第2話 路
俺は目を覚ますとそこは幻影魔城【
人間は短命にして脆弱な生き物、そして滑稽でくだらない生き物である。俺の配下である創生12魔将軍の1人アインツェルゲンガーの発案で始まった人間界の征服は、暇も持て余した魔族にとっては面白い遊びになるはずだった・・・。
・・・どうして正統勇者が魔界の秘宝である【逆転の宝玉】を持っていたのだ。【逆転の宝玉】とは、術者と対象者の魂を入れ替える禁断の魔法を発動する宝玉であり、魔界の宝物庫に厳重に保管されていたはずだ。魔界の宝物庫に入るには幾重にも張り巡らされた結界を突破しないといけない。宝物庫に入ることが出来るのは俺と創生12魔将軍だけだ。ということは創生12魔将軍の中に俺を裏切り正統勇者に【逆転の宝玉】を渡した者がいることになる。俺の側にいる正統勇者一行の3人は、俺と正統勇者が入れ替わったことに気付いてはいない。おそらく仲間には【逆転の宝玉】を使うことを隠していたのであろう。しかし俺はこれからどうすれば良いのだろうか?俺が元の魔王の姿に戻る方法はあるのだが、その方法は俺でなく術者側に権限がある。術者が元の姿に戻る呪文を唱えればすぐに魂は入れ替わり元の姿に戻ることはできる。だが、術者側から魂を元に入れ替えることは考えにくい。正統勇者アルバトロス、お前は何を考えている?魔王の力を手に入れて何をするつもりだ?いくら考えても答えは見つからない・・・
俺が記憶を無くしたことを理解した正統勇者の仲間たちは、俺にアルバトロスのことを詳しく教えてくれた。そして、正統勇者の仲間たちは魔王討伐に失敗し、正統勇者一行としての旅の終止符を打つために、王都エールトヌスに戻ることを決断した。俺も行くあてもないし正統勇者として俺だけが王都に戻らないわけにもいかないので一緒に王都に戻ることにした。
「アル、本当に大丈夫なのですか?私の回復魔法で体力を回復した方が良いと思います」
俺のことを心配そうな不安げな目で見るこの女性は僧侶のクレーエである。腰まで伸びた透き通る青い髪、切れ長の細いサファイアの瞳は、人間の姿になった俺の不安定な心を落ち着かせてくれる。クレーエは背が高く白の法衣がとても似合っていて美しい。そして強弱の無い落ち着いたトーンで話す言葉も俺に安心感を与えてくれた。人間に対して美しいなどという感情を抱くことは今までなかったが、クレーエの容姿、心遣い、話し方、全てを考慮して美しいと俺は感じていた。しかし、この感情は本当に俺の感情なのかは疑問が残る。この感情はアルバトロスが抱いていた残留心なのかもしれない。
「ありがとう、クレーエ。体力面は何も問題はない。ただ心と体が一致していないような奇妙な感覚に陥っているようだ。時間が経てば慣れるから心配はない」
俺はクレーエに対して嘘を付くことに心の痛みを感じていた。そのため真実をオブラートに包むような言いまわしで、自分の心に嘘を付かないようにした。なぜ嘘を付くことに心が痛むのかは理解不能だが、これもアルバトロスの残留心だと受け止めた。
「もう!本当に大丈夫なの。いつもアルは無理するから本当に無茶はしないでね」
背中にスライムのような弾力ある二つの物体が押し付けられた。魔王だった頃の俺は背後をとられるような間抜けなことは絶対しない。しかし人間の体になった俺は、あっさりと背後を取られ、心が熱湯のようにぐつぐつと煮えたぎる感情が芽生え、その感情に呼応するかのように顔が急激に熱くなり真っ赤に染まる失態をおかしてしまった。なぜ、スライムを背中に押し付けられたことで、気持ちが熱くなり顔が真っ赤になるのか意味がわからなかった。
体に二つのスライムを飼っているのはメーヴェという魔法使いの女性だ。ショートカットの淡いピンク色の髪、大きなルビーの瞳、小さな唇から発せられる大きな声はうるさいと言うよりも、俺の不安定な心に元気を与えてくれる。そして、小柄な体格だが真っ赤な魔法着が今にもはちきれそうなのは、胸部に飼いならしているスライムが原因であることは間違いない。
「本当に大丈夫だ。記憶を無くして気が動転しているだけだ」
俺は慌ててメーヴェから離れる。このままスライムからの攻撃を受け続けると精神が崩壊して自我を失う危険があると察知したからである。しかし、スライムを押し付けられた感触が、これほど心地よく気持ちが良いものだとは知らなかった。これは人間の姿になったからこそ感じ取ることができるのだろう。
「少しは元気になったようだな、アルバトロス。幸運にも馬車は壊されていないようだ。まずは王都に戻る前にフリューリングに立ち寄りカーカラック伯爵に魔王討伐の失敗の報告をするぜ」
迫力のあるドスの効いた低い声で話しかけてきたのは、銀色のフルプレートアーマーを着た姿からもわかる筋骨隆々の長身でガタイのよい戦士ミーランである。2mの大剣を背中に帯刀し、いついかなる時でも魔獣や魔族が出現しても対応できるように辺りを警戒しつつも俺の事を心配してくれている。坊主頭のイカツイ人相をしているが、言葉や雰囲気から感じ取れる温和で優しいオーラは、この男なら信頼して背中を預けることができると感じた。この感情もアルバトロスがミーランに絶対なる信頼を抱いていた気持ちが、そのように思わせるのだろう。
「わかった」
この時俺は、不思議な感情感覚を与えてくれるこの3人と共に行動するのも悪くないと感じていたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます