風が強い。


 色とりどりの洗濯物が旗のようにはためいて、雲ひとつない快晴の空によく映えた。


 帽子が飛ばないように押さえながら、家々の建ち並ぶ細い路地を歩く。劣化した舗装の隙間から小さな花が顔を覗かせていて、そこだけ少し明るく見えた。


 誰を訪ねに来たわけでもなく、私は知らぬ街、知らぬ住宅街を歩いている。馬鹿みたいに空が青一色だから、白昼夢でも見ているような気分だ。


 天気がいい割に人はまばらで、すわゴーストタウンかと疑うほどだった。コツコツと私が歩く足音と、びょうびょう、バタバタと強い風とはためく布の音がいやに耳に残る。


 それでふと、なんだってこんなに私は怖がっているのだろうと思った。


 だって平日の昼間なんだから人が少ないのは当然で、ヒールのある靴で舗装された道を歩いたらそりゃあ音もするだろう。帽子も被っていることだし、風の音が大きく聞こえるのも不思議じゃない。


 だのに、私はそれらを何故か気味が悪いというか、うっすら不安に思っているようだった。


 気がついたからには理由が気になるというのが人間というものだ。だもんだから、ぼぉっと上を見ながら私はしばらく考えて、納得した。


 私はあの、絵の具をぶちまけたような現実味を感じさせないほどの“快晴”が、なんというか落ち着かなくて怖くて、気持ちが悪かったのだ。


 それを理解した時、本当に驚いた。だって今日ここは、気持ちがいいほどの快晴と言われるような天気をしているのだ。それに恐れを抱くことがあるのかと、そう思ったのだ。


 けれど、美しすぎるものはある種の威圧感というか、まあ畏れを抱かせるものらしい。現実感が無くなるほどの青は、私にとっては畏れを抱くに足る強烈に侵蝕される美だったのだろう。


 思考を整理し終えたころ、路地が途切れて大通りに出た。広くなって更によく見えるようになった空の端に白い雲が一切れ漂っているのが見えた。


 ───多分、そこでようやく、私は夢から醒めたのだ。


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