第17話

 今年もまた冬がやってきました。


 私は薄着で来たことに少し後悔しながら手のひらを擦り、摩擦で温める。


 風と一緒に枯葉が私の前を横切った。あれから蒼空は順調に治療が進み一週間ほど前についに退院することができた。今日は蒼空と久しぶりに会う約束の日。私はいつもの公園に向かう。


 久しぶりって言っても一週間だけど、最近は毎日のように会っていたから、少し会っていないだけで違和感だった。


 正直、本当はもっと早く会いたかった。けれど、なぜか蒼空は今日がいいとこの日にだわった。


 今日はどこに行こうかとふたりで話し合った。したらふたり口を揃えて「どこでもいい」と言っていた。あまり遠くにもいけないし、退院したばっかだったので、今回は公園で話すことにした。


 蒼空と行きたい場所は山のようにあるけど、焦らなくてもいいんだよね。これから少しづつ減らしていけばいい。時間はたくそんあるのだから。それに蒼空がいてくれるのなら家でも病院だろうとどこでもよかった。


 私たちは生きていなかったはずの今日を生きている。それは生きたかった人が生きれなかった今日かもしれない。生きていれば嬉しいこと、楽しいことがこんなにもあるのに。私はまだこの世界を知らなすぎたのだろう。そしてまだ知らないことはたくさんあるんだろうな。辛いことも中にはあるのかもしれないけど、蒼空と一緒ならきっと乗り越えられる。


 そんなことを思いながら私は公園に辿り着いた。ここに来るのは蒼空が倒れた日以来だった。今でも鮮明に思い出す。


「よっ」


 そう言ってすぐうしろから現れた蒼空は私の少し震えていた手を優しく包み込んでくれた。


「待ったか?」


「全然」


「よかった」と笑う蒼空の顔に私まで笑ってしまう。もう大丈夫だ。蒼空はこうして私の傍にいてくれるのだから。


「座ろうぜ」


 蒼空にそう誘われて私たちは近くのベンチに腰を下ろした。


「俺、近いうちに学校も復帰できるって言われた」


「えっ!よかったね。樹くん嬉しいだろうな。クラスのみんなも今日も蒼空くんいないの〜って言ってるよ」


 みんなしっかりした理由は知らないからすごい心配してたもんなぁ。


「ははっ、まじか。学校行ったらまた弁当食べような」


「あっ、最近はお弁当、美優たちと食べてて」


 まぁ、美優たちは全然いいよとむしろ行ってきなよって言ってくれるのだろうけど。


「あぁ、お前もう、あの教室で食べてないんだな」


 蒼空は私の成長に「よかったな」と頷いた。昔では想像がつかなかっただろうな。私がみんなと机を合わせてお弁当を食べているなんて。


 私たちはその後もベンチで話し続けた。気がつけば時間は何時間もたっていた。


「俺、お前がいなかったらどうなってたんだろうな」


 蒼空はぼーっと風に揺れるブランコを見つめていた。


「まぁ、もしもの話なんてわかんねぇよな。だからわかってることだけ」


 そう言うと蒼空は私のほうに顔を向けた。そんな蒼空に私も顔を上げる。


「これからも迷惑いっぱいかけるかもしれないけど、俺はずっとお前の傍にいたい」


 いきなりの話に私は反応できずに蒼空の話を聞いていた。


「なんかプロポーズみたい」


 私が思わずそう言うと蒼空は耳を赤くして首元をさすって恥ずかしそうに少し俯いた。


「美月、目つぶってろ」


「どうして」


 私が言い切る前に蒼空は私の目元を大きな手で隠した。暗くされた視界に私は黙って目をつぶる。


「そのままつぶってろよ」


 何をするのだろうと思っていると蒼空が私の手をそっと持ち上げた。


「もういいよ」


 そう言われ私はゆっくりと瞼を開く。そして先程、触られた感覚がした左手を見つめた。


「指輪...」


 私は左手の薬指にはめられたものを声に出して確認した。顔を上げると蒼空は優しく笑った。


「美月、誕生日おめでとう」


「えっ、うそ」


 私は思っていなかった言葉に驚いた。


「今日、私の誕生日」


「お前やっぱり自分の誕生日忘れてただろ」


 蒼空に言われたとおり、最近は忙しかったのもあって、本当に忘れていた。


「お前、美優とかには教えてなかったのか」


「......教えてなかった」


「でもよかった。俺が一番に祝えて」


「ありがとう。本当に嬉しい」


「今はこんなものしか買えないけど、大人になって稼いだらもっとしかりしたやつ」


 蒼空はそう言いかけてはっと気づいたように口を止めた。


「それって」


 私がニヤついた顔でそう言うと蒼空はさっきよりも何倍も顔を赤くして「なんでもねぇ」と口元を抑えた。その仕草が私にはすごく可愛く見えて愛らしかった。こんなこと言ったら蒼空は怒るかな。


 私はシンプルな銀色に綺麗に掘られてキラキラと輝いている模様を指輪指で優しくなぞった。


「少し大きかったか」


 蒼空が私の指を見てそう言った。確かに少し指に余裕がある感じはしたけどそれほど気にはならなかった。


「ちょっとだけ、でもこっちの方がいい。大きい方が大人になってもつけていられるから」


 私はそう言って、取れないようにしっかりと指にはめた。


「蒼空、ありがとう。大人になったら今度はふたりでつけようね」


 私はさっきの話を掘り返すように言うと「お前な」とまた少し顔を赤くした蒼空がそう言ったが切り替えるように蒼空は立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ行こうぜ」


「えっ、どこに?」


「お前、夜も予定ないって言ってたよな」


 蒼空にそう聞かれ私はうんと答える。確かそう聞かれていた。


「お前がもうすぐ誕生日だってお母さんに言ったらさ。じゃあ、ご飯一緒にって、張り切って料理考えててよ。ここ来る前からもう準備してたから多分もうそろできると思う」


「美咲さんがご飯作ってくれてるの!」


「だから家来るだろ?」


「もちろん、行きたい!あっ、でもちょっと待って」


 お母さんは今日もいないだろうけど一応連絡だけしておこうと思った私は鞄から携帯を取り出した。


「誕生日おめでとう!ごめんね、仕事だから直接言えなくて」


 携帯を開くと少し前に来ていた着信に目を見張った。お母さんも覚えててくれていたんだ。携帯を握る力が強くなった。


 あれからお母さんは今までの仕事をやめ、最近では近くの服屋さんで働き始めていた。


 私はありがとうと今日は蒼空の家にお邪魔することを伝えて携帯の電源を切った。すると蒼空は「ほら」と手を私に差し出した。私は蒼空の手に自分の手を重ねて歩き出した。


 初めて自分の誕生日がこんなにも特別だと思えた。私があと一年遅く、一年早く生まれていたら、私たちは出会わなかったかもしれない。


 そう考えると本当に出会いというのは奇跡でできているんだな。この出会いを大切に離さないように私そう蒼空の手をぎゅっと握った。そしたら蒼空も握り返してくれる。


 私たちは赤になった信号に足を止める。ふと顔をあげると蒼空と視線が交わって思わず笑ってまった。でもそれは蒼空も同じだった。


 青に変わった信号を確認して再び歩き出す。


「カラン」


 音の響いたほうに目線を落とす。私は蒼空と握っていた手を離し、転がっていってしまった指輪を咄嗟に追いかけた。指輪はくるくるとその場で回ると止まり、私はしゃがんで指輪を握った。


「よかった」


「美月ッ!!」


 私は力強く呼ばれた蒼空の声に振り返る。するとそこには焦った顔で必死に私に腕を伸ばす蒼空の姿が映った。


 咄嗟に私は蒼空の手をつかもうと手を伸ばす。。手が触れ合うと蒼空は勢いよく私を引き寄せ私を抱きしめた。その瞬間、


「キィィン!」


 甲高い音が鳴り響く。それと同時にふわぁっと地面から足が離れる感覚と鈍い痛みが全身に伝わった。


 ほんの一瞬の出来事に理解ができなかった。気がつけば私は道路に横たわっていた。私は痛みに顔を歪めながらゆっくりと体を起こす。


「おい!あの車逃げたぞ!」


「君、大丈夫か!!」


 少し若いお兄さんが私に駆け寄り、そう言った。私はそんなお兄さんの話に答えず、辺りを見渡す。すると少し離れた場所で倒れている蒼空が目に入った。


「おい!こっちの子やばいぞ。急いで救急車呼べ」


 周りの悲鳴、混乱する街中それだけですぐに理解できた。私は轢かれたのだと。


 そう理解できた瞬間に私は痛みなど忘れ、急いで蒼空の元に駆け出した。


「おい、お姉ちゃん!」


 そんな私を引き止める声なんか耳には全く届いていなかった。


「蒼空!蒼空!」


 私は必死に蒼空の名前を呼んだ。


「み...づき」


 私の呼びかけに答えるようにに蒼空は閉じていた目をうっすら開いた。その隙間から私の顔を認識していた。


「よかった。お前、無事か」


 蒼空は自分のことよりも私の心配をした。私の体に視線を巡らせ無事を確認すると力なく笑った。


「蒼空どうして、私を庇って」


「体が咄嗟に動いたって言うか」


 蒼空は当たり前かのように迷わず答えた。


 蒼空が死んでしまったら私はどうすれば、そう思いながら顔を下に向ける。そして気がついた。


「嘘、血が」


 地面には蒼空から流れ出た血で真っ赤になっていた。


「美月」


「蒼空はもう黙って!」


 私は自分の上着を蒼空の横腹に押さえつけた。全力で力を込めるが血は止まることなく私の上着を綺麗な赤色に染めていく。


「お願いだから止まって!止まってよ!」


 こんのままじゃ本当に蒼空が死んじゃう。


「美月」


「蒼空、もうすぐ救急車来るから」


 私がそう言うと蒼空は私の手首をぐっと掴んだ。


「美月、大丈夫だから」


 そんなはずがなかった。蒼空は明らかにもう自分のことを悟ったように私に笑いかけていた。握られた手首は簡単に解けてしまうことができるくらい弱かった。


「言いたいこといっぱいあるはずなのに、ありすぎてもうわかんねぇや」


「何も言わなくていいよ。言いたいことならあとで聞くから」


「お前がいてくれたから俺は」


 私がそう言うと蒼空に握られていた力がほんの少しだけ強くなった気がした。聞きたくなかった。これを聞いてしまったらもう終わってしまうような気がして。


「俺あのとき死ななくてよかった。お前のこと守れたから」


 だんだん少しずつ蒼空の声は弱々しく小さくなっていっていた。


「美月」


 混乱している頭の中にすっと蒼空の声が聞こえた。あの日のように。蒼空に視線を落とすとすごく優しく私を見つめた。


「愛してる」


 そう言ったきり、蒼空は動かなくなってしまった。

 私の手を握っていた蒼空の手はゆっくりと離れていった。


 "愛してる"初めて蒼空から聞いた言葉だった。実はいつか言われてみたいと思っていた。いつどんな声でどんな顔で言ってくれるのかなって。


「私も愛してるよ.....ねぇ、蒼空目を開けてよ」


 一方に言いたいこと言って、私には何も言わせてくれないの?蒼空が一度も言ったことがないように私も言ったことがなかった。だから私のこの言葉を聞くのは蒼空が初めてになるはずだった。


「私だってまだ言いたいことたくさんあるんだよ。ほら、来年も花火、見に行く約束したよね」


 蒼空は私がなにを言っても答えてはくれない。


「ねぇ、約束......守ってよ」


 私その場から動かずに蒼空から離れなかった。しかし、その後しばらくして救急車が到着し私と蒼空は引き離され別々の救急車に乗せられた。


私の怪我なんてどうでもよかった。私はとにかく蒼空のことが気になって、なにを聞かれても頭にひとつも入らなかった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る