第44話

「失礼します。グローリア様、ノルド様が調査からお戻りとのことです」


その知らせを同時に耳にしたグローリアとラクスの二人は、同時にその表情に不敵な笑みを浮かべてみせる。


「そのままこの部屋に来るよう言ってくれ」

「承知しました」


グローリアからの指示を聞き届け、使用人はそそくさとその場を後にしていく。

その姿が部屋から見えなくなった時、グローリアは恐ろしいほど低い口調でこうつぶやいた。


「…さて、時間はたっぷりあるんだ。私が納得いくまで話を聞かせてもらおうではないか…♪」


そんなグローリアに対し、ラクスもまたやや低い口調でこう言葉を発した。


「俺も同席させてもらうぜ?俺だってもう部外者じゃないからな。それに、俺がいた方が話がスムーズに進むと思うが…?」


グローリアはラクスの言葉に対し、自身の首を縦に振って答えた。

そしてその後まもなく、意気揚々いきようようといった雰囲気のノルドが二人の元を訪れた…。


――――


「ノルドです。失礼します」


ノルドはうやうやしい雰囲気の口調でそう言葉を発すると、部屋の扉をゆっくりとあけ、さも大仕事を成し遂げた後の人間かのような堂々とした雰囲気を醸し出しながら、部屋の中に入っていく。

そのままグローリアの座る机の前を目指して進んでいくさなか、ノルドは部屋の中にたたずむラクスの方に視線を向け、こう言い放った。


「なんだなんだ?自分の罪を軽くしてもらうよう皇帝陛下に直談判でもしているのか?ククク、残念だが、そんなもので犯した罪が軽くなるならだれも苦労はしない、もうあきらめろ♪」


胸元に輝く近衛兵のバッジを自慢げに見せつけながら、ノルドは完全に勝ち誇った表情を浮かべている。

ラクスはそんなノルドをあえて泳がせ、この場で言葉を返すことはしなかったが、その心の中ではこう言葉をつぶやいていた。


「(さて…。これから皇帝に罪を軽くするよう命乞いを始めるのは、果たしてどちらだろうな…?)」


異様な空気が二人を包む中、ノルドはグローリアの元まで足を進め、ついに皇帝に対してその口を開いた。


「グローリア様、私が見てきたもののすべてをご報告いたしましょう♪」


その言葉を皮切りにして、まるで演説をする政治家のような雰囲気を醸し出しながら、ノルドは饒舌じょうぜつな口調で話を始めた。


「…思えば、長い長い道のりでした…。グローリア様が心から愛されていたセシリア様を戦場で失われてからというもの、この私も自分の事のように心が苦しかった…。もしかしたら、もう再会する事は不可能なのではないかと思うこともありました…。しかしついに…!ついに今日、セシリア様のお姿を発見することができたのです!」

「ほぅ、見つかったのか」


すでにそのことは知っているグローリアだったが、あくまで初めて知ったていを装う。


「…ですが、それはもうひどい有様だったのです…。セシリア様の姿はくらい近く深くに監禁されており、ひどく精神を病んでおられる様子でした…。私はそんな彼女に手を差し伸べたのですが、やはり心を病んでおられるようで、その手を払いのけられてしまいました…。しかし、私はこの場に誓いましょう!ここにいる侯爵によって壊されてしまったセシリア様の心を、必ずや取り戻して見せますと!」

「「…」」


堂々と嘘に嘘を重ね、役者顔負けの演出力を見せるノルドの姿に、二人は怒りを通り越して関心さえ覚え始める。

ノルドにはそんな二人の様子が、自分の言葉を聞き入っているのだと見えたようで、彼はそれまで以上にどや顔を浮かべて自身の胸を張ってみせる。


「…それで、侯爵家に対する調査は穏やかに行われたのか?」

「えぇ、私も当然そうしたかったのですが、侯爵家の連中と来ましたら、皇帝の名を出した途端に暴れはじめましてね?ですのでこの私がたっぷりと教育して差し上げましたよ。その中でも…」


ノルドはそのまま視線をラクスの方にへと移し、言葉を続ける。


「中でも生意気な女使用人を蹴とばしたときは、非常に心がスカッとしましたね♪侯爵は裁かれて当然の罪人だというのに、侯爵を返せと泣き叫んでおりましたよ♪あれほど身の程をわきまえない使用人は、これまで見たことがありませんね♪」

「……」


…それまでは冷静にノルドの言葉を聞いていたラクスだったものの、さすがにその言葉は穏やかに聞き入れられるものではなかった。

…その心の中を沸々と怒りで染めていくラクスをしり目に、ノルドは再びグローリアに向かい合い、こう言葉を発した。


「…グローリア様、この私にお命じください。セシリア様にあれほど残虐な行いを繰り返していた侯爵たちを、私は許すことができません…!私がこの手で直々に引導を渡してくれましょう!」


あくまで正義の英雄を気取るノルドは、グローリアに対して高らかな口調でそう言い放ってみせた。

それに対してグローリアは少しの間を置いたのち、ノルドに対してこう言葉を返し始める。


「…さて、引導を渡されるべき人間は果たしてどちらなのだろうな?」

「………は、はい?」


…政治家顔負けの自分の演説を聞いて、グローリアは間違いなく自分に同意してくれるであろうと確信していたノルドは、グローリアから返された言葉の意味が理解できず、その頭の中を混乱させる。

グローリアはそんなノルドに構わず、自身の言葉をそのまま続けていく。


「お前の話はそれで終わったのか?それなら今度は我々の話をお前に聞いてもらおうか」


…グローリアの雰囲気は途端にすさまじい殺気を放つものとなり、周囲の空気を一変させる。

これよりついに、ノルドが築き上げた偽りの英雄の姿が音を立てて崩壊していくこととなるのだった…。

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