第14話 長い午後

長い午後 1

 どうにかメリッサにドレスを選ばせることに成功し、アルはひとたび安堵した。まだ安心できないが、お金の方はうやむやにできた。

 メリッサは自分の執務机のPCでドレスを選んでいるようだ。秘書の仕事の中に社長が贈り物をするとき、選び、支払うことも業務に含まれる。なので彼女のPCにはアルのクレジットカード情報がある。

 どうしよう。彼女のPCを見に行こうか。いやいや。ここはガマンだ。選んでいるときにウザいと思われるのは悪手だ。選んでいる間、何も気にしていないフリをする必要がある。

 大型スクリーンをオンにし、応接セットのソファに座る。そしてサブスクの映像番組の中から、以前から見たかったトルコの世界遺産、チャタル・ヒュユクの番組を選ぶ。チャタル・ヒュユクは紀元前7500年に遡る古代都市の遺跡だ。今からは想像すらできない形態の都市だ。道路はなく、部屋は地下。ハシゴで屋上に出て、屋上を歩いて移動する。屋上のハシゴからでる扉が炉の煙を逃がす穴を兼用する。そして死者をその部屋の地面に葬り、豊満すぎる女神と牛の角を崇拝していた。1番肝心なのは貧富の差はもちろん階級も未分化だったと都市の配置から推測されることだ。

 人類が平等に過ごしていた時代があったのだ。客観的にはセレブリティである自分がそこに心引かれるのも経済的余裕が生むものだと思わないでもないが、それでも心の中には理想郷はある。

 うーん。素晴らしい番組だった。

 気がつけば番組が終わり、いつの間にか隣のソファにメリッサが座っていた。

「アメージング。異星の集落を見ているかのようですね」

「しかし不完全すぎた。最後は環境破壊と疫病で都市は放棄された」

「今とそう変わりませんよ。スケールが大きい分、悪質で不可避です」

 アルは頷いた。

「ところで選んでくれたんだよね?」

 メリッサは冷ややかに答えた。

「ええ。私のサイズはそんなに普通の女性からかけ離れてはいませんが、今、注文して夜に届くレディメイドのナイトドレスはそう多くはないので、すぐに決まりましたよ」

「すまない。別に休暇の間に届けば良かったんだ。言えば良かった」

「また買えばっておっしゃらないんですね」

 メリッサは意外そうな顔をした。

「君が嫌がることはしたくない」

「じゃあ、貴方のお気に召さなかったら自分で買いますわ」

 そして少し恥ずかしそうに俯いた。

「お気に召さないなんてこと、多分、ないよ」

「肌面積が広いとか」

「僕しか見ないんだったらそれでもぜんぜん」

「では肌面積が狭いとか」

「それでも別に。君に似合っていれば」

 アルはさらっとそう答えてしまったが、メリッサは固まっていた。気まずい雰囲気が流れ、少し時間が経過してようやく、メリッサはその薄い唇を開けた。

「どうしてそんなこと、即座に言葉にできるんです?」

「いつもそう思っているから」

「いつもって、いつもはビジネススーツですよ。色違いで4種類、季節で3種類。計12着しかない」

「だから、似合ってるけど、たまには冒険してくれないかなと」

「も~~ どうして今、言うんですか! もっと前に言ってくださっていたら、こんな茶番劇で休暇なんてとってもらうことなかったのに!」

 今度は怒りだした。アルは全く理解できない。

「え、え、なんで?」

「社長が仕事中毒ワーカホリックだから、こんなことを始めたんです。私の服に興味を持っていたとか知っていたら、どうにかして少しは外に誘いましたよ。そうしたら自然に休暇を取る話にもなったかもしれないじゃないですか!」

「なるほど。でも別にいい」

 アルは正直な気持ちを伝える。

「どこか行きたいところに行けたり、やってみたいこととか、できたんですよ!」

「行きたいところがないわけじゃないし、ここではできないやりたいことがないわけでもない。それでも別に気にならない」

「どーしてですか!?」

「行きたいところに行ったり、やりたいことをやったりしても、君がいてくれないんだったらあんまり嬉しくないから」

 メリッサは黙りこくった。どう答えたらいいのか考えあぐねているようだった。

「信じられない?」

 アルが聞くと、メリッサは大きく首を横に振った。

「信じます。信じたいです。嬉しいです。私のことをそんなに評価してくれていることもわかって、なんて言ったらいいか……」

「評価っていうか……大切に思っているんだけどな」

「じゃあもう少し仕事を抑えてくださってもいいじゃないですか。重役の皆さんに仕事をおろせばいいんですよ!」

「あいたたた。そう来たか」

「本当に私と一緒にいたいから仕事漬けだったんですか?」

「だから、そう言ってる」

「あ、今、キスしたいです」

「もちろんいいよ。嬉しいな」

 アルは頬をメリッサに向ける。朝、チークキスしてくれたように、またメリッサがそうしてくれるのかと思った。

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