第77話
息を切れ切れにしながら大きな声でレベッカの名を叫んだ人物は、他でもないラクス侯爵その人であった。
「こ、侯爵様…!?い、一体どうされて…」
「聞いてくれレベッカ!!!」
きょとんとした表情を浮かべるセシリアに構わず、ラクスは自身の言葉を続ける。
「さ、さっきはレベッカとしての君とはお別れだと言ったけど、やっぱりそんなのは嫌だね!!君は誰が何と言おうともレベッカなんだ!」
ラクスの表情は、彼がこれまでに見せたことのないほど真剣そのものであり、そこにレベッカと会う以前のぞんざいな雰囲気は全くなかった。
「分かっているさ!君はクラインの事を愛していて、グローリアの事も心から慕っている!そんな君がこれからセシリアとして王宮に戻らないはずがない!だが、だがそれでも俺は君についてきてほしい!屋敷に帰ってきてほしい!」
力強い口調でそう言葉を発するラクス。
しかしそんな彼の言葉を聞いたセシリアとクラインは、ややきょとんとした表情を浮かべていた。
「生まれが皇帝令嬢なんて知った事か!実の父がグローリアだろうと知った事か!!俺は誰を相手にしようとも、絶対にレベッカを離さない!誰にも渡してたまるもんか!」
ラクスの発したその言葉は、近衛兵であるクラインとしてはなかなかに聞き逃すことのできない言葉ではあるものの、クラインはその表情にやや苦笑いを浮かべながら聞かぬふりをし、ラクスの言葉を遮ることはしなかった。
「だからレベッカ、俺と一緒に来てほしい!俺はずっとずっと、いつまでも君に隣にいてほしいんだ!!!」
ラクスはセシリアの目を見据え、はっきりとした口調でそう思いを告げた。
そこに迷いや後悔などはかけらもなく、ただただセシリアに対する思いを素直に、ストレートに口にして見せた。
「ラクス…様…!!!!!」
「…!?」
ラクスからそう言葉を告げられたセシリアは、その顔にこの上ないほどの笑みを浮かべて見せると、そのままラクスの胸元に勢いよく飛び込んだ。
それは明らかにラクスの言葉に対する好意的な返答であったが、ラクスはどうやら自分の目の前に広がる光景が信じられない様子。
「あ、あれ…?ほ、ほんとにいいの…?ク、クラインと話がついてたんじゃ…?」
「「…♪♪」」
どこかきょとんとした表情を浮かべるラクスの姿を見て、セシリアとクラインはそろって笑みを浮かべて見せる。
自分たちの状況をどこまでも勘違いしてしまっているラクスの姿が、なんだかかわいらしく思えたのだろう。
クラインは穏やかな表情を浮かべながら二人のもとに歩み寄ると、ラクスに対してこう言葉を告げた。
「彼女はもうセシリア・ヘルツではなく、レベッカなのですよ、侯爵様」
「そ、それは……」
「もちろん、それは彼女自身が決めたことです。セシリアとしての自分でなく、レベッカとしての自分を選びたいと。…もちろん私としては寂しい思いはありますが、それでもいいんです。最後にこうしてセシリアと再会することができましたから」
「クライン…」
クラインがどのような思いをその心の中に抱いているのか、それは今の彼の表情が物語っていた。
うれしそうな、悲しそうな、それでいて寂しそうで、でもやはりうれしそうな、そんな表情を彼は浮かべていた。
「レベッカ、本当に一緒に来てくれるのか?俺を選んでくれるのか?」
「はい!私はレベッカとして生きていくことを決めたんです!ラクス様やレベルク様たち侯爵家のみなさんと、ずっとずっと一緒にいたいんです!」
セシリアはうれし涙でその瞳を濡らしながら、非常に明るい雰囲気でそう言葉を返した。
セシリアの姿は、これまでラクスが見てきた彼女の表情の中でもっとも明るく輝いて見えたことだろう。
「あ、ありがとうレベッカ…!こ、これからもよろしく…!」
一方、ラクスは心からの嬉しさのあまりか、どこかぎこちない様子でセシリアにそう言葉を返した。
その表情は分かりやすく赤色に染まっており、今後しばらくは周囲の人々からこの事でからかわれ続けそうな雰囲気を感じさせていた。
「ラクス侯爵、彼女の事をよろしくお願いします」
「あぁ、まかせろ」
「どうやら、結論は出たようだな」
「「っ!?」」
その時、3人のもとに最後となるゲストがその姿を現した。
他でもない、セシリアの実の父である皇帝、グローリア。ヘルツその人だ。
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