スター女優に取り憑かれて―逆転人生を謳歌する―

カネコ撫子

Prologue.1


 鼓膜を突き破るような激音が響く――。


 厚手のコートはもういらなくなった。見上げれば桜の花びらが咲き誇り、人々はソレが醸し出す雰囲気に飲まれている。

 慣れない制服を着た初々しい少年少女が右に左に視線をやりながら、その綺麗な頬をほんのり赤く染める。さりげない一瞬はまさに青春そのもので、毎日がキラキラと輝く人生を歩む。――というのは一般的な話。俺もそうだと思っていたが、どうやら違ったらしいと気づいたのは高校生になった頃だ。


 春は嫌いだった。見慣れたヤツらは浮き足立って、新たな出会いに心を躍らせる。元々人見知りの俺にとって、そういうのは苦痛でしかなかった。小学生から毎年クラス替えを経験してきたが、世間的に言うあのドキドキは、ただのストレス。友達も少ないながらにいたけれど、クラス替えや進学でもう関わりはない。

 それからは、ずっと一人だった。修学旅行や体育祭、文化祭などの学校行事は苦手で、結局休んだ回数の方が多い。それでもなんだかんだ卒業できたのは人生数少ない自慢だ。


 激音の狭間で、悲鳴が聞こえる――。


 結局のところ、誰とも関わらないのが一番楽だと気がついた。周りに惑わされず、自分のペースで生きられる。大学は都内の私立大に進んだ。学費を出してくれた親には感謝しているが、特に恩返しはできていない。

 毎日夜遅くまで酒を飲んで遊び、講義は結構な頻度でサボる――。それが大学という存在の印象だったが、例に漏れず個人差がある。人との関わりを避けてきた俺にとって、赤の他人と仲良くなる手段なんて持っていない。大学生になっても、結局今までと変わらなかった。自分を変えたい、なんていう感情が少しでもあったことが自分でも意外だった。

 けれど、大学2年間は非常に楽だった。クラスは一応あるが、毎日一緒の講義を受けるわけでもない。一人で気ままに登校して、講義が終われば帰宅できる。一人暮らしは自分だけの唯一の空間。この時間はストレス人生の中で唯一心が安まる瞬間だった。

 だが、今年はそうも言ってられない。大学3年生。就職活動が少しずつ本格化する学年である。サークルにも入ってない、バイトも金が少なくなってきたタイミングでしかやらない、基本は家でダラダラとしているだけ――。こんな大学生を企業が採用するわけがない。俺が担当者なら間違いなく書類で落とす。


 ゆがんでいく、視界が――。


 だから、春は嫌いなんだ。特に今年は嫌悪感がすごい。ここまで就活が嫌だと思っているなんて、いまさら自覚したぐらいだ。

 分かっている。結局、自分の人生を試されているだけだ。俺の人生は何も特筆するべきものはない。むしろ他人と比べてもだいぶ面白くない。そんな負け戦に出陣する行為自体がバカバカしくて、笑う気も起きない。

 それでも、将来に対する不安感は否めなかった。俺はこの先どうなるのだろうか。やりたいことも夢もない。このままなら間違いなく親を泣かせる人生しかない。学費まで出してもらっておいて、さすがにそれは気が引ける。


 衝撃、意識が、消えて――。


 俺は何をしたのだろう。唯一落ち着ける空間への帰り道。どうして俺は、飛び込んだのだろう。道路へ。

 死にたかったわけじゃない。ここで死ぬのはそれこそ親不孝者でしかない。

 いや、でも死んでしまえば今のしがらみから抜け出せるって、一瞬でも頭をよぎったのは事実だ。

 道路に飛び出した誰かを助けたかったわけではない。そこで助けたところで、俺には何のメリットもない。

 タイミングが悪かったんだ。そうだ。就活への不安感に打ちひしがれていたから、自分の心の中にあったが顔を覗かせた。でもそれは大層なものではなくて、この現実から逃げるための手段である。


 ゆがんだ視界は、スローモーションとなって流れていく。

 痛みはない。ただ時が止まっているように見える。頭の中に思い返させる記憶の数々。

 これが走馬灯というやつか。そうか。思っていたより中身がないな。


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