第7話 無機質な社長室でバカンスを
無機質な社長室でバカンスを 1
もう限界だった。恥ずかしくて、嬉しくて、心臓が保たないと思った。だからメリッサはアルの前から逃げてしまった。
生まれて初めてのビキニ――生まれて初めて男性にここまで肌を晒したこと。
今まで見たことがないようなアルの笑顔。
もういっぱいいっぱいになって当たり前だ。
いいのか。これくらいでいいのか。ちょっと出し惜しみした方がいいのではないか。
そう自分に言い聞かせ、真水のシャワーを浴びた後、仮眠室で元の部屋着に着替える。女をとっかえひっかえしているその手のロマンス小説に登場する社長ならばともかく、アルはそういう類いの社長ではない。女っ気はほとんど無いのだから急に出す必要もなかった。出し惜しむべきだったとメリッサは少し後悔する。
着替え終えて、ドライヤーで髪を乾かし、アップにする。普段うなじを見せることはほとんどない。アルが意識してくれるといいのだけれど。水着も軽くすすいで干しておく。
水着の次の作戦は胃袋を掴む、だ。ベタだが、ベタすぎてちょうど良い。そうしないとアルは気がついてくれないに違いない。自分の辛辣な物言いが悪いのも分かっている。だが修正が効かない以上、仕方がない。
プールから上がったら何が欲しいだろうか。身体が冷えているだろうから、ちょっと温かい飲み物がいいに違いない。普段とは違う飲み物を用意しよう。
インスタントだがココアを作ることにする。メリッサは電気ケトルで湯を沸かす。1度沸騰させておけば、次の再加熱ですぐに提供できる。
次は――リゾートっぽいものが欲しい。漠然とそうイメージはしていたので、フルーツミックス缶をあらかじめ用意しておいた。これにサイダーをかけ、シロップを掛け、簡単フルーツポンチを作る。ガラスの冷ややかな器があれば良いのだが、ここには普通の器しかないのが残念だ。閉鎖空間の演出上、やむを得ない。
こんな無機質な場所でリゾートを演出できるだろうか。メリッサは頭を悩ませる。ちょうどフルーツポンチができた頃、アルがプールから上がり、社長室に戻ってきた。
すぐに自分の分と2杯のココアを作り、トレイを使わずにカップを手で持っていく。
「思ったよりも泳いでしまった」
引き締まった身体がセクシーだ。いつもスーツ姿なのにタオルを1枚首からかけただけのアルは自分が幻を見ているのではと思ってしまうほど刺激的だった。しかし魅惑の肢体に酔っている場合ではない。
「それはよかったですね。身体が冷えたでしょう。どうぞ」
「おお。ココアか。助かるね」
アルは応接ソファの上にタオルを敷いて座り、ココアをすする。
「ああ。温かい飲み物がいいね。さすが敏腕秘書だ」
「冷徹秘書と言われなかっただけよかったとしましょう。アル」
「言い直そう。メリッサ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
意識して欲しいな、と心からメリッサは思う。そして自分もソファに座り、カップの縁に口を付ける。ココアが甘い。心地よく感じる。アルの唇を見る。彼の唇はどんなにか甘いだろう。ダメだ。自分は発情しているらしい。己の身体の奥底に雌を感じる。ダメだ。これでは。ダメなんだ。メリッサは何度も自分に言い聞かせる。このままではかつての秘書たちの二の舞になる。彼の方から自分を求めさせなければならない。そしてそれだけでは足りない。遊びや間違いで終わらせられないように外堀を埋める必要がある。
ふう。頑張れ、私。
そう自分に言い聞かせて、メリッサはココアを飲み干した。
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