第79話

教会に向かって来た時と同じく、マルンの上にまたがって目的地を目指して進む二人。

しかし今の二人の間の雰囲気は来た時のそれとは違い、どこか恥ずかしそうな表情を浮かべていた。


「ま、まさか侯爵様が迎えに来てくれるとは思いませんでした…。うれしかったです…!」


レベッカは自身の手をラクスの腰に回し、振り落とされないよう必死につかまりながらそう言葉を発した。


「べ、別に感謝されるような事はなにも…。俺はただただ自分の思いを正直に伝えたかっただけで…」


ラクスは非常に恥ずかしそうな表情を浮かべながら、そう言葉を返した。

しかし今の二人の態勢は互いの表情を確認することができないものであるため、ラクスの表情が赤くなっているところをレベッカは見ることができない。

ただそれでも気づかれるほどに、ラクスの口調はどこか熱を帯びているように感じ取れた。


「あの…レベッカ、こんな時に言う事じゃないかもしれないんだけど、聞いてほしい」

「はい。なんですか?」

「……」


レベッカに対してそう言葉を発したラクスは、その場でマルンの足を停止させる。

そして座った状態のままゆっくりとレベッカの方に顔を向けると、真剣な表情でこう思いを告げた。


「俺と、婚約してほしい」


ラクスのその言葉に迷いや濁りなどは一切なく、非常に澄んだ雰囲気を感じさせる。

彼が本気でそう言っていることは誰の目にも明らかであり、レベッカにはそれが一番理解できた。


「レベッカ、君にずっと俺の隣にいてほしい。俺は必ず君を幸せにすると約束しよう。そしてなにがあろうとも、君の事を守り抜くと約束しよう」


ラクスから告げられたその言葉を受け、レベッカは自身の胸の中で言葉を整理し、少しの間を空けた後にこう言葉を返した。


「はい…!!!こんな私ですけれど、よろしくお願いします…!!!」


――――


「ラクスの奴、うまくやったのかどうか心配でならん…。今頃どういう段階にいるのか…」

「焦ってもどうにもなりませんよレベルク様…」

「これが焦らずにいられる状況か!」

「もうお年なのですから、あまり興奮なさらないでください。お体に毒ですよ?」

「エリカ…いつからそんな毒舌に…」


ラクスとエリッサが人生の大きな山場を迎えていたその一方で、侯爵家では彼らの帰りを待つ者たちが心配そうな表情を浮かべていた。

彼らが口にする心配事は当然ラクスのとレベッカの今後の立ち位置についてであるが、その実それ以上に屋敷の人々が心配に思っていたのは、二人の恋時の行方についてであった。


「ラクス…。相手が近衛兵の超絶人気騎士とあっては、さすがに厳しいものがあるか…。もしダメだった時にはなんと言葉をかけてやろうものか…」

「気が早いですよレベルク様」

「これが気が早まらずにいられる状況か!」

「そうですね…。しかし、私たちにできることはひとつしかありません。たとえどんな結果を迎えることになったとしても、侯爵様を温かく迎え入れる、それだけです」


エリカは非常に冷静な口調でそう言葉を発した。

物静かな彼女とて、その心の中ではいろいろな感情が沸き上がっていることだろう。

しかし彼女はそれらの私情的な感情をすべて押しとどめ、二人のために余計な事を口にしないよう努めていた。

しかしその直後、エリカはやや自身あり気な表情を浮かべながらこう言葉を続けた。


「でも、二人ならきっと大丈夫かと思います。運命的としか思えない出会いをして、同じ時を過ごして、誰の目にも相思相愛だった二人なのですから」

「それは同感だな。二人は悟られるまいと必死に隠していたようだったが、バレバレだぞって何回言ってやりたくなったことか」

「きっとそれもこれから、輝かしい思い出の一つとなることでしょう。二人が後悔のない未来を選ぶことができたなら…」

「なってほしいねぇ…」

「失礼します、レベルク様!!」


2人がしみじみとした雰囲気でそう会話を行っていたまさにその時、一人の使用人が2人に対して大きな知らせを持ち込んだ。


「どうした?」

「はい!たった今、侯爵様がレベッカ様を連れられてお戻りになられました!」

「「!!!!」」


その知らせを聞いた二人は一瞬のうちに自分たちの席から腰を上げると、一目散に屋敷の玄関口を目指して駆けだしていった。


――――


「ラクス…レベッカ…よく戻ってきた…!」

「おかえりなさい、二人とも」


侯爵家入り口の門の前で、4人はついに再会を果たした。

ラクスとレベッカの姿を再び自身の瞳にとらえることが叶った二人はそれだけで非常にうれしそうな表情を浮かべていたものの、そのうれしさはこの後ラクスから発せられた言葉によってさらに一段と強いものになる。


「ただいま、二人とも。…えっと、改めて紹介するよ。こちら、俺の婚約者のレベッカ・ランハルト」

「♪」

「「!!!!!!!」」


レベッカはラクスからの紹介に合わせ、上品に頭を下げて挨拶を行った。

その光景を見たレベルクとエリカは、それまで以上に一段と強く自分たちの心を興奮させていく。


「ククク…。二人とも、今夜は朝まで詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか…♪」

「そうね…。これだけ心配させられたのだから、それくらいしてもらわないと割に会わないわ…♪」


レベルクとエリカは不気味な笑みを浮かべて笑いながら、早速二人の事を屋敷の中に引っ張り入れ、これまでの長い長い話を二人の口から直接聞きだすこととしたのであった…。

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