第6話
「ああ、マリアンヌ!!」
肩から指の先まで呪われたまがまがしい両腕。はじめて「ふれたい」と望んでしまった女性が、触れることさえできなかったはずの彼女が、呪われた身として同じくしている。ともに堕ちてくれるという。このような
ギリアムはマリアンヌを力一杯その腕で抱きしめた。粗野な男と違い、華奢でちいさく可憐な妻のからだを。
もぞもぞと動く気配にギリアムがマリアンヌを確認すれば、タキシードの肩の縫い目を引っ張ったマリアンヌ。
ギリアムが気づくと、彼女は質問した。
「なぜわたくしがこの色を選んだのか、ギリアム様なら分かりますわよね?」
「それは……」
「お気づきでしょう、聡いあなたならば」
マリアンヌは確信している様子だった。
この結婚に隠された意味。
高嶺の花と賞されたマリアンヌがわざわざ〝悪役令嬢〟と噂されるようになった理由。
ギリアムにはずっとこう見えていた。好意の欠片もない、ただ陶磁器のように白いだけの心だと。
その心に隠された色味とは。
「指輪をお返ししますわ」
ギリアムは、今度は正しく意味と箱を受け取った。
マリアンヌの手をうやうやしく取る。
とてもおとぎ話のお姫様の手とは呼べない、その醜い手を。
ギリアムは視線を下ろし、片膝をつく。
漆黒に染められた花嫁衣装は華やかな式場にあって一転、なによりも視線を奪う。
自分が贈ったジェットブラックの光沢とつやを、自分が手にした揃いの指輪とも重なる色合いをまとった花嫁を、見上げて。
しかしギリアムは臆した。口に出すのをためらって、すがるようにマリアンヌをみつめた。
助けを求める夫の視線に気づいたマリアンヌがその意味を告げる。
いつかのように凜々しく、彼女は誇った。
「あなたになら染められてもかまわないと思えましたのよ、わたくしは」
美しい花嫁のすっかり色の変わった指に漆黒のリングは丁寧にはめられるのだった。
*
マリアンヌは婚約を申し込まれたその日、結婚するならばと続けた。
「一生で一人の伴侶になってくださいまし」、と。
政略結婚でもなんでもなく〝本命〟にだけマリアンヌが突きつけた条件だった。うそぶかれたことも知らず、ギリアムは真っ向からその言葉を受け止めた。
「じつはそのドレスが黒いバラに見えたのだ。私は贈り物を返されたと……指輪と一緒に、それで……」
「まあ! そういうことでしたか」
マリアンヌはギリアムが絶望した理由を聞かされていた。
(やはり……ギリアム様は花言葉をご存じだったのですね)
マリアンヌは合点がいく。
「返品などいたしませんわ。あのバラはたとえ朽ち果てようとわたくしのものです」
それはそれは大事そうにマリアンヌは胸の中のバラを思い出す。
握りしめていた手を額へと持っていくギリアム。顔色にも血の気が戻ってきているようだった。
一拍おいてから、ギリアムは思い出したように言った。
「すまない。まっさきに喜んでやるべきだったな……たしかドレスは自製していたと」
「いいえ。謝らないでくださいまし」
「しかし気分を害しただろう」
「いいえ。わたくし、いまとても」
涙は口元まで流れあごからこぼれ落ちていく。人差し指をまるめて丁寧に払うマリアンヌ。続きを話したくても、嗚咽はひどくなる一方で、止まらない。
そんな彼女に胸ポケットのハンカチーフを差し出す夫。
「焦らなくてもいい」
「でも」
「お互いを理解する時間はゆっくりあるんだ。ともに、夫婦として往く道が」
「……はい、旦那様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます