。

「わぁ!!」

「あわわわわ!ごめんなさい、あぁ、驚かせてしまいました

 私も物音が聞こえて来てしまったのです」

 エリーザもミーナの指導を見学していたのである。


「こちらこそ、すみません」

「あんなミーナちゃん久しぶりに見ちゃったのでうっかりしてました

 でも、魔力が切れるまでやるのはやり過ぎだと思うのでもう少ししたら止めさせようと思います

 オリヴァー君も体調には気をつけてくださいね」


「はい、おやすみなさい」


「あと、今回見たことはミーナちゃんに言わないであげて下さいね

 ミーナちゃんは貴方の前で優しい女性でありたいと思ってますから 」


「エリーザさん分かりました、このことは秘密ですね

 でも、今のミーナさんも十分優しい人だと思います 」


「オリヴァー君は大人ですね」

「僕はただ、優しい母上の厳しさを知っているから分かるだけです」

「(コーネリア、あなた……普段から何をしているの……?)」


 オリヴァーは貴重な経験から得た冷めぬ興奮を抑え、その晩ぐっすりと眠りについた。

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