第7話【祓魔師と宮廷指南役】

 鳩型ゴーレムことシェールアミュが返信の手紙をたずさえて戻ってから半月はんつき程度が過ぎた頃、敷地しきちの門を通り抜ける馬車をオリヴァーと両親は出迎えていた。


 2頭の馬に引かれた馬車は車全体が漆黒しっこく金細工きんざいくが所々にほどされ、豪奢ごうしゃつくりをしていたが、近付くにつれオリヴァーの目を引いたのはその馬車を牽引けんいんする馬達うまたちだった。


 遠目とおめであれば、馬達はただの黒い馬と白い馬にしか見えなかったが、近くで見ると『それら』はただの馬ではなかった。


 それらは金属の光沢こうたくびた馬の形状けいじょうした動く銅像どうぞう……、黒と白の馬型うまがたゴーレムだった。


 馬型ゴーレムは動物の馬ではないためか馬車から手綱たずなにぎり馬をあやつ馭者ぎょしゃがおらず、まるでひとりでに駆けている様だった。

 屋敷の近くまで来るとゴーレム馬車は徐々に速度を落としていき、馬車側面の扉が屋敷の正面扉と正対せいたいすると車体がピタリと止まり、2頭は銅像の様にたたずんだ。

 豪奢ごうしゃな馬車のなめらかな動きや2頭の一糸乱いっしみだれぬ動きと停車位置の精度せいどはまるで此処ここに来た人物のかく技量ぎりょうしめしているようだった。


【挿絵:ゴーレム馬車】

https://kakuyomu.jp/users/DD113Shirenn/news/16818093076380647252


 そして、馬車のドアが開くとととのった馭者ぎょしゃの服装を着た1人の少年がまずりて、車内にいる誰かをエスコートするように手を伸ばした。


 するとおうぎを携えた銀髪ぎんぱつの少女が馬車から降りてきた。

 銀髪の少女は長い耳に褐色かっしょくの肌をしており、ロングヘアの先をたばまとまった髪はまるで真珠しんじゅ織物おりものにしたようにわずかに桃色ももいろの光沢をびていた。

 更にその真珠の様な光沢を黒地白縁くろじしろぶちのローブが際立きわだてていたのだ。


 次に黒髪の少女が黒い長髪をかろやかになびかせながら馬車を降りてきた。

 黒髪の少女はロングヘアからは少しだけ丸みの帯びた長い耳が出ており、肌の色はつややかな琥珀色こはくいろで身に着けた紫のマントとそで無しの赤い上着とたけの短いスカートという服装は彼女の琥珀色の輝きをさえぎるには不十分だった。

 そして、黒髪の少女が降りる際にエスコートしてくれた少年の背中をポンポンと叩き、ニコニコ笑いながら何やら耳元で一言ひとこと話すと少年はドッキリと顔をあからめていたが、ぐに少年は咳払せきばらいをし、次の少女の降車をエスコートすべく気を取りなおした。


 最後に金髪の少女がミディアムロングヘアの髪をふわりと浮かせるようにゆったり馬車から降りてきた。

 金髪の少女は綺麗きれいきらめく白色の肌をしており、尖った長い耳が特徴的とくちょうてきだった。 白と青のツートンカラーのローブを羽織はおり、エスコートを受けて降りると何かをあやまるように少年にお辞儀じぎをしていた。


 少年はあわてるように何か固辞こじしていると、扇で口元を隠した銀髪の少女に鋭い視線を送られていたことに気付き、急いで荷物を降ろすと馬車の移動を始めた。

 ところが少年は慌てていたのかかぶっていた帽子がズレ、黒い髪と額から生えた白く小さな2本のつのがちらりと見えてしまった。


 そのちらりと見えた角の生えた少年の姿にオリヴァーは聞きおぼえがあった。

 それは『人鬼族じんきぞく』と呼ばれる種族だった。

 言い伝えでは東の大地より生まれ、最果さいはての地に流れ着いたとされる亜人あじんに近い民族みんぞくであり、特徴的な角をひたいからやし、無口むくち膂力りょりょくの強さから傭兵ようへいなどの荒事あらごと生業なりわいとし、西側の大国の民衆からは蛮族ばんぞく扱いを受けていた。

 また、魔物に近いとされる亜人の血筋ちすじのせいか幼子おさなごから成人せいじんへの成長が早く、寿命は人間の2倍をゆうしていた。


 銀髪の少女はそんな人鬼族じんきぞくの少年を注意する。

「ノブハーツよ、あせるでない、ここはニーナス王国ではないのじゃ」

 ノブハーツと呼ばれた人鬼族じんきぞくの少年は帽子を素早すばやととのえて角をかくすと馬車の移動をませていった。

 馬車から降りて玄関へ向かう少女達の外見的な年齢は十代半じゅうだいなかば位で当時のオリヴァーよりも少し年上の風貌ふうぼう背丈せたけわずかに高かった。


 3人の少女は三者三様さんしゃさんようにアーサーとコーネリアと挨拶あいさつわしていった。


 銀髪の少女は尊大そんだいながらも路中ろちゅうの不満をアーサーの耳元で扇で隠しながららした。

「直接会うのは少々久しょうしょうひさしいのう、息災そくさいであったかアーサーよ? 

 麿まろとしては多忙たぼうであるがおぬしの願いとあらば無碍むげ出来できまいて……

 じゃが、あの二人を乗せるなど聞いておらぬぞ! エリーザは良いが、危うく麿まろ従者じゅうしゃがミーナのやっこ籠絡ろうらくされかけたのだぞ……!

 アヤツの趣向しゅこうもお主は知っておろう!」

 アーサーは何か話が噛み合っていない事に気が付き、疑問を抱きつつもポカンとしてしまう。

「ミュルタレ様? 申し訳ございません……、ミーナ殿どのとは調整した上で相乗あいのりりとなったのでは? ……無いのですね」

 アーサーの目には銀髪の少女ことミュルタレの背後で黒髪の少女ことミーナが自身の後頭部をでながらかくしの様なみを浮かべていたので状況じょうきょうさっし、逡巡しゅんじゅんした。

「(これは……、ミーナ殿、何をされておられるのですか……!話がついたとウソをもうされましたな!)

 ミュルタレ様、申し訳ございません……、配慮はいりょけておりました。」

 アーサーの胃はキリキリと音を立てそうになった。

 ミュルタレもここでさっあきれてしまった。

「アーサー、良い……、ミーナじゃな?

 麿まろとしたことが、お主が気遣きづかいできる人間にんげんだったことを忘れておったわ」


 アーサーにミュルタレが話をする間、黒髪の少女ことミーナはコーネリアにしたしげに話しかけ最後に会った日を思い返していた。

なつかしいわ、コーネリアも元気そうね! そう……、17年ぶり位かしらね…… 」

 コーネリアも最後に会った日をしんみりと思い返していた。

「ええ、そうですね……、あれからそんなにもちましたね……ヴィルヘルミナ様もお変わりなく……、

 長男のエリックは法王国で教会のりょう勉学べんがくいそしんでおります」

「そう……、よかったわ! あの子も元気そうで!」

 するとミーナにはミュルタレが何やらアーサーに不満をぶつけているさまが見え、ちらりとアーサーから送られる視線に愛想あいそ笑いで答えた。


 そして、話し終えたアーサーとコーネリアに金髪の少女は慣れない丁寧ていねい口調でかたりかける。

「お久しぶりですね、アーサー……辺境伯へんきょうはく、コーネリアちゃ……辺境伯夫人へんきょうはくふじん

「アーサーで結構ですよ、エリーザ殿」

「私もです、エリザベット様、コーネリアで構いません」

「じゃあ、アーサー、コーネリア、この子が貴方達あなたたちの子供?」

 

 金髪の少女ことエリーザは会話に入り込む余地よち見出みいだせないオリヴァーのほうを見ていた。

 ミュルタレとミーナはエリーザが話をしていた間に何やら言い合いをしていたが『貴方達の子供』という単語にお互い反応した。


「はい、そうです

 こちらは私達の息子のオリヴァーです 」

 アーサーはオリヴァーの両肩にポンと手を置いてオリヴァーに少女達を紹介していった。

「オリヴァー、待たせて済まなかったね

 こちらは祓魔師ふつましのミュルタレ様とゴーレム研究の第一人者だいいちにんしゃであられるヴィルヘルミナ殿とエリザベット殿だ

 父さんが知る中で最もゴーレムに詳しい方々だ 」


 オリヴァーを見据えた3人の少女達は自己紹介を始めた。

麿まろはミュルタレ・マリアージュ、ニーナス王国の祓魔師ふつましじゃ、死霊魔導しりょうまどう神働魔導しんどうまどう得意とくいとしておる

 麿まろの魔導はまつろわぬ死霊をはらい、命無いのちなきモノに命を吹き込むぞ……

 オリヴァーじゃったか、お主が命脈めいみゃくきんとするときは麿まろの魔導をたよれ お主の命脈めいみゃくたもってやろうぞ 」

 ミュルタレは薄紅色うすべにいろの瞳が鋭く笑いながら自身の紹介を終えた。

 その様はまるで獲物えもの値踏ねぶみする狩人かりうどのようだった。


「こんにちは、オリヴァー君

 私の名前はヴィルヘルミナ・グーテンベルクよ、お姉さんの事はミーナって呼んでちょうだいね!

 これでも鍛冶技術かじぎじゅつ冶金魔導やきんまどうの分野でエディアルト法王国ほうおうこくの『宮廷指南役きゅうていしなんやく』をやってるから分からないことはドシドシ聞いてね!」

 ミーナは赤い目をキラキラ輝かせて、ハキハキと自信と熱意を込めて自己紹介をした。


「初めまして、オリヴァー君

 私はエリザベット・シビュラです、みんな私のことエリーザって呼んでます

 えぇと……、私もその……ミーナちゃんと同じエディアルト法王国ほうおうこくの『宮廷指南役きゅうていしなんやく』で多分、私が教えれるのは刻印魔導こくいんまどう回復魔導かいふくまどうになります 」

 エリーザはあおい目をおよがして、初めて会うオリヴァーに少しオドオドしながらも自己紹介を終えた。


「初めまして、私はオリヴァー・ウィンスターです

 今回、ゴーレムについてご指南していただくために遠路えんろはるばるおし下さりありがとうございます!

 御三方おさんかたのご指導しどうについていけるように頑張ります!」

 少し気合を入れ丁寧に自己紹介を返すと……


「きゃあ〜、か、可愛かわい過ぎるわ!!」

 ミーナがオリヴァーをギュッときしめて、ゴシゴシと頭をでていた。

「えっ?」

 オリヴァーの視界は一瞬で柔らかい褐色となり、呆気あっけに取られ何も抵抗ていこう出来なかった。

 咄嗟とっさの事だったからなのか、経験不足からなのか、それとも両者なのかはさだかではない。

 ポカンと唖然あぜんとするオリヴァーだったが、抱きつかれたミーナからかお香水こうすいの香りはオリヴァーの鼻腔びくうにしばらく残り続けた。


 そんなすがままに呆然ぼうぜんとするオリヴァーを助け出したのは母コーネリアだった。

「もう、ヴィルヘルミナ様!オリーちゃんがこまってます! 最初からあまやかしちゃだめです!」

 母親は自分の胸元むなもとに我が子をせていた。


「だってしょうがないじゃない オリヴァー君が一生懸命で可愛かわいんだもの」

「はぁ、お主は昔から変わらぬのぉ、麿まろ従者じゅうしゃに手を付けたばかりというものを……」

「ミーナちゃん、何度も言うけど、いきなりは不味まずいよ……」

 ミュルタレもエリーザもなかばあきらめとあきれがじりながらもミーナをたしなめた。


 アーサーもあきれて体が弛緩しかん仕掛しかけたが急に背中から殺気さっきに近いものを一瞬感じ緊張きんちょうが走った。

 コーネリアはエメラルド色の瞳で一瞬だけキリッとアーサーをにらみつけていたのだ。

 アーサーは気の休まる間もなく3人の客人きゃくじんを部屋へ直接案内していこうとする。

「うむ……、ミュルタレ様、ミーナ殿、エリーザ殿も遠路はるばるの船旅ふなたびと馬車での移動でお疲れでしょう!

 お部屋を案内しますよ! さぁ!」


 屋敷の扉の裏では部屋の案内をするはずだった使用人のジャクリーンがひかえていたが、アーサーがジャクリーンと視点を合わせて首を振ると彼女はうなずき各部屋へ周り客人が来た旨を待機してる他の使用人へ伝えまわった。


 ミュルタレは日用品であればアーサーの使用人に運ばせたが、祓魔師ふつましに関わる物については自身の従者ノブハーツに様々な指示を与えながら運ばせる為にその場を離れていった。


 アーサーは各々の部屋に向かいながらミーナとエリーザの二人と会話していた。

「それにしても対岸たいがん隣国りんごくとはいえエディアルト法王国の宮廷指南役のミーナ殿、エリーザ殿の御二方おふたかたぐにこちらまで来られるとは思っておりませんでしたよ」


 ミーナはなくも大陸で最近起きた時事じじを語っていった。

「あぁ、それについてね……、先日、教皇きょうこう崩御ほうぎょしたのよ……」


 アーサーは顎髭あごひげを触りながら深妙しんみょう面持おももちで言葉をつむいだ。

「では、周辺の教会があわただしくしているのも……」


「そうね、詳しい話は宮廷にも流れてないけどね……

 まぁ、少なくとも宮廷は指南事をしてる場合じゃないんじゃない?

 それにどうも隣国のエヴァント都市同盟諸国としどうめいしょこくがきな臭くなっててね

 ほら、サルヴァトル教の教義きょうぎに種族の混血こんけつは許さないってヤツがあるじゃない?

 都市同盟の方で過激な原理主義派が台頭たいとうし始めちゃって混血児こんけつじへの迫害はくがいが激しくなっちゃってるの

 それで悪い事に法王国にもその手の狂信者きょうしんしゃが流れ込んで来ちゃってて不穏ふおんな空気がただよっているわけよ


 まったく、私はエルフとドワーフのハーフ、あとエリーザちゃんはほぼエルフだけどハーフエルフとの混血こんけつだからね

 はぁ、自分のまれはどうにも出来ないのにな……」


 ミーナがエリーザの顔を見ると青い瞳を地面にらして答える。

「私の蒼色あおいろの瞳は本来のエルフの灰色はいいろじゃないから目立ってしまいます」


 サルヴァトル教は神話の闇の巨人を打ち倒した英雄をたたえる宗教であり、現在の教義では英雄と神を同一視していた。

 そして、人間、エルフ、ドワーフ、魚人の四大種族よんだいしゅぞく以外の種族は流星の欠片かけらを持たぬ『ほしなし』として軽蔑けいべつし、更に四大種族の純血じゅんけつとうとんでいた。

 この様に純血が求められた理由には教徒として神が作ったものを混血によって変えてしまうことに忌避感きひかんおぼえたからだった。

 このため、混血児は『星なし』ほどではないにせよ純血の人よりも軽蔑けいべつされがちであり、教典を重視する原理主義派からの反応はより過激な物だった。


 そんな中、ミーナとエリーザはおのが実力で宮廷指南役という地位を手にしていたが、この時から逆風ぎゃくふうは吹き荒れ始めていた……。


「そうですか……、サルヴァトル教が……、なんとも居心地いごこちが悪そうですね」


「そう、だから私達はなるべく王国や都市連合の外で仕事がしたくってね、だから今回の仕事は渡りにふねだったわけ」


 宮廷指南役とは宮廷御抱えの指南役の事であり王族やそれに近しい間柄あいだがらの人間を指南する。普通の指南役であれば準2級の資格でつとめられるが宮廷指南役は1級以上の実力や実績が求められていた。


 アーサーはそのことについて思案しあんする。

「(本来であれば、宮廷はその様な人材を外部へ放つ様な真似まねはしない……、ミーナ殿が感じられるキナくささは宮廷きゅうてい迄及までおよんでいると考えるべきか……

 そして、都市連合の元老院は過激な原理主義派に相当侵そうとうおかされているな……、人材流出の好機ととらえるべきか?)」


 深刻に考え込むアーサーをミーナは一瞥いちべつして口を開いた。

「あ〜ぁ、もう宮廷指南役辞めちゃって、フリーになろうかな〜

 それでどっかの誰かさんみたいにいい男を指南しながらこくっちゃおっかな」

 ちらりとオリヴァーを見据みすえて……。


 ミーナはアーサーとコーネリアの地雷を踏んだ、一踏みで二つ踏み抜いてしまった。

「そ、それは困りますぞミーナ殿!!」

「ふふふ、ヴィルヘルミナ様、私のオリヴァーちゃんは私がキッチリ鍛えてますから大丈夫ですよ〜!」


 オリヴァーはミーナとエリーザを見て少しため息を付いてしまった。

「(話が付いて行けてないけど、どうやら僕はとんでもない人達を相手にしないといけないみたいだ……

 大丈夫かな?) はぁ……」


 エリーザはオリヴァーのこの反応にとあることに気付いてしまった。

「(アレ?私、まとめられた? オリヴァー君にミーナちゃんみたいな人だと思われてる?)」


 翌日から騒々そうぞうしくもオリヴァーの人生、カミシマの人生、そしてアレックスの人生を大きく変える事になるゴーレムの授業が始まった。

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