今何してる?
仁城 琳
前編
「受かっ…た…!」
震える手でスマホを握りしめ画面を見つめていた私はそのままズルズルと座り込んだ。自分の受験番号とスマホの画面に映る番号を見比べる。何度観ても同じ番号だ。座り込んでいた私は立ち上がり叫びながら自室のドアを開く。
「う、受かった!私、合格したよ!!お母さん!!」
勢いよく部屋を飛び出し階段を駆け下りる私の目に飛び込んできたのはリビングにいるはずのお母さんが階段を上がってこようとしているところだった。
「うわぁ!」
「合格おめでとう、穂乃香!お母さんも気になって調べちゃった。」
「もう、お母さん。私の口から一番に合格したよって伝えたかったのに!」
「ふふ、ごめんね。でも穂乃香が頑張ってたのはお母さんも間近で見てたから。どうしても気になって調べちゃったのよ。」
お母さんは笑いながら手に持ったスマホをこちらに見せながら振る。画面には私のスマホと同じ、合格発表の画面だ。
「私、憧れの花女に通えるんだ…!」
私は小学生の時に運命の出会いをした。小学五年生の頃、学校からの帰り道だった。紺のブレザーに革の鞄と靴。控えめに笑いながら談笑するお姉さん達。決して派手では無いその姿にやけに惹かれたのだ。あの中に入りたい。私もああなりたい。
「お母さん!わたしもあの学校通いたい!」
「おかえりなさい。もう、まずはただいまでしょう。で、あの学校って?」
「お母さんただいま!あのね、さっき素敵な制服のお姉さん達がいたの!わたしもあの学校に行きたいの!」
「素敵な制服…どんな制服なの?」
「あのね、紺色で、形は…お父さんが着てるスーツみたいなのでね、かっこいいかばんを持ってたの!靴と同じ色の黒色でね、あと服にお花のマークがついてた!」
「紺の、スーツみたいな制服…ブレザーかしら。お花の校章ね。この辺でブレザーなら花山女子中学か花山女子高校、かな。」
「はなやまじょしちゅうがく…?」
「中高一貫校よ。とても頭がいいのよ。」
「その中学!わたしも行きたい!」
「え。うーん、でも受験しないと行けないのよ。」
「受験?」
「うん。穂乃香が行きたいならお母さんは応援するわ。受験、頑張れる?」
「うん!がんばる!花山女子中学校に行く!!」
小学五年生からスタートした受験勉強。私は必死で勉強した。初めての模試で最悪の結果を出してやめたくなったけどあのお姉さんたちの姿を思い浮かべて、それこそ死ぬ気で勉強した。だけど、足りなかった。そもそも五年生から初めて合格できるほど簡単な受験ではなかったのだ。何度見返しても見つからない私の受験番号。何度も、何度も見返して手元の番号も貼り出された番号も見えなくなった頃には、気付くと涙が溢れていた。なにがダメだったんだろう。頑張りが足りなかった?憧れのお姉さんにはなれないという事を突き付けられて私は人生で初めての絶望を感じていた。
「穂乃香、よく頑張ったね。お母さんは見てたからね。」
お母さんの震えた声が聞こえた。
「穂乃香。あのね、花女は高校からでも入れるの。穂乃香がつらいならもうやめてもいいわ。他にも穂乃香に合う高校は沢山あるはずだもの。だけど穂乃香が諦めたくないならお母さんは応援する。」
お母さんの手が私の背中を摩る。
「…やる。」
「うん。」
「私、花山女子高校に行く。」
「うん。お母さん、応援してるから。」
その日からまた私の受験勉強が始まった。一秒だって無駄にしたくない。今度こそ憧れのお姉さんになるんだ。
そして、今日。受験勉強は辛かった。だけどあの日の悔しさをバネに中学の三年間を必死にすごした。それがついに実ったのだ。
「私、花女の生徒になれるんだ!」
五年間の頑張りがようやく結果に繋がったんだ。
「わ、わぁ…!」
鏡に映る制服を着た自分はあの日見た憧れのお姉さんだった。今日は高校の入学式。私はわくわくしている反面、とても緊張していた。同じ中学から花女に行く子はいない。中高一貫校の花女で高校から入学するのは極数人だ。つまりもうグループが完成した中に入っていかなければならないのだ。
「友達…できるかな…。」
憧れの花女に入れたのに一人は嫌だ!やっと憧れに手が届いたのに私は不安に苛まれていた。
「穂乃香、用意はできた?」
「う、うん。できた。」
「穂乃香?顔色が悪いけど大丈夫?緊張しちゃった?」
「うん、ちょっとだけ。…あのさ、友達、できるかなって…不安になっちゃって。」
「そっか。ね、穂乃香、穂乃香は五年間頑張ったでしょう。花女に高校から入れるのだってすごい事なのよ。それに見て、鏡。ほら、すっごく素敵な女の子よ。こんなに頑張れて、素敵な女の子とお友達になりたい子はきっと沢山いるわ。大丈夫よ!」
「お母さん…。うん!ありがとう!緊張するけど、絶対楽しい高校生活にするよ!」
そして今日は入学式の翌日。
「はぁ…。昨日は結局誰にも声を掛けられなかったな…。」
友達作りにはまず自分から声を掛けないと!と意気込んだものの思っていた通り中学から進学してきた子達は既にグループが出来ており、とてもじゃないけど声を掛ける勇気はなかった。ソワソワと教室を見渡す。私と同じように一人の子はいない。あぁ、ダメだ。
「ねぇ。」
突然声を掛けられ、私は椅子から転げ落ちそうになった。
「はっはい!あ、いや。えっと…何…かな?」
「急にごめんね。あなたって中等部にはいなかったよね。」
「う、うん。私、高校からで…。」
「やっぱり!」
「うわ!」
小柄な女の子が大声で言う。目がキラキラと輝いている。
「私、池内紗里!あのね、今年の高校編入組ってすっごく少ないんだって!特に私たち特進クラスはあなたを入れて三人だけ。あ、あとの二人は隣のクラスだよ。昨日もね、見たことない子がいるなって声掛けたかったんだけど緊張しちゃって…えへへ!」
「池内さん?そうなんだ、三人しか…。」
通りで一人ぼっちは私しかいないわけだ。隣のクラスには二人いるのか、羨ましいな…。
「紗里でいいよ!えっと、東穂乃香さん…であってる?」
「すごい!もう名前覚えてくれてるの!?」
「だって編入生はこのクラスではあなただけだもん。気になってたから自己紹介の時にすっごく真剣に聞いてたんだよ?」
私、自己紹介で何話したっけ。友達同士ばかりなのに改めて自己紹介する状況が面白かったのか、なかなか盛り上がっていた自己紹介。緊張して当たり障りない事だけを話した気がするけど、真剣に聞いていたと言われると恥ずかしくなる。
「友達を沢山作りたいって言ってたよね。」
池内紗里が目を輝かせて言う。
「言ってたっけ…?ごめん、緊張しちゃってて何に言ったか忘れちゃった。」
「えー、言ってたよぅ。でもでも!緊張してたのに言ったってことは本心だよね?友達いっぱい作りたいんだよね!」
「うーん…。」
そっか。私そんな事言っちゃってたのか。
「うん、そうかも…。うん、友達沢山作りたい!」
「じゃあ友達になろう!他の子達もみんな東さんの事気になってるんだよ?」
「え、そうなの?」
「うん!だってだって!高校からの編入ってすごく難しいんでしょ?だからすごいねって!入学前からどんな子が来るんだろってみんな楽しみにしてたんだよ!ねね!穂乃香って呼んでもいい?」
「そうなんだ…。なんか照れちゃうかも。うん!穂乃香で大丈夫だよ!私も紗里って呼んでいいかな?」
「もちろん!紗里って呼んで!よろしくね、穂乃香!」
その後、紗里がクラスのみんなに呼び掛けるとみんなタイミングを伺っていたのかここぞとばかりに私の周りに集まってきた。仲間はずれにされるかも、なんて心配は無用だったようだ。楽しい高校生活が送れそう。ありがとう、紗里。
花女には遠くから通ってる子が多く、電車でも通うことが厳しい子は学生寮から通っていた私は比較的近くではあるが、電車通学だ。放課後、帰る方角が同じ子達数人と一緒に帰ることになった。
「みんなすごいね、中学生から電車で通学してたんだ。」
「遠くからでも花女に通いたいって子はいっぱいいるからね。私たちは自宅から通ってるけど寮生はすごいよね、中学生から親元を離れて過ごしてるんだよ?私は絶対無理だ!」
「えー、でもあたしはちょっと羨ましいなー。最近お父さんが鬱陶しくてさ。」
「ただの反抗期じゃん!」
「絶対寮に入ったらホームシック起こすよ!穂乃香ちゃんは?寮で暮らしてみたかったりする?」
「うーん、私は無理かな。半日で寂しくなっちゃいそう。寮生はすごいな。」
「だよね!」
「えー、羨ましいじゃん。」
「うるさい、絶対あんた寂しいって言い出すじゃん。」
「言わないよ!」
賑やかな帰り道。昨日までは想像できなかった。紺のブレザーに黒い鞄と靴。あの日見た憧れのお姉さんたちに慣れてるのかな。
「穂乃香?おーい、穂乃香ー?」
「ご、ごめん!ちょっとボーッとしてた。」
「大丈夫?電車通学二日目だもんね、疲れちゃった?」
「うん、ちょっとだけそうかも。でも大丈夫だよ!」
「そっか?でも無理しちゃだめだからね!ところで穂乃香、どの電車で帰るの?」
「えっと、B線だね。」
「ほんと!?」
紗里が大声をあげた。
「もう、紗里うるさい。」
「ごめん!」
「よかったね、紗里。今日から電車は穂乃香と一緒じゃん!」
「うん!あのね、穂乃香。私、電車はずっと一人だったの。穂乃香が同じ電車なんて!すっごくすっごく嬉しい!」
「紗里、一緒なの?私も嬉しい!あのさ、良かったら明日から一緒に行かない?」
「こっちのセリフだよ!ぜひぜひ!一緒に行こ!」
初めてできた友達と電車も同じなんて嬉しすぎる。花女の最寄り駅、色んな路線が入り交じる駅でそれぞれの方向に別れてまた明日と手を振って別れる。紗里と二人きりになった。
「紗里、ありがとうね。」
「急にどうしたの?」
「いや、えっとさ。紗里が声を掛けてくれたお陰でみんなと話せるようになったから。私、不安だったんだ。友達できるかなって。」
「なんだ!そんなの気にしないでよ!私だって穂乃香と話せて嬉しかったんだよ?それに、穂乃香の最初の友達になれたのが嬉しい!なんて…。」
紗里が下を向く。顔が赤くなっているように見えた。何となくつられて私も赤くなる。私も思わず下を向く。無言になって下を向いている気まずさから顔を上げると紗里も同時に顔を上げたので、思わず吹き出してしまう。
「私たち、もしかしてすっごく気が合うのかも!」
「そうだね!紗里が初めての友達でよかった!」
紗里の顔がまた赤くなる。
「もう!からかわないで!」
「へへ、ごめんね。」
顔を真っ赤にしたまま、もう、と頬をふくらませる紗里がかわいい。
「あ、そうだ。穂乃香って『MyRealShare』ってアプリ知ってる?」
「『MyRealShare』?」
「うん。これね。」
鞄から取り出した紗里のスマホがピロンと音を立てる。
「お、ちょうどいいね。」
紗里のスマホの画面には『今何してる?見てる景色をみんなにシェアしよう!』と通知が出ている。
「このアプリはね。」
紗里は電車の外の景色を写真に収める。そしてそれをそのアプリに投稿した。
「こうやって自分の今の様子をみんなとシェアするの!」
「みんなと?」
「厳密には繋がってるみんなと、だけどね。仲のいい友達に、自分は今こんなことしてるよ〜ってお互いに見せ合うんだ!通知のお題は毎回違うんだけどね、一日のルーティンを登録しておけば、その時間に合わせたお題が送られてくるんだ!AIが登録した時間と一日のルーティンから適切なお題を作ってくれるんだって!」
「へー、ちょっとおもしろそうかも。」
「ほんと!?よかったらなんだけど、私と繋がらない?やり方は私が教えるし!」
「うん、やってみようかな!」
「やったー!これさ、うちの学校でもやってる子が多いんだ。さっきは勝手に穂乃香の写真シェアしちゃうの良くないって思ったから景色の写真にしたけどさ、穂乃香もやってくれるならお互いの写真とか二人で撮った写真とかシェアしたいな!」
「それすごく楽しそう!やり方教えて!」
「よしよし!明日クラスのみんなともよかったら繋がろうよ!これがあるとなんかよりみんなと仲良くなれる気がするんだよね!」
「うん!繋がりたい!」
「じゃあ決まりね!あ、私この駅なんだ。また明日ね!」
「うん!また明日!」
私は幸せな気持ちで帰宅した。
「お母さん!友達できたよ!」
「おかえりなさい、穂乃香。もう、まずはただいまでしょ。」
「ただいまお母さん!あのね、クラスの子が話しかけてくれてね、そこからみんなと話せるようになったの!明日も友達と一緒に学校に行く約束したんだよ!」
「そう!よかったわね!あ、そうだ。今日の夕飯は穂乃香の好きなハンバーグよ。」
「本当?やった!」
夜ご飯を食べてるとスマホがピロンと音をたてた。『MyRealShare』の通知だ。
『今何してる?夜ご飯をみんなに自慢しちゃおう!』
私はハンバーグの写真を撮ると、『MyRealShare』に投稿した。
「こら、食事中にスマホ触らないの。」
「ご、ごめんなさい。でもこれだけ…。」
「なにしてるの?」
「これ、今日友達に教えてもらったアプリなんだけど、友達と自分の今の状況をシェアするの。もっと仲良くなれる気がするって教えてもらったんだ。」
画面上にポン、と通知が出る。さっきのハンバーグの写真に紗里が「美味しそう!」とコメントを付けてくれたようだ。なんだか嬉しくなる。思わずふふっと笑いを漏らした私にお母さんは何か言いたげな顔をしていたが私は気が付かなかった。
「…あんまりのめり込んだら駄目よ。それなりで楽しみなさいね。」
「うん。分かってるよ。」
今は紗里と二人だけだけど、これがクラスのみんなと楽しめるんだ。明日が楽しみだな。私はスマホを置いてハンバーグを食べる。
「すごくおいしいよ!お母さん!」
大好きなハンバーグと明日からの楽しい学校生活で私は幸せな気分でいっぱいだった。
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